その①

文字数 4,024文字

 この朝、丙はゆっくり支度をしていた。のんびりと妻の作った朝食を食べ終え、

「学校の方はどうだ、縁?」

 と息子に聞く。

「何も問題ないよ、父さん。今は写真部に頼まれて、手伝っているんだ。結構奥が深くて面白いよ。今度父さんも撮ってあげる」
「そうか。頑張れよ。何事にも全力で、だ」

 短い会話だが、丙はそれで満足。息子の人生に干渉しまくるのは失礼だし、間違った道を進むのなら注意しなければいけないとは思うが、息子は今まで、大衆に叱られるようなことをしたことがない。思えば反抗期もなかったのだ。

 今朝のニュースの大部分は、犯罪に関するもの。日常茶飯事であるためか、アナウンサーが呆れながらニュースを読み上げる。

「今朝入りましたニュースですが、通り魔殺人の犯人が遺体で発見されました。警察は他殺の可能性を…」

 可能性ではない。絶対に他殺だ。松平が言っていたことを思い出す。

(手ごろな犯罪者が見つからない。犯罪者の死亡率が高い)

 もしかすると、本当に犯罪者専門の殺し屋でもいるのだろうか。疑ってしまう。
 しかし、すぐにそれは幻想だと考える。

(縁を見てみろ。仮に神通力がなかったとしても、縁はいい子だ。あってもそれで非行をしようと考えないはず…)

 その発想は、性善説に基づいている。丙は多くの犯罪者を見てきたし、実際に逮捕もしてきたが、元をたどれば彼ら彼女らも人間。どこかで躓いてしまったが故に手を黒く染めてしまっただけと考えている。

(考えているというよりは、祈っているだけだが…)

 息子はどうなのだろうか? 気になることではあるが、丙は聞こうとしなかった。息子に自分の考えを押し付けたくないし、無理に同意させたくもない。息子がどんな考えを持っていようが自由。なりたい職業も目指す道も、間違ってなければ自由。自分ができることは、何事にも全力で取り組めと言うことだけだ。

「じゃ、行ってきます」

 縁は家を出た。午前中だけだが、土曜日にも学校があるのだ。

「あ、縁!」

 近所に住む安藤(あんどう)美樹(みき)は縁の幼馴染であり、幼稚園から高校まで一緒である。だから今日も一緒に登校する。

「最近どう? 聞けば廃部寸前の部活に出入りしているとか…?」

 美樹は正義感あふれる縁のことが大のお気に入りだ。クラスこそ違うが、いつも登下校を共にする。

「まだ大丈夫さ。全力で事に当たれば、何でも解決できると僕は信じているよ」

 縁はそう返事した。

「そう言っておいて、大失敗したらどうするの? 困るよそれは」
「美樹は無関係だし、迷惑にはならないだろ?」
「幼馴染として、放っておけません!」
「なら、美樹も写真部に来てみる? 最近知り合った犁祢君って生徒が丁寧に教えてくれて…」
「私は、吹奏楽部で忙しいし…」

 美樹は音楽が好きで、小さなころから楽器の演奏をしている。縁もやってみた時期があったが、数週間で自分には音楽の才野だけはないと悟った。

「また、聞きたいな。今度の演奏会はいつ?」
「え、また来てくれるの?」

 手帳を開いてスケジュールを確認する美樹。近いうちに演奏会はない。悔しそうに無言で首を横に振った。

「なら、美優志君に相談してみるよ。吹奏楽部の練習風景を撮ってもいいか、ってね。その時に聞かせてもらえばそれでいい。演奏会は日程が決まったら教えてよ」
「わかったわ!」

 二人の会話は、尽きることがない。そしてこの日も例外ではないのだ。


 四時間目が終わると、部活のある人は部に集合する。

「コソリコソリ…」

 ここで、怪しい動きを見せてくれる人物が一人。犁祢である。

「おい、何やってんだ!」
「ゲゲ! ば、バレた!」

 しかしあっという間に美優志に見つかる。教室を出て、数メートルも移動しないうちに。

「ちゃんと部活、来るよなあ?」
「……ごめんなさい! 今日は他校の友人と遊ぶ予定が入ってたんだ」

 美優志は写真部の存続について焦ってはいるが、それほど厳しいわけではない。ちゃんと予定があると言われれば、休みを許可してくれるのだ。
 だがそれは、

「前もって言うこと。って散々言い聞かせたと思ったが? おや~? 俺の頭の予定表には、お前の欠席の件はないぞ?」
「わ、忘れちゃって…」
「なんだ、ならそう言えよ! 気にすんな、人間誰しも忘れることはある。な?」
「そうだよね?」

 ここで犁祢、少し安心する。美優志が許可してくれそうな口ぶりだから。
 だが、

「ダーメーにぃ~、決まってんだろ! お前、前も無許可で勝手に遊びに行ったよな? その時宣言したよな? 「今度行く時は前もって連絡します」って?」
「ええ、したっけ?」

 茶化そうとしたが、駄目な様子。

「とぼけんな、大馬鹿!」

 かえって怒られてしまった。そして美優志は強引に犁祢を部室に連れて来た。

「抜け駆けか? それは許されないな、犁祢」

 猟治も犁祢を批判する。約束を守らないのは、擁護のしようがないのだ。

「駄目だよ犁祢…。ちゃんと部活に参加しないと! 私だって誰かの目があっても、来ることにしてるんだし………」
「部長! 犁祢君にはペナルティがいいと思います!」

 心や雲雀も味方にはなってくれない。

「くうぅ~」

 絶体絶命のこの状況に、

「まあ、いいじゃないか?」

 と言う者がいた。縁である。

「犁祢君はいつも僕に色々と教えてくれているから、つい忘れてしまったんだろう? 彼を責めないで欲しい。美優志君、今日ぐらいは許してあげよう。怒るだけ怒るのは、部の雰囲気を大きく損なうことになりかねない」
「縁君…。でも……」

 何か言いたげだった美優志だが、間髪入れずに縁が、

「これから文化祭までの時間は短いから、焦るのはよくわかる。でも、犁祢君が遊びたいなら気分転換をさせるべきだよ。期日が近いからって叩いてばかりいても、成果は出せないだろう?」

 と言うのだ。

「え、縁君が言うならそうか…」

 そして、さっきまで犁祢を批判していた部員も一斉に手のひらを反す。

「わーい! じゃ、行ってきます…!」

 犁祢は一足先に家に帰った。

「で、今日はどうする?」

 猟治が言うと、答えたのは縁。

「吹奏楽部に幼馴染がいる。話はつけてあるから、楽器を演奏する人を被写体にしてみるのはどうだろうか?」
「幼馴染ですって?」

 菜穂子がそこに噛みついたが、美優志たちは、

「それもいいな。音を写真に収めるっていうのは良いアイディアだ!」

 と考え、カメラを持ってすぐに移動するのだった。


 吹奏楽部は音楽室で活動している。

「はい! 演奏してみて! もっと可愛く!」

 美優志がそう言いながらカメラを構えると、とてつもない爆音を浴びせられて、

「うわぁ!」

 と転げた。それを見て何かを悟る猟治。

「………あまり歓迎されていない様子だ、黙って撮影しよう」

 実際、重たい楽器を持ちながら全力で演奏しているので、とても笑っている暇などないだろう。

「縁君! 私も撮って!」

 縁は人気だった。素人なりの構えだが、それでも吹奏楽部の部員はポーズしてくれるのだ。パシャっと撮ると縁はその写真を見せて、

「これはどう? それともこっちを残そうか? どうだい?」

 と聞く。部員は自分が可愛く写っていない写真は削除してくれと縁に言うと、言われた通り縁はそのデータを消す。

「差が酷いな…」

 猟治がそうこぼすのも、無理はなかった。

「ちょっと、そんな目で見られると気が散るんだけど…」

 美樹の隣で、菜穂子は彼女を睨みつけていた。

「あらごめんなさい? でもこんなブサイクは縁君とは釣り合わないわね! 無駄な心配しちゃったわ!」
「何ですって?」
「うわあ? 性格までブス! 本当のことを言ったら切れるなんてサル以下の脳みそしか持ってないんじゃないの?」
「あなた……表出なさい?」
「あらやだ! 言葉で勝てないとわかると暴力? 酷い子ねぇ」

 様子を見かねた縁が、美樹と菜穂子の間に割って入った。

「何やってるんだ、美樹!」
「だってこの子が…」
「私のせいにするの? 最低ね!」
「おいおい、喧嘩はやめろ! 一から順を追って話してくれ」

 事情を説明すると、縁は、

「それは二人とも悪いよ。ここは美樹も菜穂子さんも謝って」
「わかったわ…」
「縁君がそう言うなら…」

 二人は渋々、ごめんなさいと低く小さな声で言って頭を下げた。
 その一方で雲雀と心は、吹奏楽部部長の話を聞いていた。

「今度のコンクールへの意気込みを教えてください!」

 少しでも存続の糧にすべく、二人は写真部独自の新聞を書く予定だ。だからインタビューをする。ちなみに新聞部は結構前にゴールデンコックローチ賞を二度受賞して潰れたので、新聞掲載自体が結構勇気あるチャレンジだ。

「金賞にも、駄目なヤツと良いヤツがあるから、駄目金に興味はないです。私たちはまず県大会で金賞を取って、関東大会に出場! そして全国に…」

 その意気込みは、廃れそうな雰囲気のある写真部とはえらい違う。

「では、文化祭へは?」
「そうですね…。文化祭はコンクールとは関係ありませんけど、学校のみんなに吹奏楽部の成果を報告する一つのイベントと思っています。もちろん全力で臨みますよ!」

 新聞用の写真も何枚か撮った。おかげでいい記事が書けそうだと心は思った。雲雀は、

「最後に、全校生徒に発信したいメッセージとかありますか?」

 と聞くと、

「部員はいつでも大歓迎です! 音楽で青春燃やしたい方は是非!」

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