その①

文字数 3,512文字

 寝場打市を牛耳る指定暴力団、東邦大会。おおよそ、他の反社会的勢力がしそうなことには一通り手を伸ばしている。
 だがそれは言い換えれば、やっていることは普通の反社と何ら変わらない。それに東邦大会自体、発足から二十年も経っていないのだ。

 ではなぜ、そんな東邦大会が勢力を伸ばすことができたのか。それには理由がある。もちろんそれは神通力だ。神通力者を集め、組織の重要人物をそれで固めた。だから敵対する勢力を、簡単に駆逐することができたのだ。

「柳田は一昨日逮捕された。そして榎本と昨晩から連絡が取れない。これは何かあったに違いない」

 そんな大会だが、危機感を抱いている。最初の松平の自首はこの際、あまりダメージにはなっていない。彼は組織の収入が増えることをやっておらず、寝場打市の神通力者を調べることが仕事であったためだ。代わりを担える人物はいくらでも存在する。

 事態が急に変わり始めたのは、下っ端で一般人である佐藤と鈴木の死だ。

「二人の死因はおかしい。これは神通力者の仕業に違いないのではないか?」

 そう考えた柳田は、松平が残した調査資料を基に独自に調べ始めた。そしてたどり着いたのが、小戸縁という人物。警察官と弁護士を親に持つこの人物は、正義感に溢れているに違いない。そしてその行き過ぎた正義が、二人を殺めたのではないだろうか。そんな疑問に直面する。

「では、黙っているわけにはいかない」

 佐藤と鈴木は末端の構成員とはいえ、東邦大会の身内であることには変わりはない。その二人が、あっけなく殺されたということは、東邦大会の顔に泥を塗られたことを意味している。屈辱で汚れた泥だ。このことを大会が許すわけがない。
 そして柳田を向かわせた。結果は敗北。警察に身柄を拘束されたという情報が入って来たのだ。

「やはり縁で間違いないのだ」

 疑惑は確信に変わる。

「ならば、わからせてやるがよい。東邦大会を敵に回すことの意味を!」

 そして、表向きの大会のトップである清水(しみず)が、保坂に命令を出した。

「手段は問わない。縁を始末せよ」
「はっ、了解しました!」

 保坂(ほさか)はその命令を受けると、改めて縁の調査資料に目を通した。特に補導歴や汚点は見当たらない、好少年である。

「ん? 松平は友好関係まで調べ上げていたのか…。これは使えるぞ!」

 そして練られる悪魔的計画。保坂はまず、部下を集め始めた。


 縁は自分への疑惑が確信に変わったことを知らず、今日も普通に学校へ行く。だがその日常で、変わった出来事があった。

「あれ、おかしいな? 美樹はどうしたんだ?」

 いつも一緒に登校する美樹が、今日は何故か姿を現さないのだ。不審に思った縁は美樹の携帯に電話をかける。しかし、出ない。

「さっき家を出たわよ?」

 彼女の家を尋ねてみても、おばさんにそう言われるだけだった。

「出発はしているのに、どうして通学路にいないんだ…?」

 この時の縁には、その理由がわからない。何が起きているのかも知らない。だからここでは都合よく、

「吹奏楽部の朝練に参加しているのか?」

 と思うのだった。
 しかし学校に着いても、美樹が登校した形跡はない。

「縁君、カバンに紙かな…? 入っているよ?」

 クラスメイトに指摘され、その存在に気がついた。

「何だろう、これは? こんな紙、家では見かけなかったが……?」

 それは、脅迫状であった。

「安藤美樹を誘拐した。助けてほしければ、以下の住所に一人で来い。場所は……」

 これに縁は衝撃を受けた。

(まさか、東邦大会は僕の身の回りの人にも危害を加えるつもりなのか! だとしたら、美樹が……!)

 学校に到着したばかりだが、すぐに出発の準備をする。しかし縁の肩を掴んで止める人物がいた。

「縁! 冷静になれよ? お前が行ったら相手の思うつぼだぜ?」

 烽である。それに菫も鍍金もいる。

「止めるな! 美樹が危ないんだ! 助けに行かないと…」
「それなら、俺が代わりに行くぜ」

 烽はそんなことを提案するのだ。

「俺だって、そんな悪事は放っておけねえよ。それに縁、お前が行くのが一番なんだろうが、きっと敵はお前対策の罠を仕掛けているぜ。だとしたらここは、神通力が割れていないだろう俺と菫で行く!」
「私も行くの?」
「縁は鍍金と共に留守番だ。安心しろ、必ず美樹を奪い返してやるさ。もちろん東邦大会も懲らしめてやるぜ…!」

 縁はその提案に反対した。しかし、ここで冷静さを失い、敵の懐に潜っては相手の思うつぼなのは、間違いがないのだ。それに鍍金も、

「縁君、気持ちはわかりますよ。ですが、僕には君が激昂した時、抑える義務があります。だから言いますが、ここは二人に任せましょう」

 結局縁が折れた。そして烽と菫は、指定された住所に向かう。


「ここか…。いかにも暴力団のアジトって感じだぜ」

 学校から数十分は離れた場所だ。烽は菫に、ある物を渡した

「何よ、これ?」
「スズメバチの死骸だ。だが、毒針は健在だから扱いには気をつけろよ?」
「は?」

 それの用途が、全くわからない。しかし烽から神通力の説明を受けると納得する。

「わかったわ。でもそんな危険なことをするなら、今日は私と寝なさいよ?」
「構わねえ。じゃ、行くぞ!」

 まずは烽が、敵地に入る。その後ちょっと待ってから、菫も侵入する手筈。
 烽が入って来たために、アジト内部は慌ただしくなる。

「何だお前は! ここがどこだかわかってんだろうな!」
「ああ。わかってるぜ?」

 複数の構成員に烽は囲まれた。普通なら絶体絶命の危機だろう。しかし彼は、冷や汗の一つも流さない。

「死にてえのなら、喜んで殺し………」

 ナイフを持っていた構成員が、突然倒れた。烽の神通力が始まったのだ。

「てめえ何をした?」

 銃を向けられても、烽は焦りもしない。

「う、うぐ…!」

 その男も、床に崩れ落ちる。
 烽の侵入は、この建物の奥にいる保坂にも伝わった。

「侵入者? それは縁か?」
「どうやら違うようです…」
「じゃあ簡単だ。殺してしまえ」
「しかし、神通力を持っているようなのです…」
「何?」

 この建物の防火対策は万全だ。火を少しでも感知したら、スプリンクラーが作動するようになっている。侵入者が縁であれば、上から放水してその神通力を無力化し、そこを叩く計画だった。

 しかし、入って来たのは烽である。だからこの策は使えない。

「くっ…!」

 また一人、バタリと倒れた。その顔は真っ赤である。彼だけではない。烽の神通力の前に倒れた人物は、体に発疹が生じている者もいる。中には嘔吐している者も。

「うぬぅ…! これは一体?」

 さらに烽は建物の中を進む。途中で出会った人物は全員、襲い掛かる前に倒れた。

「侵入者というのは、お前か? まだまだガキじゃないか?」

 この異常事態に、保坂が直々に赴いた。

「人質を取るなんて、卑怯極まりないぜ。大人のすることじゃ、ねえな!」
「ほうガキ…! 俺に意見しようというのか! 面白い、すぐに後悔させてやる!」

 二人の戦いが始まる。烽は一旦神通力を使うことをやめ、保坂に殴り掛かる。

「づあっ!」

 鋭い一撃。しかし保坂はこれを避けた。

「な、何だ?」

 それは、しゃがんだり下がったりしてかわしたのではない。
 なんと、保坂の首が胴体と離れたのだ。

「これが俺の神通力だ。俺はな、体のパーツを自在にバラバラにできるのさ! そしてバラバラになっても、何一つ不自由なく動くことができる…。こんなに便利な神通力はないぜ?」
「なるほどな…。厄介だ」

 胴体の方に蹴りを入れたが、両腕が胴体から切り離され、胸も下半身から分離した。だから避けられたのだ。

「ちっ! こっちからの攻撃は当たらな…」

 その時、烽は後頭部に攻撃を受けた。

「馬鹿め! 既に俺の手が腕から離れたのさ! 拳をくらったお前は間抜けだぜ!」

 振り返ると、手が宙を舞っている。

「コイツ…!」

 烽は神通力を使うことを考えたが、今は保坂に対して効果が薄いと感じる。

「ハハハハ、お前、本当に馬鹿だぜ! そんなんで勝てるとふんだのかよ!」
「これは厄介だ……!」

 烽が保坂の腕を掴んでも、バラバラになってすぐに逃げられる。

「やはり……ダメ元でも神通力を使うしかない!」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み