その③
文字数 1,480文字
「むむ…」
状況が変わりつつあることに、谷野は気がついた。伊集院を相手している時には自分の方が勝っていたが、逃げる彼を追い回している間に、他の自分が負けているのだ。
「やるな…。ここは撤退しよう」
伊集院の腹に膝を一発入れると、谷野はその場から立ち去った。残った二人の谷野は、愛倫の操作する重力に屈し、そして菜穂子と心に首を切られた。
「ま、待て!」
しかし、もう声の届かないところまで逃げてしまう。
「大丈夫か、伊集院?」
「そんなことよりも、アイツを追うんだ!」
心と愛倫は頷き、谷野の後ろ姿を追った。
「く…逃げ足は速い……」
「そうみたいですね。でも明日の天気は晴れで、文化祭が楽しみです!」
曲がり角を曲がったと思えば、今度は直進する。そしてビルの上に登ったと思うと、再び地面に降りる。谷野は振り切る気なのだ。
「このままじゃ逃げられます! どうします、心?」
「私に聞かないで……。いい考えが全然浮かばない…!」
そしてまた、谷野は曲がった。心たちも追いかけて曲がる。すると目の前の光景に驚いた。
なんと谷野は、三人に増殖しているのだが、三人とも、地面にへばりついているのだ。
「よくも僕のことを殴って気絶させたね……? 許さないよ、君たち!」
犁祢だ。構っている暇がなかったのだが、何と自力で意識を回復させると、谷野の逃げる方へ先回りしていた。そしてそこは、無酸素の空間。足を踏み込んだら、死に近づくことになる。心と愛倫はギリギリ、その危険地帯に入らずに済んだ。
「やっちゃって、犁祢!」
「わかってるよ。そしてもう遅いさ!」
犁祢が一人の谷野の体を蹴っ飛ばしても、返事がない。既に死んでいるのだ。
「全く……。結構焦ったよ。でも、大丈夫だった! さあ、他のみんなと合流しよう。怪我をしている人もいるんじゃない? 僕はたんこぶができちゃったよ…」
犁祢は心たちと共に、伊集院たちの待つところに向かう。
「ひえ…。なんて危ない連中だ…」
しかし、その物陰に谷野がまだ一人隠れていた。菜穂子に遭遇する前に、保険をかけて増殖しておいたのである。それが決まった。
「全員が本物。最後の一人も本物だ。俺が生き残れば、また無限に増殖できるんだぜ? 虱潰しに回るべきだったな、馬鹿ども! さあてこれから職員室に忍び込んで…」
その肩を、ポンと叩かれる。
「え…?」
「谷野、誓だな?」
縁だった。今日のパトロールで気になる顔を見かけ、後を追ったのだ。それは指名手配犯であった。
「お前、誰だよ!」
谷野のその言葉は、さっきの六人の中に縁はいなかったはず、という意味だ。だが縁には、普通に知らない人物に遭遇したように聞こえる。
「クソ! まあいい、ここでコイツを仕留めれば…」
しかし、そうはいかないのだ。縁の神通力を持ってすれば、増殖し続ける谷野の新しい体を燃やし続けることができる。炎は無限に燃えるだけだ。
結局、谷野は音を上げた。これ以上抗っても縁には勝てない。離れた相手を攻撃できる縁の神通力と谷野は、相性が悪いのだ。そのまま警察に連行されることとなった。
その間際、
「お前……きっとこれから苦労するぞ。俺を捕まえて満足しないことだな」
と言い残した。
「どういう意味だ?」
縁は聞き返したが、返事はない。谷野は予感したのだ。あの六人と、縁はぶつかり合うのかもしれないと。その予想が現実になるかどうかは置いておいて、縁は何か、嫌な予感を抱いていた。
状況が変わりつつあることに、谷野は気がついた。伊集院を相手している時には自分の方が勝っていたが、逃げる彼を追い回している間に、他の自分が負けているのだ。
「やるな…。ここは撤退しよう」
伊集院の腹に膝を一発入れると、谷野はその場から立ち去った。残った二人の谷野は、愛倫の操作する重力に屈し、そして菜穂子と心に首を切られた。
「ま、待て!」
しかし、もう声の届かないところまで逃げてしまう。
「大丈夫か、伊集院?」
「そんなことよりも、アイツを追うんだ!」
心と愛倫は頷き、谷野の後ろ姿を追った。
「く…逃げ足は速い……」
「そうみたいですね。でも明日の天気は晴れで、文化祭が楽しみです!」
曲がり角を曲がったと思えば、今度は直進する。そしてビルの上に登ったと思うと、再び地面に降りる。谷野は振り切る気なのだ。
「このままじゃ逃げられます! どうします、心?」
「私に聞かないで……。いい考えが全然浮かばない…!」
そしてまた、谷野は曲がった。心たちも追いかけて曲がる。すると目の前の光景に驚いた。
なんと谷野は、三人に増殖しているのだが、三人とも、地面にへばりついているのだ。
「よくも僕のことを殴って気絶させたね……? 許さないよ、君たち!」
犁祢だ。構っている暇がなかったのだが、何と自力で意識を回復させると、谷野の逃げる方へ先回りしていた。そしてそこは、無酸素の空間。足を踏み込んだら、死に近づくことになる。心と愛倫はギリギリ、その危険地帯に入らずに済んだ。
「やっちゃって、犁祢!」
「わかってるよ。そしてもう遅いさ!」
犁祢が一人の谷野の体を蹴っ飛ばしても、返事がない。既に死んでいるのだ。
「全く……。結構焦ったよ。でも、大丈夫だった! さあ、他のみんなと合流しよう。怪我をしている人もいるんじゃない? 僕はたんこぶができちゃったよ…」
犁祢は心たちと共に、伊集院たちの待つところに向かう。
「ひえ…。なんて危ない連中だ…」
しかし、その物陰に谷野がまだ一人隠れていた。菜穂子に遭遇する前に、保険をかけて増殖しておいたのである。それが決まった。
「全員が本物。最後の一人も本物だ。俺が生き残れば、また無限に増殖できるんだぜ? 虱潰しに回るべきだったな、馬鹿ども! さあてこれから職員室に忍び込んで…」
その肩を、ポンと叩かれる。
「え…?」
「谷野、誓だな?」
縁だった。今日のパトロールで気になる顔を見かけ、後を追ったのだ。それは指名手配犯であった。
「お前、誰だよ!」
谷野のその言葉は、さっきの六人の中に縁はいなかったはず、という意味だ。だが縁には、普通に知らない人物に遭遇したように聞こえる。
「クソ! まあいい、ここでコイツを仕留めれば…」
しかし、そうはいかないのだ。縁の神通力を持ってすれば、増殖し続ける谷野の新しい体を燃やし続けることができる。炎は無限に燃えるだけだ。
結局、谷野は音を上げた。これ以上抗っても縁には勝てない。離れた相手を攻撃できる縁の神通力と谷野は、相性が悪いのだ。そのまま警察に連行されることとなった。
その間際、
「お前……きっとこれから苦労するぞ。俺を捕まえて満足しないことだな」
と言い残した。
「どういう意味だ?」
縁は聞き返したが、返事はない。谷野は予感したのだ。あの六人と、縁はぶつかり合うのかもしれないと。その予想が現実になるかどうかは置いておいて、縁は何か、嫌な予感を抱いていた。