その③
文字数 2,388文字
「さあて、人目はないね?」
「うん」
「じゃ、オーケー!」
心のパンチは、街路樹の表面を数センチほどへこませた。
「いたたた…」
拳に息をフー、フーと吹きかけ、痛みを和らげる。
「よくできてるよ?」
「そう? じゃあ犁祢がやってみて」
「………」
犁祢の本気の一撃。それは一発で木を折り曲げてみせた。
「やっぱりこれぐらいはできないと駄目なんだ……」
落ち込む心に犁祢は、
「大丈夫さ。今からでも遅くはないよ。頑張れば余裕さ」
と言って励ました。まさにその瞬間である。
「……ん、何だ?」
大通りの方がやけに騒がしいのだ。二人はそっちの方に出ると、その騒ぎを理解した。
「人が、引き殺されている…!」
数人だ。血だらけどころが体はバラバラ。相当な勢いで突撃したに違いない。
「ひき逃げだね。そんな犯人が道路をまだ走っているとなると……。私も引かれるかも………」
心の指摘する通り、人を引いたであろう車は止まっていないのだ。すると道路を走って逃げているに違いない。
「どうする? 上に戻って伊集院たちに知らせようか?」
普通なら、そうするだろう。仲間に知らせて、対処する。それが一般人的な思考。だが犁祢がそれを持っているとは限らない。
「それとも……行く? 犯人を成敗しに?」
「行こう。伊集院たちに知らせに行ったら、目の前の獲物に逃げられちゃうよ」
二人は抜け駆けすることを選んだ。まず事件現場の状況から、どの方向に犯人が逃げたかを予測し、そしてその方向に移動する。ビルからビルを、まるで木から木に飛び移る猿のように。普通の人が走るよりも速いスピードで、町を駆け巡る。
「おや?」
犁祢は気がついた。その犯人、車に乗っているわけではない。
「どうしてわかるの?」
心の質問に犁祢は、
「だって今のご時世、ひき逃げなんてすぐ通報されてパトカーが探しに行くじゃん? でも、その様子がない。確かに事故はあったのに、特別信号無視している車はなさそうだ。だとしたら車じゃないのかも」
「なるほど、鋭いね」
だが、今の推測は誰でも可能なのだ。犁祢は指で、心にこっちを向けと指示した。
「ああ、なるほどね……」
その方向には、生身の人がいる。しかし普通の人ではない。走っている車を突き飛ばし、人すらも乱暴にはねる、走っている人間。
「多分、神通力者じゃないかな? じゃないとあんな動きは不可能だ」
そして、その推理は正しい。この夜のひき逃げ犯は、神通力者である。
「でもどんな神通力かは不明だよ。まずは近づいて様子を見よう」
幸いにも、走るスピードは普通の人とあまり変わらない。だから二人は余裕で追いつけ、追い越せる。
その神通力者は、大型バスと正面衝突しそうになった。が、バスだけが一方的にひしゃげた。
「流石の僕らでも、あそこまではできそうにない…。となると神通力は、無敵になることかな?」
さらに止まっている車も突き上げて飛ばし、数トンはあるはずの車体が宙を舞う。まるで悪夢でも見ているかのようだ。
「そこまでだ!」
犁祢が道路に躍り出た。この相手を、止める気なのだ。
(大丈夫さ。いくら相手が神通力者とは言っても、僕はそう簡単には終わらないよ? それにこっちには、酸素濃度を自在に操る神通力だってあるんだ!)
相手は犁祢の姿を確認した。が、そのまま突っ込んでくる。犁祢は少しかがんでアッパーの準備。そして衝突する瞬間、くらわせる。
「うぅわあああああ!」
しかしその計画は音を立てて崩れる。何と犁祢の体は乱暴に、突き飛ばされたのだ。それも一方的に、である。何とか怪我のないように道路に倒れこんだ。
「どうなっている? 本当に無敵なのか…?」
犁祢は考えた。どうすれば今の犯人を倒せるのか。その方法を。
(力でぶつかっても駄目。足を止めさせればいいんじゃないか?)
常時無敵とは考えにくい。もしかしたら走っている間だけは特別なのかもしれない。そのことを心に伝えると、
「わかった。なら一緒に倒しに行こう……。多分止められれば、私たちでも相手ができるはず」
と言うのだ。
「でもどうやって止める?」
「方法はあるよ、成功するかどうかはわからないけど…」
心はそのことについて、犁祢に話した。
「それなら、行けるんじゃ?」
「でももし止まらなかったら……。私が死んじゃう…」
「それは、困るね…」
心の命は安くない。止められるかどうかの可能性があるだけであって、確証がまだない。
「仕方ない。僕が酸素を使って止めよう。それでいこう……」
だが、この時心の心境は揺れていた。
(こういう時に、一歩前に踏み出せれば………)
心は、その肝心な時に決断ができないタイプの人である。いつもあり得なさそうな心配をし、それに怯えているのだ。だから最後の最後で勇気を振り絞れない。自分が神通力者であっても、それが自信を生んでくれるかどうかは別だ。小心者に変わりはない。
(でも……)
やはり、最悪のケースを考えてしまう。もしあの犯人が止められなかったら? 神通力者の自分の体は千切れたりしないだろうが、相当な怪我をするはずだ。想像しただけで痛みを感じる。
(けど…!)
自分を変えたいなら、今しかない。そう思った心は犁祢に、
「私、やるわ…!」
と言った。
「無理しないで。走ってる人を止めるなんて僕でもできるよ」
「私じゃないと、駄目!」
その覚悟は、ダイヤモンドよりも硬い。
「………わかった。でもいざという時は、逃げてもいいからね? 決して無理はしないで!」
「うん!」
二人は、犯人の進路を先回りした。
「うん」
「じゃ、オーケー!」
心のパンチは、街路樹の表面を数センチほどへこませた。
「いたたた…」
拳に息をフー、フーと吹きかけ、痛みを和らげる。
「よくできてるよ?」
「そう? じゃあ犁祢がやってみて」
「………」
犁祢の本気の一撃。それは一発で木を折り曲げてみせた。
「やっぱりこれぐらいはできないと駄目なんだ……」
落ち込む心に犁祢は、
「大丈夫さ。今からでも遅くはないよ。頑張れば余裕さ」
と言って励ました。まさにその瞬間である。
「……ん、何だ?」
大通りの方がやけに騒がしいのだ。二人はそっちの方に出ると、その騒ぎを理解した。
「人が、引き殺されている…!」
数人だ。血だらけどころが体はバラバラ。相当な勢いで突撃したに違いない。
「ひき逃げだね。そんな犯人が道路をまだ走っているとなると……。私も引かれるかも………」
心の指摘する通り、人を引いたであろう車は止まっていないのだ。すると道路を走って逃げているに違いない。
「どうする? 上に戻って伊集院たちに知らせようか?」
普通なら、そうするだろう。仲間に知らせて、対処する。それが一般人的な思考。だが犁祢がそれを持っているとは限らない。
「それとも……行く? 犯人を成敗しに?」
「行こう。伊集院たちに知らせに行ったら、目の前の獲物に逃げられちゃうよ」
二人は抜け駆けすることを選んだ。まず事件現場の状況から、どの方向に犯人が逃げたかを予測し、そしてその方向に移動する。ビルからビルを、まるで木から木に飛び移る猿のように。普通の人が走るよりも速いスピードで、町を駆け巡る。
「おや?」
犁祢は気がついた。その犯人、車に乗っているわけではない。
「どうしてわかるの?」
心の質問に犁祢は、
「だって今のご時世、ひき逃げなんてすぐ通報されてパトカーが探しに行くじゃん? でも、その様子がない。確かに事故はあったのに、特別信号無視している車はなさそうだ。だとしたら車じゃないのかも」
「なるほど、鋭いね」
だが、今の推測は誰でも可能なのだ。犁祢は指で、心にこっちを向けと指示した。
「ああ、なるほどね……」
その方向には、生身の人がいる。しかし普通の人ではない。走っている車を突き飛ばし、人すらも乱暴にはねる、走っている人間。
「多分、神通力者じゃないかな? じゃないとあんな動きは不可能だ」
そして、その推理は正しい。この夜のひき逃げ犯は、神通力者である。
「でもどんな神通力かは不明だよ。まずは近づいて様子を見よう」
幸いにも、走るスピードは普通の人とあまり変わらない。だから二人は余裕で追いつけ、追い越せる。
その神通力者は、大型バスと正面衝突しそうになった。が、バスだけが一方的にひしゃげた。
「流石の僕らでも、あそこまではできそうにない…。となると神通力は、無敵になることかな?」
さらに止まっている車も突き上げて飛ばし、数トンはあるはずの車体が宙を舞う。まるで悪夢でも見ているかのようだ。
「そこまでだ!」
犁祢が道路に躍り出た。この相手を、止める気なのだ。
(大丈夫さ。いくら相手が神通力者とは言っても、僕はそう簡単には終わらないよ? それにこっちには、酸素濃度を自在に操る神通力だってあるんだ!)
相手は犁祢の姿を確認した。が、そのまま突っ込んでくる。犁祢は少しかがんでアッパーの準備。そして衝突する瞬間、くらわせる。
「うぅわあああああ!」
しかしその計画は音を立てて崩れる。何と犁祢の体は乱暴に、突き飛ばされたのだ。それも一方的に、である。何とか怪我のないように道路に倒れこんだ。
「どうなっている? 本当に無敵なのか…?」
犁祢は考えた。どうすれば今の犯人を倒せるのか。その方法を。
(力でぶつかっても駄目。足を止めさせればいいんじゃないか?)
常時無敵とは考えにくい。もしかしたら走っている間だけは特別なのかもしれない。そのことを心に伝えると、
「わかった。なら一緒に倒しに行こう……。多分止められれば、私たちでも相手ができるはず」
と言うのだ。
「でもどうやって止める?」
「方法はあるよ、成功するかどうかはわからないけど…」
心はそのことについて、犁祢に話した。
「それなら、行けるんじゃ?」
「でももし止まらなかったら……。私が死んじゃう…」
「それは、困るね…」
心の命は安くない。止められるかどうかの可能性があるだけであって、確証がまだない。
「仕方ない。僕が酸素を使って止めよう。それでいこう……」
だが、この時心の心境は揺れていた。
(こういう時に、一歩前に踏み出せれば………)
心は、その肝心な時に決断ができないタイプの人である。いつもあり得なさそうな心配をし、それに怯えているのだ。だから最後の最後で勇気を振り絞れない。自分が神通力者であっても、それが自信を生んでくれるかどうかは別だ。小心者に変わりはない。
(でも……)
やはり、最悪のケースを考えてしまう。もしあの犯人が止められなかったら? 神通力者の自分の体は千切れたりしないだろうが、相当な怪我をするはずだ。想像しただけで痛みを感じる。
(けど…!)
自分を変えたいなら、今しかない。そう思った心は犁祢に、
「私、やるわ…!」
と言った。
「無理しないで。走ってる人を止めるなんて僕でもできるよ」
「私じゃないと、駄目!」
その覚悟は、ダイヤモンドよりも硬い。
「………わかった。でもいざという時は、逃げてもいいからね? 決して無理はしないで!」
「うん!」
二人は、犯人の進路を先回りした。