その②

文字数 2,534文字

 気がつけば、もう犁祢と心しか残っていない。

「どうする犁祢? アイツ……。強いよ…」
「言われなくてもわかってるけど、本当にどうすればいいんだこれは?」

 幸いにもまだ、隆康や菜穂子にトドメは刺されていない。きっと藍野は、全員の息の根を止めるのは最後でいいと考えているのだろう。殺すことよりも、ここで逃がすことの方が、都合が悪いのだ。

(僕の神通力が通用しない…。そんな簡単なことが、これほどに驚異的だなんて!)

 藍野はこの時、犁祢たちの方を黙って見ていた。出方を伺っているのだ。犁祢と心がどう出るかによって、藍野は即席の作戦を立ててそれを実行する。

「本当にどうする?」

 心の耳打ちに犁祢は、

「最後の手段は、君に任せるよ。心の神通力ならアイツと同等の力を得て互角に戦えるはずだ! ま、まてよ?」

 犁祢もそこで思いつく。

「わかった、こうしよう!」

 そして思いついた作戦を心に教える。

「それ、本気…?」
「本気さ。アイツを倒すにはそれしかないと思うんだ……」

 そして二人は別れる。犁祢は藍野と対面し、

「さあ最後の戦いを始めよう! でもその前に言っておきたいことと聞きたいことがあるんだ」
「いいだろう。両方とも言ってみろ」

 藍野は聞く耳を持ってくれた。

「縁君を疑ってらっしゃるようだけど、それは違う。東邦大会の下っ端を最初に殺したのは僕さ。でも、あの二人も悪いんだよ。僕の前で泥棒するから…犯罪者になるからね!」
「そうか。つまりは最初に泥を塗ったのは、お前か。ならば増々お前を逃がすわけにはいかなくなった!」

 そして次は、犁祢が藍野に聞きたいことを言う。

「どうやって東邦大会は神通力者を増やしたんだい? 僕らですら、身内以外は把握してないのにさ?」
「フン、簡単なことだ。神通力者をくれるという人物がいたから、金を出して買い取ったまで」

 まさかの人身売買であった。だがそれなら東邦大会が神通力者を多めに用意することができたのにも納得がいく。金で揃えたのだ。

「だが、その人物にはもう営業する力はない。故に大会は神通力者を増やせず、お前らに減らされる一方だ……」

 藍野の目は、怒りで満ちている。仲間意識が高かったのではなく、東邦大会が崩壊していくのを見るのが苦痛だったのだ。だが結局最後にならなければ、犁祢たちの尻尾を掴むことができなかった。屈辱を味わった藍野は、キッカケを作った犁祢を確実に葬るつもりだ。

「ヤクザの面子なんて興味ないね。僕は相手が犯罪者なら、掃除するまで! 楽しいことだけど、それがヤクザにわかる?」
「わからんな。そんなことを趣味にするお前たちの方が異常だ。そして大会にとっては邪魔な存在……」

 ここで藍野は構える。犁祢の言いたいことは聞いたし、聞きたいことは言った。だからもう待つ必要はない。

「ようし!」

 しかし、待ちの姿勢はどうしても一手遅れてしまう。ここは犁祢が先に仕掛けた。ポケットに隠し持っていたライターを点火する。

「こういう使い方だってできるんだ、くらえ!」

 すると火は普通よりも大きくなり、そして藍野に向かってゆっくりと動いた。酸素濃度を操作するで、炎の軌道をいじっているのだ。

「なるほどな…。だが!」

 藍野は躊躇わない。熱さを克服できるわけではないが、自分の神通力のおかげで火傷はしない。それに炎に臆する藍野ではないのだ。迷うことなく突っ込んだ。炎を手で払うと犁祢目掛けて拳を振るった。

「………手応え、なしか」

 しかし、既に犁祢はそこにいなかった。炎はどうやら目晦ましであり、どこかに隠れた様子。藍野は、倒れている犁祢の仲間を人質にして犁祢をおびき出すこともできたが、一組織の裏のトップがそんなせこい真似ができるわけがない。

「どこに消えた…?」

 周りを見ても、姿が見えない。屋上には隠れられるようなスペースは皆無。だから身を潜められるわけがない。

「…むっ!」

 心の方を発見した。

「まあいい、アイツは何故か姿を消した。じゃあ先にお前の方だ!」

 藍野はすぐに動き、心との距離を一気に縮めると、足を上げた。だが、心はそれを腕で防ぐ。

「ほう、中々の力の持ち主だ」
「あんたのおかげだけどね……」

 その意味は藍野にはわからなかったが、この一瞬の攻防だけで藍野は、心には特別な神通力がないと悟る。

(あれば使っているはずだからな…。この間合いで、使わないのはおかしなこと)

 そして急に腕を横に伸ばした。

「何をしているの…?」
「そろそろだと思っている」

 次の瞬間、藍野は腕を振った。すると犁祢が腕の先の拳に弾かれた。

「バレていた……とは?」

 さっき、炎の背後に隠れて犁祢は、上にジャンプした。その飛ぶ瞬間は見られていなかったが、

「この場所で、一瞬で視界から消えるとしたら上しかない。そろそろ俺の近くに落ちてくると思ったら、案の定。タイミングさえよければ簡単にさばける」

 発想は暴かれていたのだ。犁祢は尻餅をついたまま、

「これはちょっとマズいかもだね……」

 と、藍野に聞こえるように言った。

「そうか。では最初にお前を殺してやろう…」

 藍野が犁祢に近づいた。だが、瞬時に藍野は距離を取った。

「……お前、その左手を見せてみろ」

 怪しい動きを藍野は見逃さない。

「ちぇ、バレちゃったか…」

 隠し持っていたのは、二個目のライター。犁祢はこれで爆発を起こして藍野ごと吹っ飛ぶつもりだった。既に周りの酸素濃度は十分すぎる高さになっている。藍野が周囲の酸素濃度で異変を感じられず、異常もきたさないからこそできる作戦だったが、見抜かれた。

「お前の神通力、その詳細を聞いてなかったな。だが、今のでなんとなくわかった! お前は助燃性のある気体……すなわち酸素を自在に操ることが可能だな?」

 藍野の発言に、犁祢は恐怖する。通じない神通力がバレることは今になってさほど重要なことではない。だが、この場の流れは完全に藍野に傾いた。だから心が落ち着かなくなるのだ。
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