その①

文字数 3,663文字

 時間は少し前に戻る。

 仲間が死んだ本部を藍野と清水は遠くから見ていた。

「まさか浜井たちまでも血祭りとはな…」

 調査を始めた途端にこれだ。犁祢たちは浜井が調査を始めたことを知らない。偶然襲ったのが本部の事務所だったのだ。

「どうしますか? ここまでするのが縁とも思えないのですが…」
「いや、清水。お前は予定通り縁を始末しろ。こっちの犯人は俺が追跡する」
「でも、どうやって?」

 事務所には監視カメラが設置されていた。だが、記録映像には何も映っていない。そもそもカメラも、そうと言われなければわからないレベルに破壊されている。

「だが! 浜井は仕事をしていたぞ!」

 藍野が取り出したのは、浜井が使っていたボールペン。

「そんなものでわかるのですか?」
「ああ! このボールペンから、意思を感じる。多分襲われた時に相手にバレずに小さな文字を書いたのだろう」

 藍野がそのペンを地面に置くと、それはまるで方位磁針のようにある方向を示す。

「このペンが示す方向に行ってみて、損はないだろう。それはきっと一連の東邦大会殺しの真犯人…」

 ゴクリ、と清水は唾を飲んだ。

「では、清水。お前は縁を始末して来い。俺はこの、疑惑の人物を片付ける」
「私がついて行かなくて大丈夫でしょうか…?」

 そう言うと、怒られる気がした。だが清水の心配は当たり前だ。相手は自分たち以上に平気で人を殺める連中の可能性が大。だから言わずにはいられない。
 そんな清水の心情を察したのか藍野は、

「心配できる部下を持ってよかった。だが、俺一人で十分だ」

 裏のボスの貫禄は伊達ではない。失言とも受け取れる清水の発言は不問。

「ボールペンが動き出したぞ……。では行くか」
「藍野様、必ずここに戻って来ましょう」
「わかっている。お前も縁を殺したらここで落ち合おうではないか」

 そう言って、藍野は清水の背中を見送った後に動き出した。
 ボールペンが示す方向は、大きくは変動しない。だから藍野はすぐに駆け付けることに成功する。あるビルの下まで来ると、急にペンは上を向いた。

「この上にいるのか…」

 藍野も神通力者。壁を蹴って登るのは簡単なことだ。


 追手がいることを知らない犁祢たちは今夜、まず作戦会議をしていた。

「あそこが本部だったんですよね? ではもう重要な構成員は残っていないのでは?」
「だけどさあ、親玉はまだ殺してないよね? 俺たちにビビッて逃げちゃったんじゃない? だからあの晩に本部にもいなかったんだよ」
「実は既に殺してしまっているとかはどうよ? そういう可能性もあるんじゃないの?」
「どうだろうか……。だが俺が掴んだ情報に間違いがあるとは思えない。ニュース発表ではまだ藍野は被害者として報道されていないからな」

 ここに来て、六人の足は止まった。もう東邦大会の事務所は残っていない。この前潰した本部が最後だったのだ。だがそこには、藍野どころか清水もいなかった。

「犁祢はどう思う?」
「僕?」

 急に尋ねられて犁祢は少し困惑した。彼はこんな不毛な会議はさっさと打ち切って、早く犯罪者殺しを再開したいのだ。

「正直言うとね、伊集院の話は嘘じゃないとは思うよ。でも、足取りが掴めないんじゃあね、考えるだけ無駄じゃない?」

 それに加えて、東邦大会は自分たちにたどり着いてはいない様子。だから今やるべきことは東邦大会へのトドメではなく、親玉の捜索でもなく、いつも通りの日常に戻ることだと。

「それもありかもね……。ここまでやられた大会は、もう大きく出れないわ…。だとすると、縁君のことを諦めるかもしれない」

 心も同じ考えだ。だがそれは、他の四人には受け入れられない。

「駄目だな。ここで一気に黙らせる。それが最善の策だ」

 伊集院に叩き切られてしまった。

 その直後、

「なるほどな…。こうやって夜、人気のないところに集まって、今日の獲物を探すわけか…。どいつもこいつも資料になかった見たことのない顔。通りで部下たちが誰もここまでたどり着けないわけだ」

 声がした。

「誰だ!」

 六人が一斉に振り向くと、そこには藍野がいた。

「東邦大会に真に致命傷を与えたのは、お前たちか。そのおかげで、相当なダメージを被った! 大会はもう神通力者を補充することはできない。だが、ここでお前らを地獄に送ることは十分に可能だ」

 自己紹介などは一切ない。一方的に自分の心境を語るのみ。それが逆に不気味さを生み出す。

「聞かれてしまったのなら、死んでもらおう」

 無情なことに伊集院は、すぐに神通力を使った。全てが腐り朽ち果てる腐の力。しかし、

「どうにも不思議なことだ。まだ幼さを完全に捨てきれていない。そんなガキどもに東邦大会は苦汁を飲まされたのか……」

 効いている様子がない。伊集院は確かに神通力を使っている。現に藍野の足元のコンクリートは腐食が始まっている。だが当の本人にはノーダメージ。

「どうなっている、コイツ?」
「ったく、伊集院はこれだから弱いんだよ。俺に任せな!」

 隆康が駆けた。素早く藍野の懐に潜り込み、胸に拳を当てた。威力はそこまで高くないが、触れたということが重要。これで相手を軽くできる。そのはずだった。
 だが隆康は、藍野の重い平手打ちをくらって屋上の端に吹っ飛ばされてしまう。

「うぐわあ?」

 異変に真っ先に気がついたのは、犁祢だった。

「おかしいぞ? 二人の神通力をくらってもどうして無事でいられるんだ? 普通じゃもう死んでるはずだ」
「普通じゃない、のかな……?」

 心の発言は当たっている。それは藍野の神通力が為せるワザ。

「答えろ、お前! 東邦大会の何者だ?」

 伊集院が叫ぶと藍野は、

「お前たちが追い求めている存在、と答えておこうか」

 と一言。それで十分。

「まさか! 藍野か?」

 六人は悟る。どうしてかは不明だが、敵の親玉が直に自分たちを叩きに来たと。

「それは願ってもないチャンスですね。では!」

 愛倫が前に出た。そして藍野にかかる重力を激増させる。が、

「フン!」

 藍野はまるで何もなかったかのように平然と歩き、そして愛倫の頭を殴った。この一撃を受けた愛倫は死にはしなかったものの、一発で意識が飛んだ。

「何だコイツは? 神通力が全く通じてないぞ?」

 焦る伊集院。意思に反して足が後ろに下がる。

「もしかして……。他者の神通力を一切受け付けない神通力なのかな?」

 犁祢は鋭い洞察力で思いついた。いいや、そうでなければ説明できないのだ。伊集院の腐敗をくらわず、隆康に体重を軽くもされずに、そして愛倫に重くもされないことが。

「少し当たっているな…」

 藍野はそう言った。少し、と言ったのには理由がある。

「もう言ってしまってもいいだろう。俺の神通力……それは、自分の体への状態異常を受け付けないこと。お前らが何をしようと勝手だが、俺はそれを受け入れない。そしてお前らは神通力のおかげで大会の神通力者に勝ってこれたみたいだな。ということはどういうことか、少し賢ければわかるだろう?」

 ちょっと頭を働かせれば、十分にわかる発問だったが、伊集院は考えることをせずに藍野に突っ込んだ。

「うるさいぞ? だったら素の実力で解決するまでだ!」

 手刀を繰り出したのだが、藍野に寸前に手首を掴まれて止められる。そして乱暴に投げ飛ばされた。

「いいい、伊集院…!」

 体は隆康を飛び越えて、フェンスも越えてしまった。だが幸運なことに、隣のビルの屋上に落ちた。

「だ、大丈夫だが……」

 絶望が彼の心を包む。神通力は通じず、力量でも勝てない。立ち上がろうとしても、足を挫いたのか、うまく立てない。これでは元いたビルに戻ることができないのだ。

「俺に構わず藍野をやれ…!」
「わかった!」

 隆康が立ち上がった。しかし直後に藍野の強襲を受ける。顔を掴まれると、床に押し付けられて、それから引きずられる。

「ウガガガガガガ…」

 それは彼の戦意を無くさせるのに、十分すぎる一手だった。

「ちょっと距離を取ろう、心、菜穂子!」

 この時点で戦力になり得るのは、三人しか残っていない。しかも犁祢の神通力は藍野には通じない。酸欠も酸素中毒も、体への異変だから。これは憶測ではない。実際に犁祢は既に、藍野の口の周りの酸素濃度をゼロにしているが、藍野は平然と呼吸をしているのだ。

「じゃあ、私の出番ね!」

 ここで自信満々なのは、菜穂子だ。氷で剣を作って藍野に切りかかる。

「つぁあああ!」

 だが、その刃は藍野の体に届かない。素早く動き、全ての剣筋をかわす。そして隙だらけになった彼女の腹に膝を一発加える。

「っぐ……!」

 そして菜穂子は崩れる。
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