その②
文字数 3,185文字
「では、行ってきてくれ」
美優志や雲雀が、手を振る。
「ああ、任せてくれ!」
元気に返すのは、縁だ。このたび、誰もが嫌がってやりたがらない生徒会へのインタビューを買って出た。縁からすれば、人の嫌がることを進んで行うことは当たり前の行為だ。
「美優志……一生恨む…!」
だが、写真部部員でない縁一人に任せるわけにはいかない。カメラの使い方をマスターできても、部について詳しいわけではないのだ。だから誰かが、付き添う必要が生じた。
その誰かは、ジャンケンで決まった。最後の最後で犁祢は美優志に負け、行くことになったのである。
(やっぱりチョキを出すべきじゃなかったな…)
反省しても、決まってしまった任務は覆らない。仕方なく生徒会室まで向かう。
「そんなに怯えることかい?」
「え、縁君はわからないんだよ…。生徒会役員の恐怖の顔が!」
犁祢は嫌でも、去年のあの出来事を思い出す。
「何だこれは! あぁ!」
すごい怒号が、写真部の部室に響いた。
「し、心霊写真、です…」
「違うだろがぁ! どう見ても! これはただのコラージュ写真だ! 写真部はこんな適当なことしかしてないのかぁあ!」
あの時の生徒会長の顔は、下手をすれば般若や鬼より怖い。血管が浮き出ており、今にも火山が噴火しそう、いや、実際に怒りで爆発していた。
「適当なんて、酷い!」
先輩の一人が、反論した。しかし、
「頑張ってそれっぽく仕上げたんですよ? それなのにその努力も知らないで…」
そう。真面目に頑張っていないから、そういうことが口から外に出てしまうのだ。しかもそれは当時の写真部部長の発言だった。
「ふざけてんのか、お前たちはぁあああああ!」
その後の生徒会の発言は、よく覚えていない。とにかくとてつもない熱量でお叱りを受けた。そして、金色のゴキブリのキーホルダーを渡され、先輩たちは問答無用で退部となった。
「いいかい、一年生たち?」
優しそうな役員も、中にはいたのだが、
「このキーホルダーは大事にしておいてね? 在学中に二個集めると、おめでとう! この部は廃部!」
投げかけられたセリフは、トゲだらけ。そのトゲは今も心に突き刺さっている。
「僕は二度と、怒られたくないと思ったよ。生活指導の先生よりも怖い。今もたまに、夢に出てくるんだ…」
「そうだったのか…。でもそれは去年の話で、今年は確かその生徒会長、もう引退したよね?」
「でも、その息のかかった人が新しい会長だよ。引退? 交代? 意味ないね…」
そんな雑談をしていると、生徒会室は目の前だ。
「え、縁君がノックしてよ…」
「いいけど? じゃあ、行くよ」
「ゴクリ!」
コンコンコンコンとノックをする。すると中から、
「どうぞ」
と一言。
「よし、入ろう」
縁は、犁祢が逃げられないように腕をガチっと掴んで、ドアを開けた。
「失礼します。写真部です」
そして二人は、敵地に入った。
生徒会役員たちは、席に着いていた。今日は写真部が取材に来ると前もってアポイントを取っていたためである。
「ようこそ、生徒会室へ」
眼鏡がキラリと光るのが、会長だ。
「どうも、写真部です」
「ど、どうも…」
すると役員の一人が、
「おやおや、縁君じゃないか? こんなところで何をしてるんだい?」
「何って、写真部の手伝いですよ。部長に頼まれちゃって」
「ふーん。生徒会に入れなくても、写真部の助っ人にはなるんだ?」
この一回の会話で、犁祢は悟る。
(ヤバい! 縁君は縁君で、生徒会と仲悪いのか…! オーマイガー!)
実は縁は、生徒会から直々にスカウトされていた。生徒会としては彼のような人望の厚い生徒は、何としても仲間にしたいのだ。しかしそれを縁は断った。理由は結構身勝手で、権力者のイエスマンにはなりたくないから。それに縁はよく、部活などの活動で助っ人を頼まれるのだが、それがやりにくくなると思ったのだ。
断ると、生徒会は激怒した。だがそれを縁は無視して家に帰ったのだ。
これでは両者の仲は悪くなるに決まっている。おまけに縁、本来ならば生徒会のすべきようなことを進んで買って出るために、生徒会は出番を潰されたと恨んでいる。
「そんな縁君が、生徒会に何の用事かな?」
「何って、美優志君から聞いてません? 取材ですってば」
「わかってるよ? 確認してあげたんだよ? 写真部はゴールデンコックローチ賞を受賞するような堕落に満ちた部活だからね? 自分たちがした約束すら、破りかねないから?」
「それは、勝手な判断ですよ。僕らは今、ちゃんと真面目に活動に取り組んでますから。その証拠に…」
「え、え、え、縁君! いいからさっさと取材の方を…」
縁は生徒会と張り合う気なのだ。見かねた犁祢はそれをやめさせようとしたが、
「犁祢君? こういう駆け引きは引いた方が負けなんだ」
と、頑なに譲らない。
「もう、駄目だ……」
察した犁祢は、縁を無視して別の役員にインタビューすることにした。その役員はそんな犁祢の心境をわかってくれて、生徒会室の奥の方に案内すると、生徒会の活動について丁寧に解説してくれた。
「……であるから、私たち生徒会にとって生徒にとって良い環境の建設・維持は…」
ありがたい話を聞かせてもらえる。そして犁祢は一生懸命手を動かしてメモを取る。しかし、
「縁君? 生徒の中で一番偉いのは、生徒会だよ? 僕たちは生徒から生徒会選挙で支持を得て、そしてここにいるんだよ? そんなこともわからないのかい?」
「お言葉ですが生徒会長…。立候補者はあなた一人しかいませんでしたよね? 選挙で競う相手もいないのに、支持を勝ち取ったと思っているんですか? 他にその席に座ろうとする人がいなかったから、座れたんではなくて?」
「ほ、ほ~う、言ってくれるじゃないか。え、縁君? 君のような生徒会に所属してない野良の生徒が、私よりも人望があるとでも?」
「それを判断するのは僕たちではないでしょう。生徒です。生徒が誰を頼りにしているか、でしょう? そして写真部が選んだのは、僕でしたよ? 少なくとも美優志君たちはあなたよりも僕のことを選びました。その事実は動きませんよ」
縁と生徒会長の会話は、徐々に熱を帯びる。犁祢は、自分の判断は正しかったと思い始めている。そしてその証拠に、生徒会長と縁の二人だけを生徒会室に残して、他の役員たちは勝手に学校の見回りを始めた。犁祢はその中の一人に密着取材をする。
「写真部が頑張っているのはわかっています。最近、他の部の活躍を記事にしてますよね。私も読みましたよ。できれば生徒会がどのように生徒たちに貢献しているかも記事にしてもらいたくぐらいです」
「あ、ありがとうございます…」
「もう文化祭が近いですけど、去年みたいなおふざけさえしなければ、また受賞することはないと思います。だから頑張ってください!」
その言葉に、犁祢は顔を上げられない。
(良かった。生徒会は鬼と般若だけで構成されているわけじゃなくて…! これなら大丈夫そうだ…)
でも一つだけ、心配なこともある。今も生徒会長と口喧嘩をしている縁だ。暴力沙汰を起こすとは思えないが、引き際を知らない彼に対して生徒会長がキレて、
「写真部、問答無用で廃部だ!」
とか叫ばないだろうか?
「大丈夫でしょう? 犁祢君でしたっけ? そんな横暴なことしたら、生徒会の威厳なんてあったものじゃない。いくら会長でも勝手なことはしませんよ。さあ、今はそんなことは忘れて、生徒会が作った良環境を見回りましょう!」
美優志や雲雀が、手を振る。
「ああ、任せてくれ!」
元気に返すのは、縁だ。このたび、誰もが嫌がってやりたがらない生徒会へのインタビューを買って出た。縁からすれば、人の嫌がることを進んで行うことは当たり前の行為だ。
「美優志……一生恨む…!」
だが、写真部部員でない縁一人に任せるわけにはいかない。カメラの使い方をマスターできても、部について詳しいわけではないのだ。だから誰かが、付き添う必要が生じた。
その誰かは、ジャンケンで決まった。最後の最後で犁祢は美優志に負け、行くことになったのである。
(やっぱりチョキを出すべきじゃなかったな…)
反省しても、決まってしまった任務は覆らない。仕方なく生徒会室まで向かう。
「そんなに怯えることかい?」
「え、縁君はわからないんだよ…。生徒会役員の恐怖の顔が!」
犁祢は嫌でも、去年のあの出来事を思い出す。
「何だこれは! あぁ!」
すごい怒号が、写真部の部室に響いた。
「し、心霊写真、です…」
「違うだろがぁ! どう見ても! これはただのコラージュ写真だ! 写真部はこんな適当なことしかしてないのかぁあ!」
あの時の生徒会長の顔は、下手をすれば般若や鬼より怖い。血管が浮き出ており、今にも火山が噴火しそう、いや、実際に怒りで爆発していた。
「適当なんて、酷い!」
先輩の一人が、反論した。しかし、
「頑張ってそれっぽく仕上げたんですよ? それなのにその努力も知らないで…」
そう。真面目に頑張っていないから、そういうことが口から外に出てしまうのだ。しかもそれは当時の写真部部長の発言だった。
「ふざけてんのか、お前たちはぁあああああ!」
その後の生徒会の発言は、よく覚えていない。とにかくとてつもない熱量でお叱りを受けた。そして、金色のゴキブリのキーホルダーを渡され、先輩たちは問答無用で退部となった。
「いいかい、一年生たち?」
優しそうな役員も、中にはいたのだが、
「このキーホルダーは大事にしておいてね? 在学中に二個集めると、おめでとう! この部は廃部!」
投げかけられたセリフは、トゲだらけ。そのトゲは今も心に突き刺さっている。
「僕は二度と、怒られたくないと思ったよ。生活指導の先生よりも怖い。今もたまに、夢に出てくるんだ…」
「そうだったのか…。でもそれは去年の話で、今年は確かその生徒会長、もう引退したよね?」
「でも、その息のかかった人が新しい会長だよ。引退? 交代? 意味ないね…」
そんな雑談をしていると、生徒会室は目の前だ。
「え、縁君がノックしてよ…」
「いいけど? じゃあ、行くよ」
「ゴクリ!」
コンコンコンコンとノックをする。すると中から、
「どうぞ」
と一言。
「よし、入ろう」
縁は、犁祢が逃げられないように腕をガチっと掴んで、ドアを開けた。
「失礼します。写真部です」
そして二人は、敵地に入った。
生徒会役員たちは、席に着いていた。今日は写真部が取材に来ると前もってアポイントを取っていたためである。
「ようこそ、生徒会室へ」
眼鏡がキラリと光るのが、会長だ。
「どうも、写真部です」
「ど、どうも…」
すると役員の一人が、
「おやおや、縁君じゃないか? こんなところで何をしてるんだい?」
「何って、写真部の手伝いですよ。部長に頼まれちゃって」
「ふーん。生徒会に入れなくても、写真部の助っ人にはなるんだ?」
この一回の会話で、犁祢は悟る。
(ヤバい! 縁君は縁君で、生徒会と仲悪いのか…! オーマイガー!)
実は縁は、生徒会から直々にスカウトされていた。生徒会としては彼のような人望の厚い生徒は、何としても仲間にしたいのだ。しかしそれを縁は断った。理由は結構身勝手で、権力者のイエスマンにはなりたくないから。それに縁はよく、部活などの活動で助っ人を頼まれるのだが、それがやりにくくなると思ったのだ。
断ると、生徒会は激怒した。だがそれを縁は無視して家に帰ったのだ。
これでは両者の仲は悪くなるに決まっている。おまけに縁、本来ならば生徒会のすべきようなことを進んで買って出るために、生徒会は出番を潰されたと恨んでいる。
「そんな縁君が、生徒会に何の用事かな?」
「何って、美優志君から聞いてません? 取材ですってば」
「わかってるよ? 確認してあげたんだよ? 写真部はゴールデンコックローチ賞を受賞するような堕落に満ちた部活だからね? 自分たちがした約束すら、破りかねないから?」
「それは、勝手な判断ですよ。僕らは今、ちゃんと真面目に活動に取り組んでますから。その証拠に…」
「え、え、え、縁君! いいからさっさと取材の方を…」
縁は生徒会と張り合う気なのだ。見かねた犁祢はそれをやめさせようとしたが、
「犁祢君? こういう駆け引きは引いた方が負けなんだ」
と、頑なに譲らない。
「もう、駄目だ……」
察した犁祢は、縁を無視して別の役員にインタビューすることにした。その役員はそんな犁祢の心境をわかってくれて、生徒会室の奥の方に案内すると、生徒会の活動について丁寧に解説してくれた。
「……であるから、私たち生徒会にとって生徒にとって良い環境の建設・維持は…」
ありがたい話を聞かせてもらえる。そして犁祢は一生懸命手を動かしてメモを取る。しかし、
「縁君? 生徒の中で一番偉いのは、生徒会だよ? 僕たちは生徒から生徒会選挙で支持を得て、そしてここにいるんだよ? そんなこともわからないのかい?」
「お言葉ですが生徒会長…。立候補者はあなた一人しかいませんでしたよね? 選挙で競う相手もいないのに、支持を勝ち取ったと思っているんですか? 他にその席に座ろうとする人がいなかったから、座れたんではなくて?」
「ほ、ほ~う、言ってくれるじゃないか。え、縁君? 君のような生徒会に所属してない野良の生徒が、私よりも人望があるとでも?」
「それを判断するのは僕たちではないでしょう。生徒です。生徒が誰を頼りにしているか、でしょう? そして写真部が選んだのは、僕でしたよ? 少なくとも美優志君たちはあなたよりも僕のことを選びました。その事実は動きませんよ」
縁と生徒会長の会話は、徐々に熱を帯びる。犁祢は、自分の判断は正しかったと思い始めている。そしてその証拠に、生徒会長と縁の二人だけを生徒会室に残して、他の役員たちは勝手に学校の見回りを始めた。犁祢はその中の一人に密着取材をする。
「写真部が頑張っているのはわかっています。最近、他の部の活躍を記事にしてますよね。私も読みましたよ。できれば生徒会がどのように生徒たちに貢献しているかも記事にしてもらいたくぐらいです」
「あ、ありがとうございます…」
「もう文化祭が近いですけど、去年みたいなおふざけさえしなければ、また受賞することはないと思います。だから頑張ってください!」
その言葉に、犁祢は顔を上げられない。
(良かった。生徒会は鬼と般若だけで構成されているわけじゃなくて…! これなら大丈夫そうだ…)
でも一つだけ、心配なこともある。今も生徒会長と口喧嘩をしている縁だ。暴力沙汰を起こすとは思えないが、引き際を知らない彼に対して生徒会長がキレて、
「写真部、問答無用で廃部だ!」
とか叫ばないだろうか?
「大丈夫でしょう? 犁祢君でしたっけ? そんな横暴なことしたら、生徒会の威厳なんてあったものじゃない。いくら会長でも勝手なことはしませんよ。さあ、今はそんなことは忘れて、生徒会が作った良環境を見回りましょう!」