その⑤
文字数 1,968文字
美樹の家の前まで来ると、
「もう大丈夫だ。海崎のヤツは絶対に警察に捕まるよ。あそこまでされたと思ったら、誰かに起こされるまで目覚めないだろうからね」
美樹は、安堵して泣き出してしまった。
「うわああん!」
「泣くなよ、美樹……」
そうは言うが、彼女の頭を撫でて慰める。思えば美樹は、自分が駆け付けるまで恐怖と戦っていたのだ。泣き出したくても、涙を流せなかったのだろう。それが今、たまらず噴火してしまったのである。だから縁は、美樹が泣き止むまで黙って側にいることにした。
そして美樹を安全に帰宅させると、縁も自分の家に戻る。
「この町には、犯罪者の神通力者がいるのか…」
改めて、その事実に驚きを隠せない。実際に出会ったのは、海崎一人である。しかしこの町の犯罪率を顧みると、その内の何割かは神通力による犯罪ではないかと疑ってしまうのだ。
そして、こうも思うのだ。
「僕は、神通力を正しく使えたのだろうか…?」
炎を自分は操れる。それは非常に暴力的な能力だ。縁は自分で、自分の神通力のことを少し嫌っている。
「どうしてもっと、人のためになる力じゃないんだろうか…?」
それは、炎が人の役に立たないから嘆いているのではない。逆に火があることは、人類の生活を豊かにした。今や普通の人であってもガスコンロをいじるだけで食べ物を焼くことができる時代だ。
そんな時代に、縁は炎を生み出す神通力を得た。時代が違ったのなら、それは誰かの役に立つ神通力だったかもしれない。
「でも、美樹を助けるのには役には立った」
もし縁の性格が今のと大いに違ったら、例えば犁祢たちと同じような性質だったら、きっと神通力を使って快楽のために人を傷つけていただろう。しかし彼は、それはしてはいけないことであるという、確実な正義感を持っている。だからこそ自分に問うのだ。
「神通力で人を傷つけて、いいのだろうか…? 海崎は犯罪者であったけど、だからと言って傷つける免罪符にはならない」
彼の考えは、間違ってはいない。どんな理由があったとしても、誰かを傷つけていいわけがないのだ。
結局この日、縁は黙ってベッドの上に横になった。自分で自分のことを否定したいのか、それともあれは仕方なかったと許容したいのかがわからないのだ。
「………今日はもう寝てしまうか」
考えても答えが見えない。そう言う時、縁は時間をかけて答えを見い出すことにしている。それは逃げではないし、それにそうすることでいつもその問題と向き合うことができるのだ。
縁はこの町の、正義であることに変わりはない。だがその正義は、求められているのだろうか? この犯罪都市では、何が正義であるのか。
「人を傷つけてはいけない」
その観点から見れば、犁祢たちは悪である。しかし、そうしなければ誰も救われないほどにこの町は腐敗しているのだ。犯罪者は毎日罪を犯し、そしてそれで苦しむ罪のない人がいる。そんな被害者にとって、犯人を捕まえて、法で裁くことが正義なのだろうか? それは周りの人の自己満足ではないだろうか?
「アイツにも同じ思いを味あわせたい!」
被害者の中には、そう考える者が少なからず存在する。そしてそう思うのであれば、ただ法で裁くだけでは被害者は救われないのだ。その無念を晴らすことはやはり、同じ苦痛を味あわせることだけだろう。そう考えると、犁祢たちもまた、正義であろう。
だが、縁は違うのだ。ステレオタイプな正義に拘る縁であるが、時としてはそれが正しいこともある。そしてそれが本来の正義の姿なのだろう。そう考えれば、犯罪者を犁祢たちが殺して回るこの町が異常なのだ。
縁が将来、どうなるかはわからない。人生のどこかで挫折を味わい、間違った道に進んでしまうかもしれない。もしそうなったら、犯罪者となった彼を殺すことが正義なのだろうか? それは多分、意味が違う正義だ。縁の望んだ正義は、自分を法で裁くのだろう。
この町には、二つの正義が存在している。それだけを考えれば、異常なことだ。だが、寝場打市の特異性がその正義の共存を可能にしてしまっているのだ。
正義と正義がぶつかる日が来るかもしれない。しかしその時が訪れる前に、二つの正義の間で歪みが生じるに違いない。
その歪みは、実はもう生まれている。犁祢と縁の間に生じた、一つの歪み。それは二人の運命を大きく左右することになるのだ。
左右と言っても、交わることはないかもしれない。犁祢は縁が神通力者であることを知らないし、もちろんその逆も。近いようで遠い二人の間に立ちふさがる反社会的勢力が、二人のことを試すことになる。
それは、そんなに遠い未来の話ではないかもしれない。
「もう大丈夫だ。海崎のヤツは絶対に警察に捕まるよ。あそこまでされたと思ったら、誰かに起こされるまで目覚めないだろうからね」
美樹は、安堵して泣き出してしまった。
「うわああん!」
「泣くなよ、美樹……」
そうは言うが、彼女の頭を撫でて慰める。思えば美樹は、自分が駆け付けるまで恐怖と戦っていたのだ。泣き出したくても、涙を流せなかったのだろう。それが今、たまらず噴火してしまったのである。だから縁は、美樹が泣き止むまで黙って側にいることにした。
そして美樹を安全に帰宅させると、縁も自分の家に戻る。
「この町には、犯罪者の神通力者がいるのか…」
改めて、その事実に驚きを隠せない。実際に出会ったのは、海崎一人である。しかしこの町の犯罪率を顧みると、その内の何割かは神通力による犯罪ではないかと疑ってしまうのだ。
そして、こうも思うのだ。
「僕は、神通力を正しく使えたのだろうか…?」
炎を自分は操れる。それは非常に暴力的な能力だ。縁は自分で、自分の神通力のことを少し嫌っている。
「どうしてもっと、人のためになる力じゃないんだろうか…?」
それは、炎が人の役に立たないから嘆いているのではない。逆に火があることは、人類の生活を豊かにした。今や普通の人であってもガスコンロをいじるだけで食べ物を焼くことができる時代だ。
そんな時代に、縁は炎を生み出す神通力を得た。時代が違ったのなら、それは誰かの役に立つ神通力だったかもしれない。
「でも、美樹を助けるのには役には立った」
もし縁の性格が今のと大いに違ったら、例えば犁祢たちと同じような性質だったら、きっと神通力を使って快楽のために人を傷つけていただろう。しかし彼は、それはしてはいけないことであるという、確実な正義感を持っている。だからこそ自分に問うのだ。
「神通力で人を傷つけて、いいのだろうか…? 海崎は犯罪者であったけど、だからと言って傷つける免罪符にはならない」
彼の考えは、間違ってはいない。どんな理由があったとしても、誰かを傷つけていいわけがないのだ。
結局この日、縁は黙ってベッドの上に横になった。自分で自分のことを否定したいのか、それともあれは仕方なかったと許容したいのかがわからないのだ。
「………今日はもう寝てしまうか」
考えても答えが見えない。そう言う時、縁は時間をかけて答えを見い出すことにしている。それは逃げではないし、それにそうすることでいつもその問題と向き合うことができるのだ。
縁はこの町の、正義であることに変わりはない。だがその正義は、求められているのだろうか? この犯罪都市では、何が正義であるのか。
「人を傷つけてはいけない」
その観点から見れば、犁祢たちは悪である。しかし、そうしなければ誰も救われないほどにこの町は腐敗しているのだ。犯罪者は毎日罪を犯し、そしてそれで苦しむ罪のない人がいる。そんな被害者にとって、犯人を捕まえて、法で裁くことが正義なのだろうか? それは周りの人の自己満足ではないだろうか?
「アイツにも同じ思いを味あわせたい!」
被害者の中には、そう考える者が少なからず存在する。そしてそう思うのであれば、ただ法で裁くだけでは被害者は救われないのだ。その無念を晴らすことはやはり、同じ苦痛を味あわせることだけだろう。そう考えると、犁祢たちもまた、正義であろう。
だが、縁は違うのだ。ステレオタイプな正義に拘る縁であるが、時としてはそれが正しいこともある。そしてそれが本来の正義の姿なのだろう。そう考えれば、犯罪者を犁祢たちが殺して回るこの町が異常なのだ。
縁が将来、どうなるかはわからない。人生のどこかで挫折を味わい、間違った道に進んでしまうかもしれない。もしそうなったら、犯罪者となった彼を殺すことが正義なのだろうか? それは多分、意味が違う正義だ。縁の望んだ正義は、自分を法で裁くのだろう。
この町には、二つの正義が存在している。それだけを考えれば、異常なことだ。だが、寝場打市の特異性がその正義の共存を可能にしてしまっているのだ。
正義と正義がぶつかる日が来るかもしれない。しかしその時が訪れる前に、二つの正義の間で歪みが生じるに違いない。
その歪みは、実はもう生まれている。犁祢と縁の間に生じた、一つの歪み。それは二人の運命を大きく左右することになるのだ。
左右と言っても、交わることはないかもしれない。犁祢は縁が神通力者であることを知らないし、もちろんその逆も。近いようで遠い二人の間に立ちふさがる反社会的勢力が、二人のことを試すことになる。
それは、そんなに遠い未来の話ではないかもしれない。