1章-6

文字数 1,118文字

 ヨーコの写メを見なければ、雄太はスマートフォンを放り投げていたことだろう。だが、ひとしきりヨーコを目で楽しんだ雄太が次にしたのは、コマンドメールを書くことだった。

――田川、自殺しろ!――

 コマンドメールなどまったく信用していないが、ヨーコにメールが出せるのなら、文面などどうでもよかった。それならば、どうせ書くなら、内容は今の自分の願望にしておこうと考えた。

 雄太の気分は、「どうせ、またこのメアド変えちゃうんだし」と、ペットの名前あたりの無難な文字列を自分のメールアドレスに決めた女子高生のそれに酷似していた。

 そして、件名欄に田川のメールアドレスを打ち込むと、そのメールをヨーコに送信した。

 自分はコマンドメールを送ったのだ。しかも、それで一人の人間を殺そうとしている。そんな気持ちなど微塵も持たずに。

◆◇◆◇◆◇◆◇

 数分後、雄太は、貯金通帳を握り締めながら、混乱と興奮の渦の中にいた。下着では吸収しきれない背中に吹き出た冷や汗でYシャツがへばりつく。

 田川は自殺はしなかった。しかし、雄太は確信していた。

(コマンドメールはおとぎ話ではない……。これは本物だ……)

 雄太は、自分の気持ちをどうしたら整理できるのか、意識はその一点に吸引されていた。

 雄太は、ヨーコからエラーメールを受け取っていた。

――あの、児玉さん。

  コマンドメールの使用説明をよく読んでよ。

 「命令を下したい相手が、その本人に対してアクションは起こせない」って書いてあるでしょう。

  つまり、「田川さん」という命令を下したい相手がいる場合、「田川さん」は「田川さん自身」には命令は下せないの。

  もし「田川さん」に死んで欲しいのなら、別の人に「田川さん」を殺させるしかないよ。

  もっとも、開発者としては、あまりぶっそうなことに使って欲しくないんだけどね。

  平和利用して欲しいところだけど、いずれにせよ今回のはエラーメールね。

  あ、それから、たとえエラーメールでも、児玉さんはすでに一度コマンドメールを使ったことになるから、985,641円はすでにもらったから。

  嘘だと思うなら、預金通帳を見てちょうだい――

(なにがエラーメールだ。やっぱりコマンドメールなんて嘘っぱちじゃないか)

 雄太は唾棄するように呟いたが、魅惑的かつ摩訶不思議な女子高生からの「預金通帳を見てちょうだい」のくだりが妙に気になり、通帳をもう一度開いてみることにした。ヨーコの写メを脳裏に浮かべながら。

 そして、驚愕の現象を目の当たりにした。通帳からは、985,641円が引き落とされていた。
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