その②

文字数 2,966文字

 そして月夜が訪れる。

「さ~て今日はどうする?」

 佐藤と鈴木を殺してから時間にして数日が経った。日々起きる新しい事件のせいで、みんなそのことは忘れている。犁祢たちも、一々殺した相手の顔など記録していない。だから覚えてすらないのだ。

「候補があって、決めかねている」

 今日は伊集院の番だった。彼は何人か目星を付けたはいいが、絞り切れていなかった。

「一人目は、わけあり官僚だ。汚職まみれの天下り常習犯。生きてても仕方ないだろコイツは? 二人目だが、児童虐待で他人の子供殺しておいて未だに捕まってないヤツ。三人目は、連続放火魔…」

 どいつもこいつも、どうしようもない人間。

「全員ってのは? 俺たちならできるだろ?」

 隆康が言うが、それは伊集院が、ルールが守れてないと止める。

「多数決にしよう。俺は手を挙げないから、五人で決める! 一人目、官僚がいい人は?」

 愛倫だけが挙手した。

「あれ、みなさんはいいんですか? 私、こういう法で裁けない人が一番許せないんですが、でもこれは合法ではないですよね…?」

 官僚はどうやら、命拾いしたようだ。

「では次! 児童虐待犯!」

 これに犁祢、心、菜穂子が賛成する。

「え? みんな何で、放火魔選ばないの? 普通は放火魔だろ? 違う? みんなおかしくない? え? え?」

 納得がいってなさそうな隆康だ。

「なら俺だけでも…」

 そう呟いた。だが、それは許可されない。みんなで決めたルールには従わないと駄目。だから彼も諦めて、この日の獲物は虐待犯に決定。

「場所はわかってるの?」
「ああ」

 菜穂子の疑問に伊集院が答える。彼らは警察よりも有能というわけではない。だが、犯罪者は一歩間違えば、自分たちと同じ。どこに逃げるか、容易に想像できる。

「今日は犁祢と隆康の力を借りたいのだが…」
「え? いいけど? じゃあ久しぶりのあのスペシャルメニューにする?」
「ああ。楽しもうぜ…」

 そして移動する。ビル群の上を駆け巡り、十分もしないでその場所に到着。

「あのアパートの一室だ。どういう神経してんだか、堂々と生活してんだよここで。でもそろそろ、外出の時間だ…」

 女子三人と隆康に見張らせる。その間、伊集院と犁祢は路地裏の袋小路に手を加える。

「もし出てきちゃったら、隆康! お前の神通力を使っていいぞ!」
「了解!」

 袋小路を二人で地獄に変えていると、心が、

「出て来たよ……」

 と、犁祢の耳元で囁いた。

「行け、隆康!」
「あいよ! 俺の華麗なる神通力を見ててくれ!」

 誰も見ていないのにポーズを決めると隆康は、影のごとく虐待犯に忍び寄る。そして後ろから、背中をチョンと突く。それで十分。

「うあ?」

 虐待犯は女だった。その女の体が、ヘリウムで膨らませた風船のように宙に浮き始めた。

「な、何? どうなってるの?」

 突然の理解不能な出来事に戸惑う女。対して隆康は、その浮き上がった足を掴んで引っ張る。

「こっち! こっちですよ!」

 向かう先は、犁祢と伊集院が仕込んでいた袋小路だ。

(ヤバいな。もう完全に出来上がってる…。久しぶりに見るが、これは足を踏み入れたいと思えない……。臭いもきつすぎだろ…)

 ボールのように女を投げる。体はまだ、浮かせたまま。けれども今神通力を解いても、女はきっとうまく着地できるだろう。逃げられる可能性がある高さを保たせているのだ。
 それには、やはり理由がある。

「始めますか…!」

 酸素濃度を操る犁祢と物を腐らせる伊集院。この二人の神通力が組み合わさると、人間にとっての地獄が生み出せる。
 嫌気呼吸という単語がある。これは酸素を必要としない生物が行う呼吸のこと。犁祢の神通力の内容を聞くと、酸素がない=生物の生存できない環境をイメージしがちであるが、実は違う。嫌気呼吸を行う微生物は特に問題なく生存が可能なのだ。ただ、その過程でアルコールがどうしても出来上がってしまう。そしてアルコールの発生する発酵もある。発酵は腐敗に言い換えることができる。だから伊集院の神通力で莫大なスピードに促進することが可能。

 つまるところこの袋小路、あっという間に嫌気呼吸及びアルコール発酵の場となった。こんなところに投げ込まれては、それだけで絶命しそうである。その中に犯罪者を入れ、ワザともがかせるのだ。悪趣味極まりない発想だが、犁祢たちにとってはこれ以上に面白いことは他にはない。

「それ、それ!」

 空気と同じ重さに変わった虐待犯は、仰ぐだけで簡単に誘導できる。上手い位置に移すと、

「じゃ、楽しんでください!」

 と、隆康が神通力を解いた。

「うっ、く!」

 息もできなければ、鼻を刺激する悪臭も漂う。最悪の環境だ。もちろん女はもがくのだが、この悪夢から抜け出すことは不可能。死ぬまでの間、苦しむことになる。

「裁きですね。自分が死なせた子供が受けた苦痛を味わう。でもそれは、あなたの責任のような気もします」

 愛倫がまず、感想を述べた。

「私は絶対に近づきたくない……。臭いが体にしみ込んだら、みんなからいじめられそう…」
「私もね。こんなところにいたとなったら、縁君が離れてしまうわ!」
「俺はもう見たから、いいだろ! 伊集院に犁祢、さっさとトドメをさせよ!」

 みんなが感想を言うと、伊集院が、

「では! 今日の当番は俺なのでな……一気に腐らせてやる!」

 伊集院以外、みんな目を背けた。それほど人間が腐り果てる光景は見るに堪えないのだ。見なくても、漂って来る臭いでどんな感じか想像できてしまう。

「今日のところはこれで……」

 犁祢が途中で口を止めた。

「どうしたの……?」

 不審に思った心は犁祢の顔の前で手を振る。だが、彼の目に彼女の手は映っていない。別の一点に焦点を合わせているのだ。

「あ、あれ……」

 静かに動いた指の延長線上に、その男は立っていた。ビルの上だ。そして六人のことを見ている。

「目撃者だわ……!」

 心が叫んだ。

「何だと!」

 これまで、目撃されることは少なくなかった。だがほとんどの場合、実際に犯罪者を殺めている場面に居合わせることが多く、その場合は無視することにしている。六人はみんな、神通力は普通の人には理解できないだろうし、ワザと目撃させ単独犯であることを匂わせることで、疑いの目を自分たちに向かないようにしていた。
 だが、このケースは違う。明らかに六人のことを視界に入れている男が、虐待犯の息の根を止めたところを目撃しているのだ。

「何よアイツは? さっきまでいなかったはずだわ!」

 見張っていた菜穂子が言った。間違ってはいない。隆康が虐待犯を連れて来る時も犁祢と伊集院が場所を作っている時も、その男の影はなかったのだ。

(だいいち、何故ビルの上にいる…?)

 その答えが見えない。
 男は反転し、動き出した。

「逃がすな、殺せ!」

 伊集院が号令を出すと、六人は一斉に動き出す。壁を蹴って登って、ビルからビルへ飛ぶ。摩天楼で繰り広げられる鬼ごっこだ。
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