その④

文字数 3,532文字

 菜穂子は、自分の腕を握る高田の手を一瞬で凍らせ、彼が瞬間移動する直前に、肘の辺りを割って腕を切断していたのだ。

「お、お前…。ふざけるな!」
「あ、戻ってきたわ」

 高田はあっという間に両手を失ってしまった。

「だが、まだ足が残っている!」
「本当かしら?」
「強がっても無駄だ!」

 一歩踏み出そうとしたが、足が動かないのだ。

「ま、まさか……!」

 既に出来上がっていた。地面は凍っており、氷が高田の足を捉えている。これでは動けない。

「また瞬間移動でもしてみたら? もしかしたら氷ごと動けるかもしれないわよ? でもミスったら……足もなくなっちゃうわね、大変そうだわー」

 それを聞いては、もう神通力を使えない。

(あ、足まで失ったら…!)

 高田の顔は恐怖に怯えている。冷や汗を流したが、頬を流れる間に凍ってしまった。

「試すことすら、できそうにないわね……」

 一瞬で高田の全身が、氷に包まれた。菜穂子はそれに先ほど放った氷柱を撃ち込んだ。すると高田の胴体は、粉々に砕け散る。

「高田ぁ!」

 信じられない光景に遭遇したように、浜井は叫んだ。

「く、クソ! コイツらは……ヤバいヤツらだ!」

 このまま戦っても勝ち目があるかどうか。

(だが!)

 ここで、浜井のプライドが思考の邪魔をする。

(逃げられるか、東邦大会のこの俺が! ここで高田の仇を! 必ず!)

 今度は、爆発する、と書いた。その文字が伊集院に向かって飛ぶ。

「爆ぜろ!」

 伊集院は逃げる。彼は飛び道具は持っていないし、宙を舞う文字を腐らせることもできなかった。

「力を貸すわよ、伊集院?」
「今は駄目だ!」

 菜穂子は協力する姿勢を見せたが、伊集院はそれに待ったをかけた。

(今氷をぶつけたら、それが爆発してしまう! 爆発の規模はわからないが、俺も巻き込まれる可能性がある! それは何としても止める!)

 浜井は一々待ってはくれない。

「そっちの女も、今楽にしてやろう…!」

 次は、割れる、と書き、文字を飛ばす。これに当たれば高田と同じ苦痛を味わい、死ぬ。仇討ちにはもってこいの文字列だ。

「ねえ? もしかして相当焦ってらっしゃるんじゃない?」

 菜穂子は余裕の表情で、そう言った。

「どういう意味だ?」
「目の前で仲間が死んだから、躍起になっているんじゃないのってことよ。その文字は私に通じないのは、さっき見たからわかるでしょ!」

 氷を飛ばして、文字にぶつける。氷は割れたが、勢いは失わない。

「くっ!」

 浜井は文字を書こうとした。が、指からペンがすり抜けて落ちた。ペンだけではない、指自体も手から離れ、足元に落ちる。

「こ、これは!」

 それは伊集院の神通力。今、爆発する、という文字から逃げ回っているが、それでも浜井の指を狙ってピンポイントで腐らせることは可能だ。

「文字さえ書けなければ、あんたの神通力は何も怖くないわ」

 浜井は反論しようとしたが、菜穂子の発言は事実なのだ。しゃがんでボールペンを拾おうとしたが、手が届く前に氷柱に胸を貫かれた。

「ああぁあああ!」

 そして後ろにのけ反る。

「邪魔だ!」

 その上を伊集院がジャンプして通る。

「この、待て……」

 が、この時浜井の目は伊集院を追ってしまった。だから、後ろから来る、爆発する、の文字に気づかなかった。
 その文字と接触した瞬間、浜井の体は爆ぜた。原型を留めない程度に体はバラバラ。もしかしたら、死んだことにすら彼は気づいていないかもしれない。

「さて、後は事務所の中だけね。伊集院、行くわよ?」
「ああ。だが菜穂子、二人に加勢するならお前だけ行ってくれ」
「ちょっと、どういう意味?」
「今爆ぜて消えたヤツが最初に言っていたことを思い出してな。清水さんか藍野様……。もしかしたら組長的な存在かもしれない。俺はそれを探るために、東邦大会の神通力者との戦いは避けて情報を獲得しようと思う」

 伊集院はこの戦いを始めた人物ではないが、終わらせ方を模索していた。ただ東邦大会を襲うだけでは、終わらないのだ。一番有効なのは、相手の親玉を叩いてしまうこと。彼はそのボスに繋がる情報が欲しいのだ。

「わかったわ。好きにすれば? 言っておくけど、後からデカい顔して混ざって来ないでよ!」
「そっちは完全に任せるつもりだ」

 二人は別々の方向から、事務所に入り込んだ。


 建物の中では、滅茶苦茶な戦いが繰り広げられていた。

「お、重い、だと?」

 七谷は自慢の神通力を、全く活躍させられていなかった。無理もない。重力を自在にいじれる愛倫がいては、重さは勝手に決められてしまうのだ。持ち上げることすら叶わなくなったナイフや鉄パイプはもう諦めて、新しいのを探す。だが、すぐに転ぶ。体にかかる重力を激増させられたから。

「こ、こんな、ガキどもに、負ける…?」

 その現実は到底受け入れられるわけがない。だが愛倫がナイフを拾うと、七谷の背中の上に移動させる。

「今なら操れますよ?」

 だがこれは、見え透いた罠。七谷が神通力を使おうとした瞬間、膨大な重力をかけて彼の体を貫通させようという考え。

「ううぐ、河内、助けてくれ……!」

 情けないことに、七谷は自分一人ではこの状況を抜け出すことができないと悟り、助けを求めた。しかし河内は河内で、隆康に苦戦しているのだ。

「このガキが、調子に、乗るな!」

 河内は、風を操る神通力を持っている。それは室内でも十分に効果を発揮できる。のだが、相手が悪すぎた。隆康は一瞬速く河内に触れた。そして今、河内の体重は無きに等しい。だから天井に押し付けられている。

「使えばいいんじゃない? ご自慢の神通力とやらを!」

 だが、使えない。今風を起こせば、隆康を吹き飛ばすよりも先に空気よりも軽くされている河内の体が流される。そして割られた窓からこの建物の外に出たら…。
 七谷は下、河内は上。これが異質な空間なのだ。

「何やってるのあんたたち!」

 何故か拮抗しているその状況に、菜穂子が入ってくる。

「おお、菜穂子。そっちはどうなんだ?」
「あんな二人はもう既に殺したわよ! あんたたちも早くしなさい!」

 その言葉を聞いて、七谷と河内は絶望する。

「ま、まさか、浜井さんを…?」
「そんな馬鹿な! 勝てるわけがねえ! 嘘だ、そんなことは嘘に決まっている!」

 それを聞いた菜穂子は、

「じゃあ、地獄で会わせてやるわよ!」

 と言い放ち、二人の体に氷柱を何十発も撃ちこんだ。


「終わったな」

 隆康が言い、窓から外に出る。室内には穴だらけで誰だか判別もできそうにない遺体が二つ残されている。

「伊集院はどうした?」
「ちょっと用事があってね。先に帰るわよ」

 菜穂子たちは一足先に、犁祢と心が待つビル群に戻る。
 数十分後、伊集院も戻ってきた。

「収穫はあったの?」
「ああ!」

 明るい返事だ。

「あそこは、普段なら親玉がいるらしい。夜はいないみたいだが……。でも残された資料の中に、興味深いものを発見した!」

 律儀にプリントアウトしており、紙に書かれていることを五人に見せる。

「ここが一番重要だ! 東邦大会のトップは、清水という人物になっている。だが、それは表向きらしい。裏のトップがいるのだ。それは発言によれば、名前を藍野という!」
「じゃあ、その人物を潰せばいいんだね? そうすれば縁君は、助かると!」
「そうだ!」

 裏のトップ、藍野の情報を掴んだ犁祢たち。表向きのトップである清水の存在は無視するつもりである。
 理由は、その上の人物を倒せば、東邦大会は確実に止まると考えているから。神通力者こそ減らしてきたものの、未だに一般構成員は存在する。そのトップが清水と彼らは考えた。

「流石に藍野を倒せば、清水ももう危険と考えるだろう。縁を追い始めてからここまでの被害を被った。これ以上はやらないほうがいい、と。常識的に考えればそうなるはず」

 隆康も頷いた。

 実は、清水が神通力者ではないという憶測は間違っている。しかし、縁は清水を追うつもりである。幸か不幸か、この認識違いが、犁祢と縁の遭遇を阻むことになるのだ。

 その運命は、本当に紙一重。決して交わらない光と闇が、それぞれの敵を探し出して戦うのだ。光と闇は、協力はしない。だが、たどり着くゴールは同じである。

「東邦大会を潰して、縁の無実を証明する!」
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