その①

文字数 2,686文字

「写真部に出なくていいの……?」

 心がそんなことを投げかける相手は、幽霊部員の前科のある菜穂子ではない。やる気がないながらも一応は顔を出していた犁祢である。

「いいよ。美優志には悪いんだけど、今は気分じゃないんだ……」

 それは、倫理の試験だけが赤点だったのが理由ではない。

(東邦大会の神通力者は、まだ残っている…。だとするとちんたら潰していくのは遅すぎる! 尻尾を掴まれたら、それで終わってしまうんだ…。いかにバレずに行動するか。それが重要だ!)

 犁祢はこの日、部に出席せずに帰ってしまった。その帰り道では、尾行者に気をつけた。今のところは彼の周りで怪しい動きをする人物は、いない。無事に家に到着する。

 そして今夜は月夜。黄色い月明かりに照らされた屋上で、六人は落ち合うことになっている。

「何、分担する?」

 伊集院に犁祢が提案した。

「東邦大会の事務所は、多い。それを毎晩一つずつ潰していくのもありだとは思うけど、そうしたら残った一つに戦力を集中されて、六人では歯が立たなくなるかもしれない。それに時間をかければそれだけ、僕らにたどり着くための暇を東邦大会に与えてしまうんだ。だったら分担して、一晩に潰せる事務所の数を増やそう」

 もちろん反対意見もある。分担するとしたら、二人三組または三人二組。神通力者がこちらの数を上回っていた場合のリスクが大きい。だが、

「負けた時は、所詮そこまでと諦めよう…。少なくとも僕が最初に外した道だ、僕はすんなりその結果を受け入れる」

 犁祢の覚悟を聞くと、他の五人は反論できない。

「………では仕方がない。そうするとしよう。だが一つ、条件を」

 伊集院が提示した条件。それは、大きな事務所は襲わないこと。そうするだけで、返り討ちに遭う危険性は減る。犁祢もそれには納得。

(大きな事務所は、あらかた掃除が済んでから襲えばいいか…)

 そして今夜から、三組に分かれて行動する。犁祢は心と、伊集院は愛倫と、隆康は菜穂子と行動。三人は全く違う方向に向かった。寝場打市内の事務所はどれも大きい。より小さな事務所となると、市外に足を運ぶしかない。


 犁祢が目を付けた事務所。それは既に潰れてしまった遊園地の近くにある。小屋一つの小さな事務所であるが、その存在が邪魔で、誰もテーマパークを再建できていない。

「ここね…。私は行ったことないけど、どんな遊園地なの?」
「それは僕も知らない…」

 興味がないので、訪れたことはない。だが閉園しているということは、何かしらの問題があったのだろう。敷地は結構広いので、集合住宅を建てるという提案が出されたこともあったのだが、東邦大会が急に睨みを聞かせ始めたので、みんな黙った。

「土地がもっと高くなったら売るつもりだったのかもね? でも、ヤクザから買った場所に建設されたマンションに住みたいと思う?」

 すると、心は首を横に振る。

「じゃ、行こうか?」

 二人はその事務所を攻撃した。が、手応えはない。

「無人か……」

 事実そうだった。入って確認してみると、誰もいない。しかし、心の洞察力は鋭い。

「このコップ、まだ温かいわ……。きっとさっきまでいたのよ…」
「だとすると、奇襲が読まれた?」

 犁祢がそう言った瞬間、急にその小さな建物の壁が崩れた。

「どうやら、夜に現れるネズミとは君らのことだね…?」

 そこには、篠原の姿が。

「一体誰なんだ? それを知りたい。だが我々に何の用事があるのか………。それも重要なことじゃないかな? どう思う、お二人さん?」
「さあね。僕らは正義の味方じゃないけど、悪の手先でもないよ」

 二人は構えた。視界に映っているのはこの篠原だけ。どんな神通力を使って壁を破壊したかは不明だが、今なら殺せる。犁祢は足で床をトントンと叩き、心に合図を送った。

「外に出ようか…? ここでは狭すぎる」

 篠原がそう言うと、残りの壁も全部崩れる。

「さあ来なさい。今夜は特別、遊園地に案内してあげよう」

 そう言うと、篠原は廃園の中に消えた。

「どうする犁祢? 罠かもしれないよ?」

 心は心配そうに聞いたが、犁祢の出した答えは簡単。

「行こう。何か仕掛けてくるとしても、ここで腐るよりは! 僕らの存在が少しは明るみになっているらしいけど、少なくとも僕らの顔を見た、あの男は消す必要がある」

 そして二人も、廃れた遊園地に踏み込む。夢と希望で溢れていたはずの場所だが、今はもう見る影もない。雑草が茂っており、野生動物も多い。手入れをされていない地面は歩きにくい。

「はじめに聞いておこうか…?」

 篠原が言い出した。

「君らはどうして、我々を襲うのかね?」
「無実の人に罪を被せたからだよ。それがヤクザの仕事なの?」
「はて? なんのことだか…」

 こう聞くと、まるで篠原がとぼけたように見える。だが違う。東邦大会は佐藤と鈴木を殺したのは、縁だと思っている。だから彼には仲間を手にかけた罪があって無実ではない。
 けれども、そんなことを篠原が犁祢たちに教えるはずがない。無駄な情報漏えいはしない主義なのだ。

「では、質問を変えようか? 谷野誓という学校荒らしには会ったことがあるかね? 彼は言っていたぞ? 恐ろしい神通力者と遭遇したって」
「谷野? 誰だそれ?」
「犁祢が文化祭前に殺した神通力者だよ……」

 心が犁祢に耳打ちして教える。

「ああ、いたねそんな人。でも死んだはずじゃ?」
「ところが、彼は生きている。そして我々に力を貸してくれるそうだ…」

 その一言で、二人は気がついた。どうして篠原がワザワザ、遊園地に移動したのかを。

「囲まれている…。大勢に!」

 既に谷野が協力しているのだ。犁祢たちを囲っている人物は一人、谷野だけだ。しかし神通力を既に、最大限に発揮している。物陰から姿を見せる。十人? もっといる。百人以上だ。

「さあ谷野! 復讐しろ! この二人に、怒りをぶつけるのだ!」

 静かに復讐は始まった。

「どうする犁祢?」

 心は焦りを感じる。こちらには二人しかいないが、敵は大勢いるのだ。

「君はあの男を逃がさないで! 大勢の谷野は、僕が片付ける!」

 こんな状況でも、自分たちに繋がる情報を持っている人物を逃さない判断ができる犁祢。心は頷いた。

「じゃあ谷野? 大勢いるんだね? たっぷりと殺してやろう…!」

 二人は別々に動いた。
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