その③
文字数 2,551文字
(この一発をくらわせれば、確実に命をとれる…)
そう確信させる渾身の出来だ。大きさは、直径五メートルはある。これに飲み込まれたら、体は原型を保っていられないだろう。
(問題は、スピードだな。大きくすればするほど、崩れやすくなるから形を保つためにも素早くはできない。ここは縁の足でも、ウォーターカッターで切り飛ばすか?)
清水は改めて縁の方を見た。こちらを睨んで動かない。
(そうか、悟ったな? もうどうしようもないと。ならば話は早い! 終わらせてやろう!)
そして、その最後の一撃を清水は解き放った。
「来た!」
縁は焦っていなかった。もしかしたら自分が、死ぬかもしれないという危機に瀕しているのに、である。ただ、冷静だった。
「終わりだ、縁!」
その大きな水の球体はゆっくりと縁に迫る。走れば逃げることは十分に可能だろう。
だが、逃げない。これを突破した上で勝利しなければいけないということを縁はわかっているのだ。
そして、彼の秘策…。それは単純だった。
「何だ? やけに暑いぞ…いや、熱い?」
清水は気温の異変に気がついた。異常な熱気を感じる。けれども縁が炎を噴き出している様子はない。
「まあいい。これが通ればすべて終わる! 残りの三人も、簡単に片づけてやる!」
勝利を確信している。その油断が、命取りであった。彼は、逃げない縁に不信感を抱くべきだったのだ。
「うおおおおおおおおおおおおおっ!」
縁の行動。それはシンプルだ。大きな炎の壁を生み出す。ただそれだけだが、色が違う。
「青い炎! これでどうだ!」
熱気を集中させて、より高い温度の炎を生み出した。これが縁の全力。
「無駄だ! どんな火を使おうが、この水の塊には勝てない!」
「それは違う!」
水の球体と青い炎の壁が接近する。
「もらった…!」
二つが激突する時、清水は、自分が勝ったと思った。同時に縁も、自分の作戦が通用したと感じた。
清水の方向からは、水の球体が邪魔で見えにくい。縁も炎のせいでよく見えない。
「あ、あれは!」
しかし鍍金たちにはよくわかる。
水の球体は、徐々に大きさを失っている。温度に耐え切れず水が蒸発しているのだ。水の沸点は百度。対する縁の生み出した青い炎は、それを遥かに超えている。しかも炎の量自体も水とは比べ物にならないのだ。
「な、何だ?」
異変には清水も気がついた。勝利を託した自分の球体が、その膨らみを少しずつ減らしていくのだ。
「水が足りないのか?」
慌てて放水し、水を足した。だが既に遅い。縁の生んだ青い炎は、水の球体を丸ごと包むと、一瞬で水蒸気に変えた。
「良し!」
「馬鹿な?」
両者が叫んだ。その言葉の意味は正反対。そして清水は絶望する。
「俺の水が、炎を止められないだと…?」
迫りくる高温度の火。水を放っても、炎に到達する前に蒸発してしまう。これでは意味がない。
「俺の、負け…か……!」
自分の神通力が通じない時点で、清水の中の戦意は消えてしまった。そして跪いて死も覚悟する。
だが、その青い炎は、周囲の熱気と共に消えた。縁が神通力を解いたのだ。
「何をしている? 俺にトドメを刺さなくていいのか?」
「もう、戦う意思がないんだろう? だったら僕の勝ち。それでいいんだ。命をとるようなことはしない」
「甘いな、その発想は…」
清水は縁の思考を蔑んだ。だが縁は折れない。
「東邦大会はこれで終わりだろう? ボスのお前が僕に勝てない時点で、大会自体僕から手を引っ込めるしかないはずだ」
清水は無言で頷いた。まだ一般構成員は残ってはいるが、神通力者の縁に勝てるわけがない。だから縁の言う通り、東邦大会は潔く手を引くしかない。
「でも、ケジメを付けろよ。俺を殺せ……」
「しないよ。僕も鍍金たちも、いくら頼まれてもね。お前はお前で、刑務所に入って罪を償うんだ。それが日本の、罪人の裁き方。違うかい?」
清水は拍手を送った。自分たち反社会的勢力とは全く異なる発想。そして正しくその通りなのだ。
「よし。今から警察を呼ぼう。不審者としてお前を逮捕させ……」
「いいや、俺に時間をくれ」
急な要求に縁は戸惑ったが、
「縁、これはお前の勝利なんだ。その正義の心を俺は見習うべきだ。だからこそ、自首したい」
鍍金や烽はこの発言をまるで信じていない。当然だ。そう言って逃げられる可能性が大いにあるのだ。でも縁は、
「わかったよ。お前がそう言うんなら、僕は信じよう。お前の心に芽生えた正義を!」
と言い、取り出した携帯をポケットに戻した。
そして四人は廃校の校庭を後にする。帰り道でも菫は心配して何度も後ろを振り向いて、清水の姿を確認していた。
「いいのか、本当に? 闇討ちするかもしれないぜ?」
「烽、僕は彼を信じる。だから君も信じてくれ」
清水は、逃げなかった。次の日の新聞の一面にでかでかと、「東邦大会のトップ、自首する!」という記事が載った。その紙面によれば、東邦大会自体が解体されるのも秒読みではないかとのこと。トップである清水が逮捕されたからには、既に崩壊してしまったとも言えるだろう。
縁は自分の力で、いつも通りの日常を勝ち取ったのだ。
「縁!」
登校する時、美樹と一緒に歩く。
「昨日は大丈夫だったの?」
「ああ」
元気そうな返事をするが、頬に一線の傷がある。菫に頼んで治してもらうこともできたが、清水の功績を考えてあえて残した切り傷だ。
「痛そうだね」
「まあ、やられた時は驚いたよ。でも僕が確かに勝った!」
美樹はその傷を撫でてやった。その行為はただの善意に基づく意味のないことかもしれない。
しかし、寝場打市にも正義の光は存在するのだ。それを証明した縁。そして正義の凱旋を喜ぶ者もいる。縁は美樹の指が頬に触れた時、もうその傷は開かないだろうと思った。
今日の天気は良い。雲一つない晴天を登る太陽はギラギラと光っている。
「さあ美樹! 学校まで競争だ!」
「ああ、待ってよ縁!」
二人は走り出した。
そう確信させる渾身の出来だ。大きさは、直径五メートルはある。これに飲み込まれたら、体は原型を保っていられないだろう。
(問題は、スピードだな。大きくすればするほど、崩れやすくなるから形を保つためにも素早くはできない。ここは縁の足でも、ウォーターカッターで切り飛ばすか?)
清水は改めて縁の方を見た。こちらを睨んで動かない。
(そうか、悟ったな? もうどうしようもないと。ならば話は早い! 終わらせてやろう!)
そして、その最後の一撃を清水は解き放った。
「来た!」
縁は焦っていなかった。もしかしたら自分が、死ぬかもしれないという危機に瀕しているのに、である。ただ、冷静だった。
「終わりだ、縁!」
その大きな水の球体はゆっくりと縁に迫る。走れば逃げることは十分に可能だろう。
だが、逃げない。これを突破した上で勝利しなければいけないということを縁はわかっているのだ。
そして、彼の秘策…。それは単純だった。
「何だ? やけに暑いぞ…いや、熱い?」
清水は気温の異変に気がついた。異常な熱気を感じる。けれども縁が炎を噴き出している様子はない。
「まあいい。これが通ればすべて終わる! 残りの三人も、簡単に片づけてやる!」
勝利を確信している。その油断が、命取りであった。彼は、逃げない縁に不信感を抱くべきだったのだ。
「うおおおおおおおおおおおおおっ!」
縁の行動。それはシンプルだ。大きな炎の壁を生み出す。ただそれだけだが、色が違う。
「青い炎! これでどうだ!」
熱気を集中させて、より高い温度の炎を生み出した。これが縁の全力。
「無駄だ! どんな火を使おうが、この水の塊には勝てない!」
「それは違う!」
水の球体と青い炎の壁が接近する。
「もらった…!」
二つが激突する時、清水は、自分が勝ったと思った。同時に縁も、自分の作戦が通用したと感じた。
清水の方向からは、水の球体が邪魔で見えにくい。縁も炎のせいでよく見えない。
「あ、あれは!」
しかし鍍金たちにはよくわかる。
水の球体は、徐々に大きさを失っている。温度に耐え切れず水が蒸発しているのだ。水の沸点は百度。対する縁の生み出した青い炎は、それを遥かに超えている。しかも炎の量自体も水とは比べ物にならないのだ。
「な、何だ?」
異変には清水も気がついた。勝利を託した自分の球体が、その膨らみを少しずつ減らしていくのだ。
「水が足りないのか?」
慌てて放水し、水を足した。だが既に遅い。縁の生んだ青い炎は、水の球体を丸ごと包むと、一瞬で水蒸気に変えた。
「良し!」
「馬鹿な?」
両者が叫んだ。その言葉の意味は正反対。そして清水は絶望する。
「俺の水が、炎を止められないだと…?」
迫りくる高温度の火。水を放っても、炎に到達する前に蒸発してしまう。これでは意味がない。
「俺の、負け…か……!」
自分の神通力が通じない時点で、清水の中の戦意は消えてしまった。そして跪いて死も覚悟する。
だが、その青い炎は、周囲の熱気と共に消えた。縁が神通力を解いたのだ。
「何をしている? 俺にトドメを刺さなくていいのか?」
「もう、戦う意思がないんだろう? だったら僕の勝ち。それでいいんだ。命をとるようなことはしない」
「甘いな、その発想は…」
清水は縁の思考を蔑んだ。だが縁は折れない。
「東邦大会はこれで終わりだろう? ボスのお前が僕に勝てない時点で、大会自体僕から手を引っ込めるしかないはずだ」
清水は無言で頷いた。まだ一般構成員は残ってはいるが、神通力者の縁に勝てるわけがない。だから縁の言う通り、東邦大会は潔く手を引くしかない。
「でも、ケジメを付けろよ。俺を殺せ……」
「しないよ。僕も鍍金たちも、いくら頼まれてもね。お前はお前で、刑務所に入って罪を償うんだ。それが日本の、罪人の裁き方。違うかい?」
清水は拍手を送った。自分たち反社会的勢力とは全く異なる発想。そして正しくその通りなのだ。
「よし。今から警察を呼ぼう。不審者としてお前を逮捕させ……」
「いいや、俺に時間をくれ」
急な要求に縁は戸惑ったが、
「縁、これはお前の勝利なんだ。その正義の心を俺は見習うべきだ。だからこそ、自首したい」
鍍金や烽はこの発言をまるで信じていない。当然だ。そう言って逃げられる可能性が大いにあるのだ。でも縁は、
「わかったよ。お前がそう言うんなら、僕は信じよう。お前の心に芽生えた正義を!」
と言い、取り出した携帯をポケットに戻した。
そして四人は廃校の校庭を後にする。帰り道でも菫は心配して何度も後ろを振り向いて、清水の姿を確認していた。
「いいのか、本当に? 闇討ちするかもしれないぜ?」
「烽、僕は彼を信じる。だから君も信じてくれ」
清水は、逃げなかった。次の日の新聞の一面にでかでかと、「東邦大会のトップ、自首する!」という記事が載った。その紙面によれば、東邦大会自体が解体されるのも秒読みではないかとのこと。トップである清水が逮捕されたからには、既に崩壊してしまったとも言えるだろう。
縁は自分の力で、いつも通りの日常を勝ち取ったのだ。
「縁!」
登校する時、美樹と一緒に歩く。
「昨日は大丈夫だったの?」
「ああ」
元気そうな返事をするが、頬に一線の傷がある。菫に頼んで治してもらうこともできたが、清水の功績を考えてあえて残した切り傷だ。
「痛そうだね」
「まあ、やられた時は驚いたよ。でも僕が確かに勝った!」
美樹はその傷を撫でてやった。その行為はただの善意に基づく意味のないことかもしれない。
しかし、寝場打市にも正義の光は存在するのだ。それを証明した縁。そして正義の凱旋を喜ぶ者もいる。縁は美樹の指が頬に触れた時、もうその傷は開かないだろうと思った。
今日の天気は良い。雲一つない晴天を登る太陽はギラギラと光っている。
「さあ美樹! 学校まで競争だ!」
「ああ、待ってよ縁!」
二人は走り出した。