その④

文字数 3,789文字

 美樹はコンビニの前で震えており、携帯を握りしめていた。普通ならコンビニに入るべきだろう。しかし、この寝場打市ではアルバイトの店員は全くあてにならない。そもそも、コンビニの入り口には不良が集まっているので、近寄れない。親に電話しても、気のせいだと言われた。警察も、この町では頼りにならない。だから縁に電話したのだ。

「まだかなぁ……」

 周りを見回す。怪しそうな人物はいない。でも今、動き出したら襲われる気がする。そう思うと、全く動けない。

「ねえ、お嬢ちゃん? 俺らと遊ばない?」

 最悪なことに、不良たちが美樹の存在に気付いた。

「ねえねえ、遊ぼうぜ?」

 徐々に距離を詰めてくる不良たち。だが今なら、囲まれる前に逃げ出せる。

「…!」

 美樹は、震える足を勇気を出して動かした。それが功を奏して、不良たちから逃げることはできた。のだが…。

「やっぱりついて来る!」

 どんな顔かはわからない。だがやはり、自分が走ると相手も走り出すのだ。止まれば、それに合わせて止まる。でも、少しずつ近づいて来るのだ。
 美樹はカバンの中を見た。何か武器にできるものはないか。しかし塾帰りの彼女が、まともに戦えそうなものを持っているはずがない。せいぜいボールペンぐらいだろうか。

「どうしたんだい?」

 突然、近くで声がすのだ。驚いて美樹が周りを見るが、誰もいない。

「誰…?」
「ここだよ、ここ」

 その声は、自分の足元でしているらしい。恐る恐る下を向くと、そこに男がいた。

「きゃあああああああああああああ!」

 なんと信じがたいことに男は、アスファルトで覆われた地面から湧き出るかのように現れたのだ。

「大声出さないでよ、お嬢ちゃん?」

 逃げようとした美樹だったが、後ろから口を塞がれた。

「さ、楽しもうか? どこに行こうか?」

 美樹の腕を男は器用に押さえ、抵抗できなくさせた。

(そ、そんな…)

 美樹は、もう終わったと思った。
 しかしその時、天空から炎が降り注ぐ。

「ぐわ!」

 男はそれに驚いて、美樹から手を離した。

「大丈夫か?」

 そして美樹の隣に現れたのは、縁だ。

「え、縁…!」
「どうやらコイツが変質者のようだな…」
「このガキめ~。俺のお楽しみタイムを、よくも邪魔したな? 生かしておけないぞ!」

 ここで縁は、相手の顔を見て思い出した。

海崎(かいざき)永元(えいげん)…。確か連続強姦魔だったはず…。違うか?」
「ああ、そうさ! 今日の獲物を見つけたってのに、貴様! 殺す!」
「そうはいかない。僕はそんな腐った考えを改めさせる! 警察に突き出してやる!」

 縁は手を開いた。するとその手のひらから、炎が出現する。これが縁の神通力。自由自在に炎を生み出せ、操ることができるのだ。

「あぶねえ!」

 しかし海崎もぼさっとしていない。しゃがんでかわす。

「何!」

 その時、縁の理解を越える出来事が起きた。
 なんと海崎は、地面の中に潜り込んだのだ。まるでアスファルトの中を泳ぐかのように、潜水を始めたのだ。

「そうか……! 神通力を使う犯罪者か!」

 自分も神通力者であるから、他の誰かにも同じような力があってもおかしくはないとは
思っていた。だがそれが、犯罪者に宿っていたとは驚いた。

(だからコイツ、何件も事件起こしておいて警察に捕まらずに逃げられるのか!)

「おら!」

 後ろに現れた海崎は、縁の背中に攻撃した。

「……うぐっ!」

 思わず跪く縁。

「だ、大丈夫?」
「心配はいらない…! ちょっと手荒な真似をしないといけなくなっただけさ…」

 こうなったら、徹底的にやるつもりだ。縁の辞書には、『引く』二文字はない。それは負けるのと同じ。全力で事にぶつからなかったのと同じ。自分の中で、一番許されない行為、それが諦めて逃げること……引くことなのだ。

(落ち着け……。もしコンクリートやアスファルトを水のように扱えてその中で泳げるのなら、波が起きるはずだ。泳ぐ音が聞こえるはずだ…!)

 そして、その通りだった。手で水をかき分ける音が、後ろから聞こえたのだ。

「とうりゃ!」

 縁は飛び、拳を振った。うまい具合に海崎が地面から顔を出したのだ。

「うげええぅ!」

 頬に命中した。同時に海崎をアスファルトの中から引きずり出せた。

「よし、いいぞ!」

 だが意識がある内は、また地面に潜って逃げるだろう。そうさせないためにも、命までは取らないが、気を失わせるか神通力が使えない状況に追い込む必要がある。勝負はここからである。

「さあ海崎! 逃がさないぞ!」
「ガキが………! 俺に敵うと思うのか!」
「やってみないとわからないさ。それともやりもせずに、自分の方が上だって言うのか!」
「うるせ! お前を殺して、隣の嬢ちゃんをおいしくいただく! それに変更はねえんだよ!」
「いいや! 美樹は僕が守ってみせる!」

 縁が駆けたが、海崎は素早くまた地面に潜り込む。その上から縁は炎を繰り出し、あぶってみた。しかし地面が焦げるだけで、効果はなかった。

「潜っている間は、ヤツにとってだけ水のようになるのか。僕が上から何かをしても、これはただのアスファルトに変わりはない…」

 これは手こずりそうだ。そう思った瞬間、

「縁、危ない!」

 美樹が叫ぶ。瞬間縁は上にジャンプした。

「ちっ! 外したか!」

 電信柱だ。その中から海崎が上半身だけ、姿を現したのだ。

「そこか!」

 降りてくる縁は、狙いを定める。手に炎を宿し、これで掴みかかるのだ。

「あぶねえ!」

 だが、簡単に上手くは行かない。電信柱に海崎は引っ込んだ。だから縁の攻撃は空振りに終わった。

「また逃げられたか…」

 この時、縁は相性の悪さを自覚した。自分の炎は、相手に逃げられては届かないのだ。だが海崎は周囲のアスファルトやコンクリートの中に逃げ込むことが可能。

(一撃さえ、決まれば…!)

 逆に考えるなら、その喉から手が出るほど欲しい一撃があれば、勝負は決する。

(ならばどうやって戦う?)

 考えている間にも、また海崎の攻撃は来る。

(先回りだ!)

 縁は考えた。自分がここから動かなければ、相手は死角から襲撃してくるだろう。その死角に、炎を。
 海崎が今度はブロック塀から現れた。

「死ね! って何だ? 熱いぞ?」

 燃えている。縁の策が決まったのだ。海崎の髪や服に炎は引火し、海崎の体を熱し始めたのだ。

「うぐわああああ! まさか、こんなバカな!」

 海崎の神通力には欠点があった。コンクリートの中に潜り込めるのは良い。だが、外の状況がわからないのだ。だから炎が生じていることがわからず、出てきてしまったのである。

「だがよ! これで勝ったと思うな! こんなちっぽけな火は、引っ込めば消せるんだ!」
「逃がすか!」

 海崎が逃げるよりも前に、縁はその首を掴んだ。そして海崎の体ごと、コンクリートの中に潜る。

(コイツに触れている間は、僕もコイツの神通力でコンクリートの中に入れるみたいだな…。ならばここでトドメを!)

 縁の炎は、加減がいくらでも効く。流石に燃やし尽くすことは考えていない。だが、衝撃を与えるのに十分な一撃を加えるのだ。

「ぬおおおおお!」

 数秒の間だけだが、炎で海崎の全身を包む。海崎の神通力が、アスファルトやコンクリートを水のように扱える場合は、この作戦は通じなかっただろう。しかしその神通力の細部は、アスファルトの中を泳ぐように移動できるだけ。その中では炎は燃えないかもしれないが、縁が生み出し続ければ良いのだ。

「あぢいいいいいい!」

 暴れる海崎。しかし手は緩めない。ここで確実に仕留める。どうやら我慢できずに、建物の壁から飛び出した。

「この、ガキが!」

 先に動いたのは海崎。縁の首筋を掴んで殴る。

「…く!」

 さらにもう一発。縁は炎で防御しようとするが、海崎は火を意に介さない。

「死ねこの、クソガ……」

 その時、美樹が海崎に一撃を加えたのだ。落ちているコンクリートブロックを持ち上げ、海崎の頭をそれでガツンと叩いた。

「…あ?」

 ブロックは砕けるが、海崎の頭は無事。神通力者ならこの程度では怪我なんかしないのだ。美樹にはそれがわからず、ただ縁の味方をしたくて動いたのだ。
 だが、ダメージは与えられなくても隙は生じた。

「そこだ、くらえ!」

 縁は炎を全開にし、海崎に解き放った。その熱さで海崎が振り向くが、

「な、な、何だとおおおおお!」

 炎の津波に飲まれそうになる。もちろん逃げようとする。しかし、既に地面のアスファルトの上がわずかだが燃えている。これでは入れない。

「びゃああああああああおおおおおおお…………」

 実際には、縁には焼き払うつもりは微塵もない。ただ、脅すだけだ。そして効果はあった。海崎は、自分が焼き殺されたとでも思ったのか、気絶している。

「ふ、ふう。何とかなった…!」

 縁は警察に電話し、美樹を連れてその場から離れた。
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