その④

文字数 2,239文字

 これではらちが明かない。そう思って犁祢は後ろに下がった。

「おいどうした? おん? もう終わりか?」

 また挑発が飛んで来た。だが犁祢はそれには乗らない。自分のペースを刻み、戦うだけだ。今、犁祢の心はやるかやらないかで揺れている。

(できなくはない。野生動物を全部、先に殺してしまうことは! でも、その後が問題だ。すぐに新しいのが駆け付けてきたら、完全にいたちごっこ…。そうなると心たちを待つべきか、伊集院たちが目を覚ますのを待つか?)

 だが、すぐに決心する。沼田は自分で殺すべきだ、と。

「行くぞ、沼田!」
「ほら、来いよ!」

 だが犁祢は移動しない。代わりに手を挙げて、そして振り下ろした。
 その瞬間、沼田の周りの野生動物が一斉に倒れた。

「あ? 何だ?」

 酸素濃度をゼロにしたのだ。だから野生動物たちは酸欠で立っていられずにくたばった。そして、沼田が今見せた決定的な隙を犁祢は見逃さない。

「それっ!」

 瞬時に前に飛び、沼田の目の前にやって来ると、今度はアッパーをくらわせる。

「ぐぶ!」

 手応えはあった。しかしまだ野鳥が残っている。

「残念だな。野生動物がいる限り俺、ノーダメージ!」
「でもそれってさ…………代わりになってくれる動物が残っていれば、の話だろう?」
「う?」

 犁祢はさらに追撃を仕掛ける手刀で沼田の懐を刺した。もし沼田が普通の人だったら、今の一撃で肝臓が駄目になっている。けれどもまだ野鳥が残っており、一羽、地面に落ちた。

「あと何匹、動物がいるのかな?」
「それが狙いか、お前! だが、無駄だ! 俺の合図、すぐに動物がやって来…」
「残念。来れないよ?」
「何だと?」

 既に手は打ってあるのだ。犁祢の神通力の効力の範囲が狭いとしても、公園一つをカバーするぐらいはできる。

「この公園を、無酸素層のドームで覆った! 動物でも一呼吸するだけで死ぬ、悪魔の空気だ! 近くまで来れても、この公園内には入れない!」
「それがお前の、神通力か…!」

 この無酸素の層は効果てきめんである。実際に野ネズミが周囲まで既に来ている。一匹がその層に入ると、すぐに死ぬ。それを見ると後続のネズミは、公園に近づくことを躊躇った。

「お、お、お、お前…!」

 余裕をかましていた沼田の顔に、冷や汗が流れた。

「このまま、くたばれ!」

 しかし犁祢の方が速い。沼田の振り下ろす拳を避けると、一発。さらにもう一発を体に打ち込む。

「ぐぶえええ!」

 沼田は口から血を吐いた。効果があったのだ。

「よし! これで終わりだ!」

 その手刀は、完全に入った。沼田の体に。手を引っこ抜くと大量の血が、胸から流れ出ている。だがまだ油断できない。この状態からでも数十キロは走れるのが神通力者。完全に息の根を止めるまでは安心することは不可能だ。

「ま、待て!」
「ここに来て命乞いなんて見苦しくない?」

 そもそも、犁祢を待たせること自体が不可能なはず。そう思って犁祢は最後の一撃を首目掛けて仕掛けたが、また沼田はジャンプして逃げる。

「まだそんな体力を隠し持っていたか…」

 どうせ後ろだろうと思って振り向くと、当たっていた。
 しかし、

「さあ、どうする!」

 なんと往生際の悪いことに、気絶している伊集院と隆康を沼田は人質に取ったのだ。

「俺を攻撃するなら、コイツら、殺すぞ!」

 普通の感性を持っている人なら、きっと近づくことすら躊躇うだろう。
 だが、犁祢はその枠に当てはめられない人物だ。

「人質くらいで、僕が止めると思うかい?」
「な、何……?」

 なんと無情なことか。

「いいよ、別に。殺したければ殺せば? 僕は心を痛めることもないと思うし、それに僕じゃなくて伊集院と隆康でも、同じことを考えると思うんだ……。仲間は死んでもいいか、ってね」

 本気だった。本気で犁祢は、二人が殺されても動じない。悲しむ素振りもきっと見せない。

「多分、自分と無関係だからなんだと思うよ。本当はさ、一緒に行動する仲間何だけど、でも何か、死んでも「はいそうですか」で済ませそうなんだよね。そりゃあ友達として葬式にも墓参りにも行くとは思うよ? でも、悲しみの涙を流すかって言われると、首を傾げちゃうんだ」

 平然とそう語る犁祢の姿が、沼田には鬼に見えた。

「こ、コイツ……。ヤバい人間だ!」

 そう判断し、沼田は二人の側から離れて反転し、逃げ出す。しかし、公園を出た瞬間にその体は地面に崩れる。

「う、うが…! こ、呼吸……が!」
「ねえ、忘れたの? 公園を無酸素のドームが覆っているて言ったじゃない? 何で自分から突っ込むのかね…?」

 沼田は、その空気の中で呼吸をしてしまったのだ。すると体内に残っていたわずかな酸素が体から出て行く。今の状態の沼田は、息を切らしているから何回も呼吸をしただろう。そのせいで死に一歩近づいてしまった。

「トドメ……行くよ!」

 一気に距離を縮め、犁祢は沼田の足を掴むと公園の方に放り投げた。そして沼田が地面に落ちるよりも先回りして、その体が降ってくるのを待ち、

「そりゃあっ!」

 手刀を、ふってくる沼田の左胸目掛けて伸ばす。

「うっぎゃあああああああ………!」

 断末魔。大きな悲鳴だったが、心臓を切り裂かれたからか、すぐに沼田の体は静かになった。
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