その②

文字数 3,580文字

 犁祢を取り囲む谷野は、少なく見積もっても三十人。しかも全員が拳銃を所持している。

「これは…ヤバい!」

 神通力者なら、拳銃の弾丸を手で掴むことは難しいことではない。それに仮に体に当たったとしても、切り傷程度で済む。だが、数が多い場合は別。一斉に発砲されたら流石にタダでは済まない。
 多くの拳銃が、一斉に火を吹いた。犁祢が酸素濃度を上昇させて、不発に終わらせられたのは、三分の一ほど。残りの二十人は容赦なく撃った。

「ぬおおおおおお……!」

 金属なら、一瞬で錆びつかせることができ、そうすればボロボロになる。だが、弾丸は? もちろん可能だが、勢いまでは殺せない。だからこれらは避けるしかない。

(どこを狙っているんだ…?)

 そう思うくらいには、弾丸の軌跡はバラバラである。狙いを定めていないと感じてしまっても、無理がない。だがこれにはちゃんとした理由があった。
 犁祢は距離を取ろうとした。その時だ。何かに躓いて転んだ。

「って!」

 それは、大量の弾丸でたった今作られた僅かな溝。それに足を取られたのだ。

「よし、作戦成功だ。次でトドメだ…!」

 今度は当てることは簡単。的が尻餅をついているのだから。

「コイツ…ら!」

 もちろん犁祢は酸素濃度を上げて暴発させる。しかし谷野も学習する。減った分だけ分散した。そのせいでさっきは十人を暴発で仕留められたのに、今度は五人しか成功しない。

(読まれている…! 広範囲に神通力を使えないことが!)

 一度遭遇している谷野なら、犁祢の神通力の詳細を知らなくても、対策することは十分に可能。

(あの神通力をくらうと、立っていられなくなる。しかし、拳銃が暴発したことを考えると、別の効果もあるらしい…。原理は不明だが、散らばって戦えば、増殖した俺を失うことにはなるが、怖くはない!)

 一人一人が、他の自分は捨て駒であるという発想を持っている。だからこそなせる、悪魔じみた陣形。それが一歩一歩と犁祢を追い詰める。十五人分の弾丸が、犁祢に襲い掛かる。

「仕留めたか…。どれどれ?」

 犁祢を取り囲むうちの一人が、近づいた。そして気がついた。

「血が、流れていない……?」

 ということは、仕留めれていないということ。

「もらった!」

 起き上がると同時に、目の前の谷野の周りから酸素を奪う。

「ごがっ…!」

 一瞬で酸欠に陥り、倒れた。

「何故生きている? 銃弾が効いてないのか?」
「いやぁ、僕も覚悟したよ? でも、考えてみれば大したことなんてなかった!」

 敵の弾丸の勢いは殺せない。でも、弾を酸化させることは十分にできる。だからそれを行った。大量の酸素に包まれた金属の弾は、瞬く間もなく芯まで錆びて、犁祢の体に当たると同時に、形が保てず崩れる。犁祢は少し痛みを感じる程度で済む。

「コイツめ! しぶとい!」

 谷野たちはまた、発砲する。今度は暴発は起きない。放たれた弾丸は、全て酸化されて脆くなり、犁祢まで届くのだがダメージを与えられない。

「ふう。銃はもう怖くはない。けど、この大量の谷野をどうする? それを今考える必要がありそうだね…」


 一方の心も、篠原とぶつかり合う。

「俺の神通力は超音波! それで何でも破壊できるのだ!」

 それが彼の力。超音波を物体に当てることで共振現象を引き起こし、粉砕するのだ。対象は生物でもいい。そして超音波は神通力者でも聞こえないので、不可視。音を起こす動作をすればこの神通力は発動するので、篠原自身はかなり自由な行動ができる。
 心は物陰に隠れたが、その物が破壊された。

「この神通力…強いわ……」

 シンプルな感想だが、その通りなのだ。心は篠原と同じスペックこそ得られるものの、目に見えない超音波には手が出せない。再び隠れる。

「まだかくれんぼを続けるのかい?」

 篠原には余裕がある。当然だ。相手は逃げることに精いっぱいで、攻撃して来ようとしない。

「うぐえ!」

 突然、谷野が一人倒れた。心が隠れようとした物陰に潜んでいたヤツだ。邪魔だったので、速攻で始末されたのである。

「そこか…!」

 篠原がそこを覗き込むと、心が拳銃を構えていた。谷野の持っていたのを、取り上げたのだ。そして迷うことなく引き金を引いた。

「危ないじゃないか、子供がこんなものを使っちゃ駄目だぞ?」

 だが、弾丸は篠原に命中する前に粉々になる。

「無駄なんだよ、全て! 俺の神通力の前では、破壊できない物はない! お前も粉々にしてやろう!」

 再び逃げる心。しかしその瞳は希望を失ってはいない。寧ろ逆。

(攻略法がわかった!)

 今の攻防で、心は閃いたのだ。多分、心自身の思考回路では何も思いつけなかっただろう。しかし今は、篠原と同じ発想を生み出せる。自分以外の誰かの頭脳を借りて、物事を考えることが可能なのだ。

(コイツは私よりも頭がいい。おかげでどう対処すればいいのか! その方法……!)

 けれども今はまだ、行動には移さない。まずは隠れ潜んでいる谷野を襲い、必要な物を集める。


 大量に増殖した谷野が集まる光景は、まるで獲物に群がるアリ。一人一人が拳銃に加えて刃物も持っている。持ち物ごと増殖できる神通力のおかげだ。

「さて……」

 ここで犁祢は考える。この大量に増えた谷野を、どうやって一人残らず消すか。しかもそれは、新たに増殖する前にトドメを刺さなければいけないのだ。
 普通なら、仲間を呼ぶだろう。一度は相手をしたことのある神通力者なのだから、仲間が一人でもいれば攻略法を思いつける。のだが、

「どうやって仕留めよう?」

 犁祢は一人で攻略することに拘った。

(一か所に集めて、一気に神通力を使う。それが一番手っ取り早い。でも、谷野も僕の神通力を警戒しているんだ…。素直に集合してくれるとは思えない。一人一人潰して回るのも駄目。となると……)

 神通力の範囲を広げるとしても、町中の公園一つぐらいしかカバーできない。この遊園地とは月と鼈。一人一人の口元の空気を操作しようにも、谷野が全部で何人いるかも不明であり、しかも犁祢から距離を置かれた場合は逃げられる。
 あらゆる条件が、犁祢にとって不利に働いている。けれども諦めない。心と合流もしない。自分の周りを見回して、何か使えそうなものがないかと探す。

「おや?」

 遊園地には、ありふれてある観覧車。そのゴンドラが一機、落ちているのだ。見たところ、そこまで傷ついていない。

「これなら…!」

 そして犁祢は思いつき、実行する。まずはこのゴンドラの背後に隠れて谷野がもっと集まるのを待つ。
 一方の谷野は、

「ちょっと集まっても、相手の神通力をくらわない。もしくらう場合は、他の自分が犠牲になるだけだ」

 と高を括っており、少しずつ集まって犁祢との距離を詰める。それでも犁祢の神通力を全員がくらわない程度に分散している。

「よおっこいしょっと!」

 急に犁祢が立ち上がる。両手でゴンドラを持ち上げているのだ。それを見ると谷野は、

「何をしているんだ…?」

 と、ほんの一瞬だけ動作が止まった。

「馬鹿め! 隙だらけだ!」

 そして谷野の内の一人が、銃口を向けて発砲。同時に犁祢はゴンドラを地面に置き、上に乗った。弾丸はゴンドラにぶつかり、火花が散る。

 その瞬間、大爆発が起きた。

「ぐわあああわああああわああ!」

 近づきすぎていた谷野は、その爆発に巻き込まれて即死。生き残った谷野たちも、何が起きたのかがわからない。
 実は、このゴンドラの内部は百パーセント濃度の酸素で満たされていた。もちろんゴンドラの周りの空気にも、酸素が充満していた。そこで火花が散ったとなると、助燃性のある酸素に引火。爆風と共に大きな炎が生じる。その炎も、犁祢のコントロールする酸素濃度に導かれて次々と谷野たちを飲み込んだ。

「あの小僧はどこにいる?」

 こんな爆発の中心部にいた犁祢が、無事で済むはずがない。普通ならそう考えるだろう。だが、違う。

 犁祢は上空にいた。爆発する一瞬前にゴンドラの扉を取り外し、そして上に向かってジャンプしたのだ。爆風は取り外した扉で防いだ。そして自分の着地点は炎で燃え盛っているが、酸素濃度を操作すれば安全な場所をいくらでも生み出せる。もちろん煙の中に着地しても、呼吸する分の酸素は確保できる。

 結局この大爆発、被害を被ったのは谷野だけ。十分な距離を取っていたと思ったが、爆発の規模が大きすぎて、意味がなかった。増殖する暇もなく、谷野は一人残らず爆炎の中に消えた。
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