その③

文字数 2,479文字

 時間は少し前後する。

「犁祢と心は、今日は休め」
「え~何で?」

 伊集院は、二人に休息を言い渡した。

「何でもクソもない。お前らは神通力者とドンパチやった。疲れているだろう?」
「全然……」
「…平等に考えよう。俺たちは物足りないんだ。神通力者と戦うのは大変なことだが、同時に犯罪者潰しよりも面白い! 俺たちにもその番をくれてもいいだろう?」

 そういう意見に強引に押し流されてしまい、犁祢と心の二人はビルの上を巡回して待っていることになった。

「はあ、詰まんないよ。心、しりとりでもして遊ぶ?」
「それもあまり面白そうじゃない……」

 不満を言う二人だったが、他の四人は誰も耳を傾けてくれない。役割分担はかえって非効率的だったので、四人で一か所を狙う。それもかなり、と言うか、とても大きな事務所…すなわち本部だ。そこが親玉の巣であることを伊集院たちは知らない。ただ、理由もなく襲うのだ。

「まずは俺が!」

 そう言って伊集院は神通力者を使った。室内の様子がわからない場合、彼の神通力で真っ先に腐るのは、食べ物だ。そこから腐りにくい物も順番に朽ち果てる。
 けれども、

「待ってらんないわよ!」

 菜穂子が氷の塊を、放り込んだ。彼女は今日、とても機嫌が悪い。何故なら写真部に縁が顔を出したことを、心から聞いたから。

「ああ、もう! ムカつくわ!」

 大量の氷を生み出すと、次々に放り込む。ストレスの発散でもしているかのようだ。

「どうしましょう、隆康?」

 愛倫が聞くと、

「行くか。このままだと伊集院と菜穂子に美味しいところを持ってかれるぜ」

 二人は割れたガラスの隙間から、事務所内に侵入した。

「誰だお前らは!」

 真っ先に気がついたのは、七谷。彼はすぐに自分の神通力を発動する。すると周りの金属、ナイフや鉄パイプが宙に浮いた。七谷の神通力は、周りの金属を自在に操ることだ。

「これもお前らの仕業か!」

 腐った果物と氷を指差して聞くと、

「それは違うぜ? 俺の神通力じゃない。それは外で胡坐かいて座っているヤツの、さ」
「他にもいるだと…?」

 嘘を言っていないことを見抜いた。こうしている間にも、壁を突き破って氷は飛んで来るし、家具や紙が腐っていくのだ。

「浜井さん、高田! 外の神通力者を頼みます!」
「わ、わかった!」


 浜井と高田は外に出た。確かに隆康の言う通り、遠距離攻撃をやめない二人がそこにいた。

「逃げる気か? では、逃がさないだけだ」

 伊集院は言う。まるで自分たちが獲物を追い詰めているかのように。

「ここから先には行かせないわ!」

 菜穂子も横に並ぶ。

「ならば、突破するのみ!」

 浜井は胸ポケットに手を突っ込むと、ある物を取り出した。菜穂子はそれは、拳銃だと思ったが、違った。ただのボールペンだ。

「俺にも神通力はあってね……。見るがいい!」

 浜井は空中に文字を書き始めた。本来ならば全く意味のない行為である。だがさっきの発言は伊達ではない。何と宙に文字が書けているのだ。

「これさ! 俺の神通力は、文字を空気に書いて、その通りの現象を引き起こすこと!」

 燃える。ただそれだけの文字列が菜穂子に向かって飛ぶ。

「そんなの怖くないわね!」

 菜穂子は氷を飛ばして、撃ち落とした。しかし、氷が燃え始めたのだ。

「どうだ! これが俺の力だ! もっと悲惨なことを書いて飛ばせば、お前らはただでは済まない!」

 一方の高田の神通力は、単純だ。それは離れた場所に瞬間移動すること。ここでは本領を発揮しにくいが、伊集院たちの後ろに回り込むことは簡単に行える。

「逃がさない? それはこっちのセリフだ!」

 伊集院の襟元を掴んで、彼を持ち上げる。

「うおお!」

 怪力に驚く伊集院だったが、

「うわあああああ!」

 すぐに仰天する順番は、高田に回ってくる。伊集院を掴んだ手が一瞬で腐って壊死し、指が崩れ落ちたのだ。

「な、何をした? お前…! 俺の、ゆ、指が!」
「何って、神通力だが? そんなに驚くことではないだろう?」
「き、貴様…!」

 すぐに追撃を仕掛ける伊集院だったが、流石の高田も逃げることを選択、すぐに浜井の側に瞬間移動した。

「どうします、浜井さん?」

「どうって、ここでコイツらを捕まえるしかないだろう? いや、それも一瞬だけでいい。お前がどちらかを掴んで、清水さんか藍野様のところに連れて行け! それで終わりだ」
「わかりましたが、男の方は勘弁してください…」
「じゃあ女の方だ。俺が小僧の相手をする!」

 高田は、菜穂子目掛けて突っ走った。

「邪魔よ!」

 菜穂子は氷柱を何個も、ミサイルのように撃ち出した。しかしそれを高田は瞬間移動で避ける。

「無駄だぜ! そんなの当たらねえ!」
「そうかしら?」

 瞬間、高田の顔のすぐ横を氷柱が通った。

「…え?」

 浅くではあるが頬を切られ、少し血が流れる。

「避けたと思った? 残念ね、すぐに戻って上から攻撃よ!」

 氷柱は器用に方向転換をし、高田の上から降り注いだのだ。

「この女ぁ!」

 上を向くと、避けたはずの氷柱が迫っている。これには瞬間移動をせざるを得ない。

「あれ、どこに消えたの?」

 菜穂子の視界の外に移動したらしい。

(後ろを取った…!)

 実は、そんなに離れてはいない。寧ろ逆で、真後ろを陣取った。そして菜穂子の腕を掴む。

「捕まえた!」

 叫ぶと同時に、再び瞬間移動。


「清水様! 神通力者を捕まえました!」

 清水はこの時、ビジネスホテルの一室にいた。

「高田……。それは何の冗談だ?」
「はい? って、あああ、あぁ?」

 痛みがなかったので、指摘されて初めて気がついた。肘から先が、なくなっているのだ。

「す、すみません! もう一度捕まえに戻ります…!」

 そう言って、さっきの戦場に舞い戻る。
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