その②

文字数 2,575文字

 その頃、外で待っていた菫は、

「そろそろね。じゃ、入ろうかしら?」

 東邦大会のアジトに足を踏み入れた。そしてすぐに、そこが地獄であることを理解した。

「酷い有様ね…」

 倒れている人たちは、顔が真っ赤に腫れている。辺りには吐しゃ物も散乱しているのだ。
 これが、烽の神通力。彼は人の免疫機能を意図的に狂わせ、暴走させることができるのだ。それはアレルギー反応やアナフィラキシーショックを自在に引き起こさせることが可能であることを意味している。倒れている人たちは、命こそ失ってはいないが、全員の自分の体の免疫細胞が自分自身を攻撃したのだ。しかもこの神通力は、まるで病気のように近くの人に伝染する。

「だから、烽は私にこれを渡したのね」

 菫は、烽がスズメバチの死骸を渡してきた理由を理解した。彼女は自分の腕を見ると、赤くなって発疹も出ている。烽の神通力は無差別なので、ここに入る予定の菫自身も危ないのだ。
 しかし、この神通力には逃げ道がある。それは体に毒物を注入すること。そうすると、暴走した免疫系はその毒物に標的を移す。だから自分の体ら臓器が攻撃されずに済むのだ。そして免疫系は活性化もされているので、あらゆる毒物を無毒化することが可能。

「…痛いっ!」

 菫は腕に、スズメバチの毒針を刺した。すると赤く腫れていたのが嘘のように、元の肌色を取り戻した。発疹もすぐに消えた。

「さあさて、美樹ちゃんを取り戻しに行かないとね」

 奥に進むと、烽と保坂の戦いに遭遇した。

「菫! 来るのが速いぜ…」
「あら何? 苦戦してるの?」

 見た通りである。烽は、体がバラバラになっている保坂を中々攻略できずにいた。どういう原理かは不明だが、保坂の体はバラバラであっても血が通っているのだ。しかし、リンパ管は通っていないらしく、烽の神通力が効いていない。免疫系を暴走させようにも、免疫細胞が脾臓から全身に流れて行かない場合は通じないのだ。

「何だ、今度は女かよ? 随分となめられたもんだぜ…」

 呆れて保坂はため息を吐いた。しかし、ここに来たからには見逃すわけにはいかない。既に左手が、天井に張り付いている。菫目掛けて拳を振り下ろす。

「…危ない!」

 間一髪、菫はその拳を上手くキャッチした。

「どうやら、これがあなたの神通力? じゃあ、私とは相性が最悪ね」
「何を言う?」
「見せてあげる。私の神通力を!」

 菫が言うと、また不思議なことが起きる。バラバラになった保坂の体が、元通りにくっついていくのだ。

「ば、馬鹿な?」

 菫の神通力は、人の怪我を治すこと。病気に使うことはできないが、千切れた皮膚片すら元通りにできるのだ。そして彼女は、保坂の体すらも元に戻せる。たとえそれが神通力で自らバラしたのであっても。
 あっという間に保坂の五体はくっつき、原形に戻った。

「今なら! 俺の神通力が使えるぜ!」

 後は簡単。烽が少し睨んだだけで、保坂は泡を吹いて倒れた。

「ふう。何とかなったな。じゃあよ、美樹を助けるか」
「そうね」

 建物中を探すと、拘束された美樹がロッカーに隠されていた。その縄を解いて目隠しも外し、口を塞ぐガムテープも取った。

「はあ、はあ…」
「もう大丈夫よ、安心して。さあ、縁の元に戻りましょうか」

 菫は警察に通報した。誘拐犯として保坂たちを逮捕させるために、二人は美樹と共にその場に残った。
 数分後、警察が到着する。

「おや? 縁の親父さんじゃねえか?」

 駆け付けたのは、丙だ。

「君か。息子の友人だね? 見たことがあるな。しかし、暴力団のアジトに乗り込むとは、危険だぞ?」
「大丈夫よ。私たちには神通力があるから」

 その言葉を知っている丙への説得力は、計り知れない。丙はこの場所にいた東邦大会の関係者を全員逮捕し、そして救急車を呼んで美樹を病院に運んだ。

 縁が美樹と再会できたのは、放課後だった。

「美樹!」

 無事だったことが何よりも嬉しい。縁はベッドから上半身を起こした美樹の体を抱きしめた。

「ありがとう、縁…。私、怖かった…」
「でも、もう大丈夫だからね。怪我がなくて本当に良かった…!」

 その日の内に美樹は退院できた。

「な、縁? 俺が言った通りだろ? 多分お前が行っていたら、返り討ちにあってたぜ…」

 烽と菫もこの場に居合わせる。

「ありがとう、二人とも! おかげで僕の大切な美樹を取り戻すことができた!」
「あらあら、お礼なんていいのよ? でも、一緒に寝れそうにないわね。まあ、それは仕方ないわね」

 鍍金も後から駆け付けた。

「これで、東邦大会もわかったと思いますよ? 縁の周りの人に手を出したら、どうなるかを!」

 逆に叩きのめされる。嫌でも東邦大会はそれを味わったのだ。


 東邦大会本部は慌ただしかった。

「保坂がやられただと?」

 自信満々に作戦を立てていたのに、それがこのざま。

「となると、縁に対して人質は通じないのでは? 誘拐すると逆にこちらの人員が減ることになってしまいます…」

 清水が敬語で話すこの人物は、藍野(あいの)。東邦大会の裏のトップの人物。
「そのようだな。では清水、お前ならどうする?」
「私なら、柳田の件もありますし、こちらから仕掛けるのは逆効果でしょうから……向こうがやって来るのを待ちますね」

 その消極的な返事に藍野はキレる。

「ふざけるな! 我らが東邦大会がそんな受け身でどうする気だ! 立ちふさがる邪魔者は、消せ! 全力でだ!」
「は、はい…」

 藍野には作戦があるらしい。

「いいか清水? 縁を全力で潰すには、神通力者を大量に動員すればいい」
「し、しかし! もう大会は神通力者を増やせないんですよ?」
「だからどうした? そんなことよりも今目の前に転がる問題の方が重要だ。縁は確実に潰すのだ! どんな理由があっても、失敗は許されない……」

 その言葉は、とても重い。

「わかりました。では、栗原(くりはら)大川(おおかわ)牧野(まきの)橘高(きつたか)を向かわせます」
「よろしい。その四人なら、確実に仕留められるだろう。吉報を待っているぞ…」
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