その④

文字数 1,641文字

 走り続けること、数時間。もう既に車は何台もスクラップにしたし、人は何人も殺した。山原(やまはら)俊彰(としあき)にはもう、罪悪感などない。走っている間だけ、無敵になれる神通力にさっき目覚めたのだ。だから本能の赴くままに、町中を滅茶苦茶にして回る。

 だが、驚いたこともある。さっき少年を突き飛ばしたはずなのに、そのガキの体は千切れなかったのだ。山原にはそれが何故かはわからない。ただ、走り続けるのみだ。

「む!」

 目の前に少女がいる。ちょうどいい、引いてしまえ。そう思ったのか山原はスピードを上げ、勢いよくその少女……心にぶつかった。

「おっぴゃああああああ!」

 しかし、結果は……。山原の方が転んだのだ。

「馬鹿な? 走っている間は無敵のはずだ!」
「やはりそういう神通力……。足を止めさせれば対処はできるわ…」

 心はそう呟いたが、山原に向けてではない。離れている犁祢に言ったのだ。

「何だお前は? 何で無事でいられる?」
「ボラードって知らないの? いくら車がスピード上げても、アレには勝てない。それと同じであなたは、私に負けて転んだ…!」

 心の神通力の対象は、別の道を塞ぐボラードだった。

「あれと同じスペックを得られたら、止められるかもしれない。無敵であってもああいう障害物には多分勝てないだろうから……」

 さっき、犁祢にそう話した。そしてわずかな可能性に賭けたのだ。自分の体がひしゃげる可能性もあったが、心は自分なら大丈夫だと言い聞かせ、奮い立たせた。その結果、見事に山原を転ばせそして、止めることに成功したのである。

「大した覚悟だよ、そう思うよ僕は!」

 自らの危険を顧みなかった心のことを犁祢は拍手して褒めた。

「で、暴走機関車さん? 足を止めてて大丈夫なのかい? 君の神通力が有効なのは、走っている間だけだろう…?」
「くそ!」

 すぐに立ち上がろうとする山原だったが、できない。立てないのだ。足に力が入らないし、呼吸も徐々に乱れていく。

「それもそのはずさ! 今、君の周りを無酸素状態にした! はあ、はあ、と息すればするほど、死への怪談を一段一段降りることになるよ? そして死にたいんならさっさと降りな!」
「何を…!」

 悪あがきと言おうか、山原は最後の力を振り絞って、手を動かし地面をかいて前進する。だが無情なことに心が、ボラードを見つめながら目の前に立ちふさがる。

「越えられる…? 無理でしょう? さっきと同じ。私の方が勝つから……」
「く………そ………!」

 山原の動きが止まった。

「トドメを刺せ!」

 犁祢が叫ぶと、心は、

「じゃあ、さようなら……」

 と言い、拳を振り下ろして山原の首を潰した。


「やったわ…!」

 心は未だにその感動に浸っていた。自分に自信のなかった心にとって、神通力を持つ犯罪者を倒せたことがどれだけ成長につながるか。犁祢も理解している。

「私でも、通じるんだね……」
「そうさ! 心だって立派な神通力者なんだよ? もっと自信を持っていいんだ!」

 トレーニングの効果があったかどうかはわからない。だがこの一件のおかげで心の瞳は輝きを得たのは事実である。小さな一歩であっても、踏み出せたことに意味があるのだ。

 そして何事もなかったかのように、伊集院たちのところに戻る。それも無言で。

「見かけないと思ったら、トイレでも行っていたのか? これから緊急ミーティングを始めようと思っていたところなんだ」

「そうか。ごめんごめん、何の断りもなしに汚物とお別れ済ませちゃってさ」

 とぼける犁祢。その顔は本当に、何も知らないと言わんばかりである。

「さきほど、そこでひき逃げがあったらしいんだ。その犯人を明日にでもターゲットにしたいのだが、これから探すかそれとも明日捜索するか……」
「あ、そう…」

 犁祢と心は疲れてしまい、その話についていけなかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み