その①

文字数 4,341文字

「犯罪者ビジネスねえ…」

 丙はこの日も松平の話を取調室で聞いていた。東邦大会の資金源になっているというそのビジネスとは、

「匿うんだよ。んで、その間は犯罪者から金を巻き上げる。あいつらも捕まるよりは金払って隠れることを選ぶからな。おかげで摂取摂取! 潤うわけだよ」
「でも、犯人も金銭的に余裕がないだろ? そういう時はどうするんだ?」
「簡単だ、適当な人を雇って、そいつに通報させる。俺らからすれば、匿ってる間は犯人から金もらって、払えなくなったら警察に突き出して懸賞金をもらうわけ。一口で二度おいしいのさ」

 寝場打市の犯罪率は高すぎ、そして犯人たちは無駄に洗練されている。故に犯人も巧みに警察の捜査をかいくぐって逃げることが何度もあるので、警察の方も特別に懸賞金をかけている。そうでもしないと満足に逮捕もできないのが実情。
 それがまさか、暴力団の資金源になっていたとは丙にとっても盲点だった。

「でも、最近は中々よ、手ごろな犯罪者が見つからなくてね」

 どういう意味だと丙が聞くと、

「軽い犯罪をしでかした奴を俺たちは探してんだが、どういうわけか近頃は犯罪者の死亡率が高い。これは、何かあるわな。誰かが夜な夜な、手にかけているとしか思えない」
「犯罪者専門の殺し屋でも、この町にいるというのか?」
「おう」

 松平によれば、それは神通力者であり、一人で行っているとは思えないとのこと。だから複数犯の可能性が高いというのだ。

「見つけ次第、徹底的にわからせてやろうと思ってんだが……中々尻尾を出さない。俺は調べてみてよ、警部の息子が神通力者であることを突き止めたんだが…」

 それを聞くと丙は表情を変え、

「まさか、俺の息子がそんなことをしているとでも…?」
「まさかすぎるぜ、それは。少なくともあんたの子供、そんな道外すような子じゃないだろ? でも一歩間違えば東邦大会が息子さんを疑いかねない。俺は調査報告書を机に置いたまま自首しちまったからな」

 丙にとってそれは、衝撃的な予想。自分の息子である縁が、暴力団に狙われるかもしれない。これほど居心地の悪い話があるだろうか。だが、

「安心しなよ。息子さんの神通力がどんなものかは知らねえけど、普通の人間が凶器持って束になっても神通力者なら負けねえよ。俺でも勝てるかどうか、怪しいからな」

 丙自身は神通力者ではない。だから松平に言われても心配が頭から離れないのだ。


 同じ頃、縁は写真部と共に行動していた。いくら人望があるといっても彼自体は素人なので、短い期間で傑作を撮れるまで学ぶ必要があるのだ。

「縁君、ここはもう少しカメラを離して…」

 犁祢がアドバイスをする。縁はそれを素直に聞き入れ、どのようにすれば上手い写真が撮れるかを学んでいく。

「縁君! 犁祢のバカの言うことよりもさ、私と一緒に学ばない?」

 久しぶり…正確には今年に入って初めて部活に顔を出した菜穂子が二人の間に無理矢理割って入った。

「菜穂子さん、だよね? でも君は昨日、いなかったような…?」
「それが昨日はお母さんが危篤で~」

 その会話を美優志たちは離れたところで聞く。

「じゃあなんだ? 今までずうっと危険状態ってか? 菜穂子のヤツ、息するように嘘吐きやがって!」
「おかしいな…。私、もう写真部自体に興味がなくなったって聞いたんだけど?」

 雲雀は女子部員とよく話すので、菜穂子が出席しなくなった時から彼女から事情を聞いていた。その時菜穂子は確かに、興味がなくなってしまって活動意欲が出ない、だから回復するまで待って欲しい、と言ったのだ。しかし、それはその場しのぎの嘘だった。

「まあいい! 野球部が協力してくれることになったのはデカいぞ! 猟治! 練習試合の日程は聞いてるんだよな?」
「来週末に、うちの学校のグラウンドで行うってよ。対戦校はそこまで強くないらしい。だから結構いい写真が撮れるんじゃないかな? ドカンと一発、ホームランとか?」
「打てるの? 心配だわ……。もしボロクソに負けたら、どうする…?」
「心ちゃん、大丈夫だって。何も週末に全て決まるわけじゃないから! それにサッカー部やバスケ部も、是非ともって言ってくれてる。まずは野球部の活躍を写真にして、そこから出発よ!」
「でも……」

 ネガティブなことばかり言う心であったが、雲雀はそれに慣れているのでいつも通りに励ました。
 大体の活動計画を決めると、練習と言って写真部は校庭に向かった。グラウンドではちょうど野球部が頑張っている。

「あれ? 犁祢君、今なんでシャッターを切らなかったんだい?」

 縁がそう聞いた。というもの今、バッターが投球をフルスイングしたのだ。見事なヒットだ、校庭の後ろの方までボールが飛び、外野手が追いかけて拾う。

「それはね…被写体の声が聞こえなかったからだよ、縁君! ぼ、僕は何て言うか…シャッターチャンスを決めるのは自分じゃないと思っているんだ。よーく見極めると、向こうから語り掛けてくるんだ、「今だ!」って。さっきのバッターからは何も聞こえない…」

 犁祢が指さす方を縁は見た。コーチがバッターを叱っている。スイングに力を入れ過ぎたのだ。これでは内野の守備の練習にならない。

「なるほど…。これを撮影してたら、野球部から叩かれてしまう」

 恥を公開されたら黙っている人はいない。縁はそれを理解した。

「あ、でも…!」

 犁祢は突然カメラを構える。

「どうした犁祢君?」

 縁が言葉を発するが、集中している犁祢の耳には届かない。
 犁祢はシャッターボタンを押した。

「撮れたと思うよ、いいのが」

 すぐに確認してみる。内野手が飛んで、ギリギリの打球をキャッチした、まさにその瞬間だった。

「こっちの方が、躍動感があるでしょ? 今、被写体が語り掛けてきてね、それで上手い具合に撮れたんだ」

 縁には、経験者の犁祢が魅力的に映った。

「それはすごい! 僕にも同じような写真が撮れるかな?」
「努力次第だよ! だから頑張ろう!」

 おう! と縁は返して犁祢とハイタッチしようとしたら、菜穂子がまた割り込んでくるのだった。

「縁君、縁君! 私の個人レッスンを受けてみない?」
「………」

 流石の縁も、菜穂子の発言には一瞬固まる。だが、

「それは、また今度でいいかい? 今はみんなと一緒に頑張りたいんだ!」

 と返事をするのだった。


 その日の夜は、月が綺麗に夜空に映る。

「今日は菜穂子の番だな。どこのどいつをやるんだ?」

 伊集院が聞いた。

「簡単よ。ただのチンピラ。でもストレス発散にはもってこい」
「何かありました? 普通に元気に見えますけど、悩みごとは私は好きじゃありません」

 愛倫が聞くと、菜穂子は血相を変えて、

「せっかく縁君が写真部の応援に来てくれたのに! なのになのに! 全然構ってくれないの!」

 暴れながら怒鳴る。

「そうなのか犁祢?」
「僕的には、アピールはできていたと思うけどね…。でもしつこいと流石に嫌われるんじゃない?」
「そんなはずないわ! きっと縁君は照れてしまって、正直になれないのよ! うん、そうだわ!」

 勝手に納得してしまう菜穂子。呆れて犁祢は何も言わなくなった。
 違うビルの上にいる心と隆康に合図を送り、六人は移動し始める。菜穂子の狙うただのチンピラなら、数分もしないで探せるだろう。

「でも、チンピラって犯罪者なのか? その線引きはどうする?」
「女性に手を出したらアウト。以上。判決、有罪!」

 犁祢はそう言った。

「そうか。じゃあそれで行こう」

 そして簡単に見つけられるのだ。

「おいおいおい、見たか今の? あのチンピラ、老人を殴ったぞ!」
「見たよ…」

 ビルの上でも、しっかりと犯行の一部始終を捉えた。ターゲット候補の若者は酒で酔っているのか、口論になった瞬間、拳を振るったのだ。殴られた老人は地面に倒れ、動かない。

「これで犯罪者確定だ。菜穂子、行ってこい!」

 犁祢たちはその若者の行動をよく観察していた。被害者のことはどうでもよく、既に老人のことなど頭にはない。
 しかもちょうどよく、そのチンピラは人気のない路地裏に進んだ。

「やったあ! ストレスストレス、発散発散!」

 菜穂子は次々とビルの壁を蹴って、下に向かう。あっという間に地上に降り立った。

「すみませ~ん?」
「ああ、何だてめえ?」

 ターゲットの人相は悪い。いきなりガン飛ばしてくるほどだ。これでは文句を言われた瞬間に手が出るのにも納得できる。

「さっき、暴力はたらきましたよね?」
「んだと!」

 沸点が低いらしく、切れてしまいすぐに菜穂子に殴り掛かる。しかし、相手が悪かった。菜穂子は神通力者であり、ただのチンピラが勝てる相手ではないのだ。

「そ~れ!」

 グサッと一撃。

「うぐ、ああ?」

 刺されたところから、血が流れ出す。
 菜穂子はさっきまで手ぶらであったはずだ。だが、何か鋭利な物をチンピラの腹に突き立てたのだ。
 それは、氷だった。菜穂子の神通力はシンプル。思った通りの形に水蒸気を凍らせる、ただそれだけ。だが、即席の刃物を用意するのにはこれほどもってこいな神通力はない。

「もっと行きますよ? フフフ、生きてられますか…?」

 まるで、おもちゃを破壊するかのように菜穂子は氷でできた刃物をチンピラの体に刺しまくる。その一撃一撃が血管を切り裂き、大量の血が流れる。

「たまんな~い! この感覚!」

 彼女が溜めていたストレスは、チンピラを傷つけるとドンドン消えていくのだ。

「うぶ……」

 バタリと地面に崩れたチンピラ。

「ええ、もう終わり? それじゃあつまんな~い!」

 せめて最後の一撃として、大きめの斧を氷で作ると、それでチンピラの首をはねる。そして氷は、神通力を解けば水蒸気に戻り、証拠は何も残らない。

「何か、期待外れだね」

 犁祢が言った。

「確かにな。あのチンピラ、もうちょっと頑張れると思ったが全然。逆にあれほど弱い奴は珍しいんじゃないか?」
「そうですね。私も見たことありませんけど、生きてるタマムシなら見たことあります」

 伊集院と愛倫が同意した。そしてこの日は特にやることもなく解散。彼らにとっては普通の日常だ。
 月明りは、ビルからビルに飛び移る六人の姿を捉えてはいた。だが同時に静かに光っているだけだった。
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