その①

文字数 3,261文字

 今日、松平に面会人が来た。柳田(やなぎた)という若い男だ。

「松平さん、調子は大丈夫? 警官に暴行とか受けてない?」
「はは、ドラマの見過ぎだろ? 丙警部は優しい人間だぜ」

 差し入れは何も無い。弁護士の話も一言も出て来ない。ただ、会いに来ただけだ。だが柳田は重要なことを言う。

「数日前、主に借金の取り立てを担っている下っ端がね、死んだんだよ。突然の出来事だったからビックリした」
「確か佐藤と鈴木だっけ? まああの二人はただのチンピラだし、限界はあるだろう?」
「でも、仕入れた情報によると、二人は同じところに倒れていたのに……死因は百八十度違うんだ」
「と言うと?」

 それ以上は流石の東邦大会でも把握できていない。ので柳田は答えられなかった。だが松平は、

「神通力者関連なのか?」

 鋭い発想を生み出す。

「大会ではそう睨んでいる。松平さん、確かあなたは寝場打市の神通力者について調べていたはず。その調査資料はどこにある? それをお聞きしたいんだ」
「机の上だった気がするが…? 特に整理とかされてなければ」

 それだけ確認すると柳田は立ち上がり、

「わかった。ありがとう」

 と言って、面会を打ち切った。

「仲間が来たってのに、随分と淡泊な会話だな」

 丙はこの面会に立ち会っており、そのあっさり感に戸惑いを隠せない。

「そんなもんさ。でも神通力者ってのは、結構いるらしい。千葉県だけでも大勢だ、これが関東、そして全国となると………砂漠に混じった米粒を探すようなもんだ。安心しなよ警部? あんたの息子までたどり着けるかどうかも怪しい……」
「君たちの言う、神通力者……。それに興味がある。一体何者なんだ?」
「気づかなかったのか? さっきの柳田もれっきとした神通力者だぜ?」

 丙は、そんな馬鹿なと思った。何故ならさっきの男からは特別な雰囲気を全く感じられなかったから。どこにでもいる普通の人としか思えないのだ。

「起源は知らねえ。でも世界には不思議な力を持つ人間がいるんだよ。その内の一つが、神通力者だ。俺だって、ちょっと先の未来がわかる神通力を持ってるからな」
「その未来から逃れるために、自分だけは安全な場所に逃げる……か」
「そう! 見てしまった未来は、変えられない。唯一、自分の未来だけは、自分で選べる。だから滅びの運命に従うか、抗うか……。俺は迷わず逃げるぜ」

 松本の神通力は、特殊なのだ。確かに未来を見ることができる。だがその細部を他人に話してしまうと、その未来は実現しなくなるのだ。今、松本は東邦大会の壊滅という避けたい未来を予見してしまっている。ならば仲間にそれを話して、未来を変えればいいと思うかもしれない。
 そうしないのには理由がある。壊滅の未来を変えた場合、変わった未来はどうなるのか。松本にはそれがわからないのだ。存続するのか、もっと悪い形で滅亡するのか。その未来で自分は、死亡することになるかもしれない。しかし今なら、予知した未来を変えようとしないで自分だけ逃げれば、自分は助かる。

 自分勝手な選択と思うかもしれない。だが松平はそれでよかった。後ろ盾のない今の東邦大会の力は衰えていくだけ。その結果が犯罪者ビジネスだ。寿命をひたすらに延命させている感覚がどうしても否めない。それに松本の神通力では、東邦大会の中でのし上がることなどまず不可能。だったらいっそのこと、リセットしてしまおう。だから未来のことは誰にも話さず、安全な警察のところにやって来たのだ。

「気にしなさんな、警部。あんたの息子は多分、組織の神通力者では勝てないぐらいに強力だぜ」
「何故わかる?」
「東邦大会は近いうちに壊滅するから、だよ」

 松平がそれ以上何も言わなかったので、丙も質問をしなかった。


「ええ? 女装? 何で?」

 犁祢は部室に来るや否や、驚いてそう叫んだ。

「新聞を二つ掲載することになったのはいいんだけど、吹奏楽部の取材だけだと足らないの! だから、お願い!」

 雲雀が頭を下げてお願いする。犁祢としては速攻で断りたい気分。だが美優志の目が光っているのを考えると、拒否権はない。土曜日欠席した分の埋め合わせもしないといけないのだ。

「俺はいいよって言ったんだ。だって面白いじゃないか? その辺の女子よりも可愛くなれちゃうんだぜ? なあ犁祢?」

 猟治はもはや戻れない域にまで達している。

「り、猟治も女装するって言うなら…」

 渋々承諾した。

「で? 私のスカート履くの? また?」
「いや。今回は制服のサンプルが余っていたので、もらってきた。サイズはピッタリだぜ?」

 この時犁祢は、何故唐突に女装しなければいけないのかを察した。新聞の尺がないとかは言い訳で、うまい具合に女子の制服が手に入ったからだ。

「では早速!」

 ノリノリの猟治は、雲雀や菜穂子という女子の目を気にせず服を脱ぎ始めた。おまけにその二人も、何もツッコミを入れない。
 この最悪のタイミングで、縁が到着してしまうのであった。

「おおお、おーい! 何やってるんだ猟治君?」
「何って、見りゃわかんだろ?」
「わからないよ、これは? まさか…!」
「女装だよ、女装! 縁君も着るかい?」

 無言で縁は首を横に振った。いきなり女子の制服を着ろと言われたら、誰でも縁と同じ反応をするだろう。
 ささっと女子制服に腕を通しスカートも履くと猟治は、カツラをかぶる。元々女子と見間違うレベルの猟治なら女装はこれだけで完成する。

「相変わらずクオリティ高えな。明日からそれで学校来たら?」
「流石の俺もそれはちょっと人間性を疑うぞ、美優志?」
「冗談だよ。さて犁祢? 猟治は着たぞ? お前の番だ!」
「ええ~嘘でしょ……」

 でもここまで来るともう断れない。猟治もやるなら、と言ったが、その猟治がしてしまったから。犁祢も着替えた。

「ようし、完成だな! これで適当に写真撮れば売れそう!」

 美優志は、まず犁祢と猟治を並ばせる。その間に心、囲うように雲雀、菜穂子も立たせた。

「縁君、さあカメラを構えよう」
「お、おう…」

 何枚か撮影する。この行為の意図がわからない縁は困惑しながらもシャッターを切った。

「これで良し! 題名は間違い探しで、この中に男子生徒がいる! とか書けばみんな新聞に食いついて暴こうとするだろう!」
「いいアイディア! 部長!」

 雲雀が早速パソコンを立ち上げてデータを移し、記事を書き始める。

「恥ずかしいよ…」

 犁祢は用が終わるとすぐに服を脱いだ。

「やっぱり僕はこっちの方がいい。着慣れてるし、そもそも僕は男だ!」
「そうか? 悪くはなかったぞ?」
「なら猟治は今日一日その恰好でいればいいじゃないか!」

 その言葉を真に受けて、猟治は今日は女装して過ごした。

「大丈夫…だよな、この部活…」

 縁は、なんとなくゴールデンコックローチ賞を受賞してしまった理由がわかった気がした。
 だが雲雀の制作した新聞は、その部分さえ除けば真面目であった。吹奏楽部の記事がやはり受けたのだ。

「自分の部活のことを生徒に知ってもらえるのなら!」

 その考えが様々な部でも生まれた。そして新聞部がないので、必然的に依頼は写真部に舞い込む。

「オーケーオーケー! 押さないで、みんな!」

 最初は、ほとんどの部活に取材を断られた。当然だ、みんな去年の受賞で写真部にいいイメージを抱いていない。だが、今回の一件で再評価を受けた。美優志はそれに感動しているし、やる気のなかった猟治や犁祢も嬉しかった。

「やっぱり活動はするものね! みんなの目が今までとは違うわ!」

 菜穂子が、縁の腕を掴んで言った。

「でも菜穂子さん? 君はつい最近まで部活にほとんど顔をだしてなかったんじゃ?」
「そんなこと、気にしないの!」
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