4章-2
文字数 1,055文字
「受験生が漫画なんか読んでていいの?」
ヨーコは、コミックに目線を落とす直人を見て微笑んだ。直人は思わず体を硬直させた。ペニーレインにきたのが何度目か、正確なところはわからない。片手では足りないが、両手に収まるくらいの回数か。だが、ヨーコが接客とは無関係のセリフを投げてきたのは初めてであった。
自分の心音が耳元で聞こえ、慌てて言葉を探すも、気の利いたそれが見つからない。
(こんな美人がなぜ僕なんかに?)
浮かぶのはこのフレーズだけ。そして、そのフレーズがさらに緊張に拍車をかける。しかし、かろうじて冷静に機能していた脳細胞の一部にある疑問が浮かび上がった。
(ヨーコさんはなぜ、僕が受験生ってわかったんだろう?)
ヨーコは、注文のコーヒーをテーブルに置くと、ちらりと笑った。
「フフフ。今、『なぜ、僕が受験生ってわかったんだろう?』って思ったでしょう?」
「え!? それは……、僕がそう見えるんでしょう?」
「うーん。まあ、いいわ。それより、十ヵ月後に控えた受験、大丈夫?」
痛いところを突かれ、直人は苦笑した。
「その笑いがすべてね。確かに、今のままでは教和大学、ちょっと危ないわね」
「ちょ、ちょっと! なんできみが僕の志望校を……」
「まあまあ。細かいことは気にしないの。それより……」
だが、直人がヨーコを遮る。
「全然細かくないよ。どこからその情報を。僕の担任? あ、だけどきみは僕の高校じゃ……」
今度は、ヨーコが直人を遮る。
「ねえ。きみ、都清大学なんかはどう? 受かりたくない?」
「都清大学? 無理無理。僕の成績を考えると二ランクも上の大学だよ」
「私は、受かりたいかどうかを訊いてるの」
「そりゃー……」
「受かりたいのね?」
ヨーコは爛漫な笑顔になった。
「わかった。この店を贔屓にしてくれているお礼に合格させてあげる。都清大学」
「合格させてあげるって……。どんな手を使って? あ、まさか……」
「裏口入学じゃないわよ」
ヨーコに先読みされて、直人は苦笑した。
「でも、確かにお金は必要よ」
「なんで? それにいくら?」
「もう。さっきから本当に質問が多いね、きみ」
そう言って両手の甲を腰に当ててむくれた表情を作ると、ヨーコは説明を始めた。花柄模様のエプロンもかすむほどの愛らしい仕草に、直人は骨抜きになって耳を傾けたが、それも束の間、すぐにあくびが出そうになった。
ヨーコの話。それは荒唐無稽な商談だった。
ヨーコは、コミックに目線を落とす直人を見て微笑んだ。直人は思わず体を硬直させた。ペニーレインにきたのが何度目か、正確なところはわからない。片手では足りないが、両手に収まるくらいの回数か。だが、ヨーコが接客とは無関係のセリフを投げてきたのは初めてであった。
自分の心音が耳元で聞こえ、慌てて言葉を探すも、気の利いたそれが見つからない。
(こんな美人がなぜ僕なんかに?)
浮かぶのはこのフレーズだけ。そして、そのフレーズがさらに緊張に拍車をかける。しかし、かろうじて冷静に機能していた脳細胞の一部にある疑問が浮かび上がった。
(ヨーコさんはなぜ、僕が受験生ってわかったんだろう?)
ヨーコは、注文のコーヒーをテーブルに置くと、ちらりと笑った。
「フフフ。今、『なぜ、僕が受験生ってわかったんだろう?』って思ったでしょう?」
「え!? それは……、僕がそう見えるんでしょう?」
「うーん。まあ、いいわ。それより、十ヵ月後に控えた受験、大丈夫?」
痛いところを突かれ、直人は苦笑した。
「その笑いがすべてね。確かに、今のままでは教和大学、ちょっと危ないわね」
「ちょ、ちょっと! なんできみが僕の志望校を……」
「まあまあ。細かいことは気にしないの。それより……」
だが、直人がヨーコを遮る。
「全然細かくないよ。どこからその情報を。僕の担任? あ、だけどきみは僕の高校じゃ……」
今度は、ヨーコが直人を遮る。
「ねえ。きみ、都清大学なんかはどう? 受かりたくない?」
「都清大学? 無理無理。僕の成績を考えると二ランクも上の大学だよ」
「私は、受かりたいかどうかを訊いてるの」
「そりゃー……」
「受かりたいのね?」
ヨーコは爛漫な笑顔になった。
「わかった。この店を贔屓にしてくれているお礼に合格させてあげる。都清大学」
「合格させてあげるって……。どんな手を使って? あ、まさか……」
「裏口入学じゃないわよ」
ヨーコに先読みされて、直人は苦笑した。
「でも、確かにお金は必要よ」
「なんで? それにいくら?」
「もう。さっきから本当に質問が多いね、きみ」
そう言って両手の甲を腰に当ててむくれた表情を作ると、ヨーコは説明を始めた。花柄模様のエプロンもかすむほどの愛らしい仕草に、直人は骨抜きになって耳を傾けたが、それも束の間、すぐにあくびが出そうになった。
ヨーコの話。それは荒唐無稽な商談だった。