その①

文字数 2,115文字

 時の流れは、あっという間である。この日写真部の面々は、文化祭に向けて準備していた。模造紙の展示を作ると美優志の鶴の一声で決まったので、その作業に追われているのだ。

「面倒だな。このご時世に手書きかよ! パソコンを使えない上司でもあるまいし」

 ぶつくさ文句を猟治が言えば、

「写真部なんだからさ、ここはカメラの腕で語りたいよね」

 と犁祢が返す。二人は出し物の多さに嘆いているのだ。

「少しでもイメージアップに繋がれば!」

 美優志の考えは間違ってはいない。真面目に活動していることをわかってもらえれば、部の存続は実現する。だが、部員の少なさを考慮していないのだ。インタビューした部全て、一つ一つ一枚の模造紙にまとめる。写真を張り付けるところは空白でいいが、他の部分は文章を書きこんで埋めなければならない。これがどれだけ面倒な作業か。美優志に賛成することしかしない雲雀本人は心と菜穂子を連れて新たな部活へのインタビューに行っているため、その苦痛がわかならい。ちなみにこの日、美優志は忌引きで朝からいない。

「大体他の部も、何で素直にインタビューに応じちゃうんだよ! 手間増やすなよな!」
「だよね~!」

 しかし、サボっていると美優志に何を言われるかわからない。だから口を動かして悪口を呟きつつも、手も動かす。

「あ、サッカー部か……。はあ…。犁祢、俺がテニス部の方やるから、こっち代わってくれないか?」

 ため息を吐いたのは猟治だ。それは手作業が多くて参っているからではない。

「何か、嫌な思い出でもあるの? 入部しようとしたら門前払いされたとか?」
「違うよ。サッカー部には恨みはないさ。寧ろ毎日校庭で朝早くからよく頑張ってると思うぐらい」
「じゃあなんだい?」

 お互いの模造紙を交換し、下書きの上からマーカーペンで本書きをする。

「正月にさあ、小学生の従弟がサッカーが好きって言うから、遅めのクリスマスプレゼントってことで……サッカーボールをあげたんだ。ワザワザ近所のスポーツショップで高いの選んだのに、喜んでくれなかったんだよ……」

 猟治は今年初めにあった、不愉快な思い出を語った。サッカーが好きと聞いたら、誰だってボールをプレゼントしようと考えるだろう。実際猟治もそんな一般人的思考を持っていた。

「足でもなかったの、その従弟?」
「違うよ! ボールはもう持ってるから、ユニフォームとかスパイクが欲しいって言われて…。買いなおしだよ! ふざけんな! 俺はお前専属のサンタクロースじゃないっての!」

 プレゼントを喜ぶことすら、その従弟はしなかったのだ。それに猟治は腹が立ったし、おまけにご機嫌を取るためにお年玉から出費して、ユニフォームを買わされたのだ。どんな善人でも、これには怒る。

「そりゃあ、災難だったね…」

 犁祢は他人事のように聞き流した。

「そんなことが…。僕だったらボールが余っていたとしても、喜ぶんだけど…」

 その話を縁も聞いていた。いいや、猟治たちの声が大きくて聞こうと思わなくても情報が耳を通ってくるのだ。

「それが常識だよな、縁君! あーあ、俺も縁君みたいな従弟が欲しいぜ! お利口さんで、成績もよくてさ」
「僕だったら、タイミングを逃してもプレゼントくれる猟治君みたいな従兄が欲しいよ。僕は従弟とは、あまり会わないからどんな趣味かも把握しようと思ったことないからね」
「またまた~。もう縁君ったら! おだてるのが上手だな~!」

 縁は一人で模造紙をもう何枚も完成させている。正式な部員ではないが、もしかしたら一番の働き者かもしれない。

「よし、できた!」

 犁祢も終わらせた。だいたい、一人二枚が一日のノルマ。時間はまだあり、焦る必要はどこにもない。ゆっくりと作業をこなせば大丈夫。

「戻ったぜ」

 美優志が戻って来た。

「お疲れ、美優志君。インタビューの方はどうだった?」
「成功だ! 縁君が事前に考えてくれた質問が、これまた受けが良くて! 向こうから色々と話してくれて、何も苦労しなかったよ!」

 そして美優志、黒板に何やら書き始める。

「それで思ったんだが、委員会にもインタビューしてみるってのはどうだろう?」
「ほえ?」

 思わず犁祢は変な声を出してしまった。

「図書委員とか放送委員とか、色々あるじゃない? その活動も網羅するんだ! そうすればアピールポイントが多くなって好印象じゃないか!」

 猟治も口をポカーンと開けている。

(まさか、美優志はここまで馬鹿だったか…)

 二人の思考はシンクロしていた。

「それなら…」

 そこで縁が切り出す。この時犁祢と猟治の二人は、縁が美優志に意見する……つまりは反対してくれると期待していた。
 だが、

「生徒会の活動にも触れた方がいいよ。相手はこの部にゴールデンコックローチ賞…だっけ? を授与した親玉だけど、それでもこっちにはこれだけの熱意があるんだって、わかってもらえるはずさ!」

 そして、その案は即採用。犁祢は、余計な負担が増えたことにガックリした。
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