その③

文字数 2,880文字

「う~む、これは困った…」

 大川はここに来て、作戦を練り直す必要があった。自身の神通力が、烽には効かないのである。ならば神通力者共通の向上した身体能力で勝負を挑むか? しかしそれは危険。縁と烽の神通力は活きているから。自分が不利な状況なのは、間違いがないのだ。

「しかし! ガキに負ける俺じゃない。最高の毒物を作ってやる! 神通力が相反するのなら、優れている神通力者の方が勝つはずだ! 俺の方があのガキよりも上……それを教えてやろう!」

 要するに、烽の神通力で活性化された免疫でも無毒化が追いつかないような毒を作り出して浴びさせるということ。大川にはそれが可能だ。

(待ってろガキども…。テトロドトキシンなんて目じゃない毒を作ってやる。一般人なら即死級のヤツを、な! それを前にしても、正気でいられるかな…?)

 それには時間がかかる。だがそれを横塚が買って出る。

(大川が毒の生成に入ったか…。じゃあ俺は、時間稼ぎでもするかな?)

 透明な横塚からすれば、二人の攻撃をかわすことはわけない。動かなくても向こうから勝手に外してくれるのだ。

「クソ! どこにいやがる!」

 烽はキレ気味だ。冷静さを失ってはいけないと言って、それを縁がなだめる。だが、このままでは一方的に攻撃されるのも事実。烽の神通力は、一度効いてしまえば逃げようがないのだが、最初の一撃は目で見えていないと効果がない。横塚の姿が捉えられないとなると、免疫系を暴走させることはできない。

「ならば、あの毒野郎を先に倒すぜ! いいな、縁!」

 烽が向きを変えた。

(それは……。あの男の毒は、烽の神通力があれば怖くも何ともない。そういう相手は最後にとっておきたいけど、今は仕方がない!)

 縁もそれに納得する。

「行くぞ、縁!」
「おう!」

 二人はバラバラに走り出した。

「しまった!」

 横塚の攻撃は空振りに終わる。そして焦る。

「だが!」

 不可視の鋭い一撃は、縁の足元を襲った。

「ぐわ! 見えないヤツが、今攻撃してきたぞ!」
「構うもんか! 先に毒野郎をやっつければいいだけのこと! どうせ今は手の出しようがないんだしよ、見えないヤツは後から攻略だ!」
「わ、わかった!」

 すぐに立ち上がる。次は烽が背中を押されて、前に転んだ。しかし、転倒から綺麗に前転に繋ぎ、そしてすぐに起き上がる。

「そこまでだ! その毒は俺らには通じない。お前は勝ちようがないんだ!」

 横塚の妨害こそあったが、二人は大川を追い詰める。けれども遅かった。大川の手には、今生成したばかりの劇毒が。これを人体の粘膜に接触させれば、それだけで間違いなく死ぬ。

「はたしてそうかな?」

 その毒を大川は解き放った。黒い液体が宙を舞い、二人に襲い掛かろうとしている。

「毒野郎、覚えておけ! 俺の神通力はいかなる毒物にも負けない。だからそういう攻撃は、通じねえんだよ!」

 烽は瞬時に自分の手に、切り込みを入れた。するとそこから、血が噴き出す。

「ははっ! その程度の血の噴射で止められるとでも?」
「誰も止めるとは言ってねえな?」
「何?」

 血液の噴射で、相手の毒の勢いを殺せるとは烽も思っていない。しかしこの行動には、ちゃんとした意味があるのだ。

「血液の中には、白血球があるだろ? それを極限まで増殖し活性化させて、今俺の体から出した! 自分の体すらも攻撃するすさまじい凶暴性を獲得した白血球は、どんな毒でも貪食して無力化する!」

 烽の狙い。それは、体に侵入する前に大川が繰り出した毒を無毒化すること。そうするためには、体内にある免疫細胞を放出する必要があるのだ。そして彼は白血球に、力を与えた。それは本来ならば禁止行為であり、自分の体を完全に破壊し尽くす可能性をはらんでいるが、体外に出れば関係ない。
 黒い毒液に、烽の赤い血が混ざる。そしてその血に含まれる白血球は、好んで毒物を食作用で取り込み、無力化する。毒液の勢いは殺せてないので、縁と烽の二人の顔にかかった。だが、何ともない。

「さらに、俺らの免疫系も強化しておいたからよ~もうその毒は怖くもなんともないぜ! なあ縁?」
「ああ。今口の中に入ってしまったけど、何も感じない…」

 これに大川は大きく動揺。

「こ、こおんなことが! あり得てたまるか!」

 もう一度、同じ毒を作りだして二人に浴びせる。だがこれも効いていない。二人の体の中には、その毒に対する抗体が生み出されているのだ。その抗体が、粘膜に触れた瞬間、毒が作用するよりも前に、免疫細胞から産生されて分泌され、毒の効果を失わせた。

「どりゃあああああああ!」

 烽は渾身の一撃を大川にくらわせた。鋭すぎる右ストレートが大川の頬に炸裂すると、十数メートルは後ろに吹っ飛んだ。受け身も取れずに地面に叩きつけられた。

「うぐ! 体が痒い! おまけに動悸が! これは一体…?」

 始まった。烽の神通力が。今、大川の免疫系は暴走し、自分の体を敵と見なして攻撃を始めたのだ。手足は赤く腫れ、発疹が生じた。

「俺の免疫が、狂っちまったのか? 臓器や筋肉に、拒絶反応が起きている?」

 それを理解した瞬間、大川は閃いた。

(お、お、俺の毒…。毒を体内に入れれば、免疫はそっちを代謝しようとするんじゃないか? そうすればこの神通力から逃げられる…!)

 閃きは、当たっている。そして大川は手頃な毒を生み出すと、自分で飲み込んだ。

「げげっ! うっぺっぺ!」

 毒がいい味をしているわけがない。吐き出しそうになるが、なんとか体内に入れる。

「おお、読み通りだ! 発疹が引いていくぞ! 腫れも収まっていく!」

 立ち上がると、大川は自慢げに言った。

「攻略したぞ! 正直、お前の神通力は計算外だった。なんせ俺の神通力との相性は最悪だ。だがな! 今俺はそれをこくふ……」

 だが、ここで彼は激しい頭痛に見舞われる。目線も狂い、焦点が合わない。立っていられず、また地面に崩れ落ちる。

「…くした、んじゃ? 何で…?」
「馬鹿か、お前?」

 その答えは、烽が知っている。

「自分の神通力の性質は、俺も十分に理解してるんだぜ? お前が自分から毒を飲むっていうなら、神通力を解くに決まってんだろ? そうすりゃあよ、お前自身が作りだした毒で自分が苦しむわけだ。最大級の墓穴を掘ったな? んで、自分から落ちやがった!」
「し、しまっ!」

 ここで、大川は神通力を解くこともできる。しかしそうすれば、また烽の神通力が始まるだけだ。それに対抗して毒を飲めば、また解かれる。

(鼬ごっこ…。しかも、俺の負け?)

 どうやっても勝ち目がない。そうわかった瞬間、大川の意識が飛んだ。

「おっと! 死なせねえよ。そこまでは流石の俺もしない」

 烽は神通力を使って大川の命を救った。けれども彼の意識まではすぐには回復できない。
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