その④
文字数 3,412文字
東邦大会の支部は、寝場打市のあちらこちらに存在する。今夜犁祢が狙った支店は小さな事務所だ。だが、そんな小さいところも見逃さない。確実に叩きのめす。
外からガラスを割って侵入する。
「誰だ、お前!」
当然東邦大会は驚くが、それと同時に侵入者である犁祢に武器を構える。拳銃だ。
「撃てるものなら、撃ってみなよ!」
挑発する。すると構成員の一人が、
「死ね!」
引き金を引いた。が、銃は暴発し、構えていた人物が大怪我を負った。
「何だ、一体? どうなっている?」
もう一人も銃を撃つ。しかし弾は発射されず、またも暴発。指が弾け飛んだ。
既に犁祢が神通力を使っているのだ。拳銃を百パーセント濃度の酸素で包んでいる。そうすると、金属である銃はあっという間に錆びついて、銃口に酸化鉄が溜まって詰まり、弾丸を発射できなくなる。おまけに引き金を引いて生じるわずかな火花が、爆発につながる。瞬く間もなく犁祢は反社会的勢力の切り札である拳銃を封じたのだ。
「て、てめえ!」
ナイフを持って襲って来る人物もいる。しかしその刃は、酸素によってすぐに錆びつき、使い物にならなくなった。そしてそのボロボロのナイフを弾くと犁祢は、その人物の首を手刀で掻っ切った。
「ここは、三人か…」
夜中だからなのか、それとも小さな事務所だからか。人数は少ない。倒れている三人の周りの空気の酸素をゼロパーセントにして、彼らを死に追いやる。
「こんな夜中にお客さんか…。まあ、いいだろう。相手してやるよ」
すると、奥の方から声が聞こえる。
「まだいたか!」
この人物は、榎本 。この事務所のボスだ。
「お前! 誰だか知らないが……神通力者だろう? じゃなければ部下が、こんな無様に死ぬわけがない」
その着眼点は鋭い。一発で犁祢の正体を見抜いた。それも当然。
「俺も神通力を持っているからな」
同じ神通力者だと、不自然な行為にも頷けるのだ。
犁祢は構えた。ここで榎本を倒すつもりだ。しかし榎本は、
「場所を変えようぜ? ここではやりにくいからよ!」
「そう言われて、頷くと思う?」
「させるさ…!」
榎本の神通力。それを見せる。なんと、何もないところに榎本は足を置き、そして体が宙に上がる。まるで見えない土台の上に立っているようだ。そして器用に事務所内を通り抜け、犁祢が割った窓から外に逃げた。
「そういう神通力か!」
犁祢もすぐに後を追う。榎本の神通力はシンプルに、空を飛ぶことだ。羽ばたくこともなく、無動作で宙を駆けていく。すぐにビル群の上に到達した。犁祢ももちろん追って、屋上にたどり着く。
「おい、降りて来い!」
しかし榎本は、
「そうか? 俺が下りないとまともに戦えない程度の神通力ってわけか。すると……」
と言い出し、犁祢の頭上をグルグルと回り始めた。
「直接叩く系か? いや、違うな……。部下の拳銃が暴発して、弾すら発射されなかったことを考えると、触る必要のない神通力だな…」
しびれを切らした犁祢は大きくジャンプし、榎本に襲い掛かる。だが、榎本はスイっと動いてその一撃をかわす。
「おいおい、まだ考察の途中なんだ。邪魔しないでくれないか?」
隣のビルに着地する。
(厄介だね……。ああやって逃げられると、どうも一撃届かない……。酸素濃度を変化させても多分駄目だ…)
神通力を使えば、榎本は異変に確実に気づく。そして気づいたのなら、安全な場所を求めて宙を移動する。そうされると、犁祢の神通力は届かない。
「多分、なんだが…。銃が暴発したのがお前の神通力と関わっていると思うんだよ? 金属を操るのか? でももしそうなら、今、ジャンプして襲って来る必要がない。飛び道具を使えばいいんだもんな? となると、そうではない…」
榎本は余裕の表情で考え事に没頭する。
(ヤバい…。ここでコイツに逃げられたら、応援を呼ばれる! もし呼ばれたら、僕だけじゃ対処できないかもしれない! それだけじゃない、僕が東邦大会に目を付けられる…!)
もし仮にそうなった場合、東邦大会が持つ縁への疑念は晴れるかもしれない。しかしそういう発想は犁祢にはない。もっとも今の時点では、縁も東邦大会と戦う道を選び、柳田を捕まえてしまっているので、縁への疑いは消えないのだが…。
(どうする? 僕の神通力の射程まで近づかないといけないけど、接近すれば逃げられる!)
空を飛ぶだけの神通力に苦戦する日が来るとは、犁祢も思ってもみなかった。
しかし、いきなり榎本の体が、意図しない方向に動き出した。
「ん? 何だ?」
そして犁祢の足元目掛けて、落ちてくるのだ。
「ば、馬鹿な? 俺の神通力が効いてな……!」
頭から、屋上に激突した。
「こ、これは一体…?」
困惑していると、
「犁祢! 一人で戦うなんて言わないでよ…!」
心の声が聞こえた。彼女だけではない。伊集院たちも犁祢の元に駆け付ける。
「みんな! どうして?」
「お前だけの責任じゃないだろう? もしかしたら、俺たちが殺した犯罪者の中にも、東邦大会の息がかかった人物がいたかもしれない。そうなればこれは、俺たちの責任だ」
「お前だけに、カッコイイ真似はさせないぜ? こういうことは俺がやってこそ、輝くんだよ」
伊集院がそう言った。それが、彼らの導き出した答え。彼らは危険を顧みず、犁祢の味方をすることを選んだのだ。
そして、愛倫がまず神通力を使ったのだ。激増した重力に逆らえず、榎本は落ちて来たのである。
「うぐぐ、コイツらは…?」
榎本は困惑する。彼は縁の情報を聞いてはいたが、犁祢たちのことは知らない。最初は縁の仲間が攻めて来たと思ったが、聞いている人物たちとは誰も顔が合わない。
「さあ犁祢! 東邦大会と戦うって大見得切ったんだから、最初の一人はあなたがトドメを刺しなさいよ?」
動けない榎本は、もはや犁祢の敵ではない。
「わかったよ。みんな、ありがとう!」
「お礼は後でいいから……」
「よし、じゃあ始めるよ!」
犁祢は一度目を瞑り、そして瞼を開いた。すると榎本の周囲の空気から、酸素だけがごっそりと消える。
「うが、ゴホ!」
その一息が、さらに榎本を苦しめる。
「ああ、あおおおお、おおお………」
数秒後には、榎本の呼吸が止まった。
「仕上げは任せな…」
そう言いだし、一歩前に出たのは伊集院。彼も神通力を使い、榎本の死体を腐らせて朽ち果てさせた。
「これで証拠は何も残らない。さあて、これから滅ぼそうじゃないか、東邦大会を!」
そう決意した六人。犁祢は仲間がついて来てくれたことが嬉しかった。
(僕は一人じゃないんだ! みんなで協力して戦えばいい! もしかしたら、この戦いの中で東邦大会は気づくかもしれない……縁君が無実だってことに! それならいいんだけど、実現するには……戦うしかないんだ!)
犁祢たちはこの日はここまでと決め、一度元いたビルの上に戻った。そして明日以降の計画を練る。
「明日は、本格的に大きな事務所を襲おう。東邦大会は今までの相手とは異なり、多分一筋縄ではいかないと思う。だから当分の間は犯罪者殺しはやめて、大会の殲滅に専念する。いいか?」
伊集院の発言に、誰も異議を唱えなかった。
偶然か必然か、縁と犁祢は同じ発想を抱いた。
「東邦大会と戦い、潰す!」
二人は仲間と共に立ち上がり、そして大会と戦うことを選んだのである。
縁は、自分のせいで自分が狙われていると思っている。しかし実際には違う。犁祢がしでかしたことなのに、何故か東邦大会は勘違いしてしまったのだ。その身の無実を証明することは難しいだろう。柳田の相手をしてしまった今、もう無理かもしれない。
犁祢は、自分のせいで縁が狙われていることを知っているが、彼もまた戦うことを選んだことは知らない。だから彼の潔白を証明するために、そして自分の責任のために東邦大会と戦うのだ。
二人の神通力者は、同じ相手と戦う。片方は表から。もう片方は裏から。交わることのない光と闇が、東邦大会という大きな組織に牙をむくのだ。
外からガラスを割って侵入する。
「誰だ、お前!」
当然東邦大会は驚くが、それと同時に侵入者である犁祢に武器を構える。拳銃だ。
「撃てるものなら、撃ってみなよ!」
挑発する。すると構成員の一人が、
「死ね!」
引き金を引いた。が、銃は暴発し、構えていた人物が大怪我を負った。
「何だ、一体? どうなっている?」
もう一人も銃を撃つ。しかし弾は発射されず、またも暴発。指が弾け飛んだ。
既に犁祢が神通力を使っているのだ。拳銃を百パーセント濃度の酸素で包んでいる。そうすると、金属である銃はあっという間に錆びついて、銃口に酸化鉄が溜まって詰まり、弾丸を発射できなくなる。おまけに引き金を引いて生じるわずかな火花が、爆発につながる。瞬く間もなく犁祢は反社会的勢力の切り札である拳銃を封じたのだ。
「て、てめえ!」
ナイフを持って襲って来る人物もいる。しかしその刃は、酸素によってすぐに錆びつき、使い物にならなくなった。そしてそのボロボロのナイフを弾くと犁祢は、その人物の首を手刀で掻っ切った。
「ここは、三人か…」
夜中だからなのか、それとも小さな事務所だからか。人数は少ない。倒れている三人の周りの空気の酸素をゼロパーセントにして、彼らを死に追いやる。
「こんな夜中にお客さんか…。まあ、いいだろう。相手してやるよ」
すると、奥の方から声が聞こえる。
「まだいたか!」
この人物は、
「お前! 誰だか知らないが……神通力者だろう? じゃなければ部下が、こんな無様に死ぬわけがない」
その着眼点は鋭い。一発で犁祢の正体を見抜いた。それも当然。
「俺も神通力を持っているからな」
同じ神通力者だと、不自然な行為にも頷けるのだ。
犁祢は構えた。ここで榎本を倒すつもりだ。しかし榎本は、
「場所を変えようぜ? ここではやりにくいからよ!」
「そう言われて、頷くと思う?」
「させるさ…!」
榎本の神通力。それを見せる。なんと、何もないところに榎本は足を置き、そして体が宙に上がる。まるで見えない土台の上に立っているようだ。そして器用に事務所内を通り抜け、犁祢が割った窓から外に逃げた。
「そういう神通力か!」
犁祢もすぐに後を追う。榎本の神通力はシンプルに、空を飛ぶことだ。羽ばたくこともなく、無動作で宙を駆けていく。すぐにビル群の上に到達した。犁祢ももちろん追って、屋上にたどり着く。
「おい、降りて来い!」
しかし榎本は、
「そうか? 俺が下りないとまともに戦えない程度の神通力ってわけか。すると……」
と言い出し、犁祢の頭上をグルグルと回り始めた。
「直接叩く系か? いや、違うな……。部下の拳銃が暴発して、弾すら発射されなかったことを考えると、触る必要のない神通力だな…」
しびれを切らした犁祢は大きくジャンプし、榎本に襲い掛かる。だが、榎本はスイっと動いてその一撃をかわす。
「おいおい、まだ考察の途中なんだ。邪魔しないでくれないか?」
隣のビルに着地する。
(厄介だね……。ああやって逃げられると、どうも一撃届かない……。酸素濃度を変化させても多分駄目だ…)
神通力を使えば、榎本は異変に確実に気づく。そして気づいたのなら、安全な場所を求めて宙を移動する。そうされると、犁祢の神通力は届かない。
「多分、なんだが…。銃が暴発したのがお前の神通力と関わっていると思うんだよ? 金属を操るのか? でももしそうなら、今、ジャンプして襲って来る必要がない。飛び道具を使えばいいんだもんな? となると、そうではない…」
榎本は余裕の表情で考え事に没頭する。
(ヤバい…。ここでコイツに逃げられたら、応援を呼ばれる! もし呼ばれたら、僕だけじゃ対処できないかもしれない! それだけじゃない、僕が東邦大会に目を付けられる…!)
もし仮にそうなった場合、東邦大会が持つ縁への疑念は晴れるかもしれない。しかしそういう発想は犁祢にはない。もっとも今の時点では、縁も東邦大会と戦う道を選び、柳田を捕まえてしまっているので、縁への疑いは消えないのだが…。
(どうする? 僕の神通力の射程まで近づかないといけないけど、接近すれば逃げられる!)
空を飛ぶだけの神通力に苦戦する日が来るとは、犁祢も思ってもみなかった。
しかし、いきなり榎本の体が、意図しない方向に動き出した。
「ん? 何だ?」
そして犁祢の足元目掛けて、落ちてくるのだ。
「ば、馬鹿な? 俺の神通力が効いてな……!」
頭から、屋上に激突した。
「こ、これは一体…?」
困惑していると、
「犁祢! 一人で戦うなんて言わないでよ…!」
心の声が聞こえた。彼女だけではない。伊集院たちも犁祢の元に駆け付ける。
「みんな! どうして?」
「お前だけの責任じゃないだろう? もしかしたら、俺たちが殺した犯罪者の中にも、東邦大会の息がかかった人物がいたかもしれない。そうなればこれは、俺たちの責任だ」
「お前だけに、カッコイイ真似はさせないぜ? こういうことは俺がやってこそ、輝くんだよ」
伊集院がそう言った。それが、彼らの導き出した答え。彼らは危険を顧みず、犁祢の味方をすることを選んだのだ。
そして、愛倫がまず神通力を使ったのだ。激増した重力に逆らえず、榎本は落ちて来たのである。
「うぐぐ、コイツらは…?」
榎本は困惑する。彼は縁の情報を聞いてはいたが、犁祢たちのことは知らない。最初は縁の仲間が攻めて来たと思ったが、聞いている人物たちとは誰も顔が合わない。
「さあ犁祢! 東邦大会と戦うって大見得切ったんだから、最初の一人はあなたがトドメを刺しなさいよ?」
動けない榎本は、もはや犁祢の敵ではない。
「わかったよ。みんな、ありがとう!」
「お礼は後でいいから……」
「よし、じゃあ始めるよ!」
犁祢は一度目を瞑り、そして瞼を開いた。すると榎本の周囲の空気から、酸素だけがごっそりと消える。
「うが、ゴホ!」
その一息が、さらに榎本を苦しめる。
「ああ、あおおおお、おおお………」
数秒後には、榎本の呼吸が止まった。
「仕上げは任せな…」
そう言いだし、一歩前に出たのは伊集院。彼も神通力を使い、榎本の死体を腐らせて朽ち果てさせた。
「これで証拠は何も残らない。さあて、これから滅ぼそうじゃないか、東邦大会を!」
そう決意した六人。犁祢は仲間がついて来てくれたことが嬉しかった。
(僕は一人じゃないんだ! みんなで協力して戦えばいい! もしかしたら、この戦いの中で東邦大会は気づくかもしれない……縁君が無実だってことに! それならいいんだけど、実現するには……戦うしかないんだ!)
犁祢たちはこの日はここまでと決め、一度元いたビルの上に戻った。そして明日以降の計画を練る。
「明日は、本格的に大きな事務所を襲おう。東邦大会は今までの相手とは異なり、多分一筋縄ではいかないと思う。だから当分の間は犯罪者殺しはやめて、大会の殲滅に専念する。いいか?」
伊集院の発言に、誰も異議を唱えなかった。
偶然か必然か、縁と犁祢は同じ発想を抱いた。
「東邦大会と戦い、潰す!」
二人は仲間と共に立ち上がり、そして大会と戦うことを選んだのである。
縁は、自分のせいで自分が狙われていると思っている。しかし実際には違う。犁祢がしでかしたことなのに、何故か東邦大会は勘違いしてしまったのだ。その身の無実を証明することは難しいだろう。柳田の相手をしてしまった今、もう無理かもしれない。
犁祢は、自分のせいで縁が狙われていることを知っているが、彼もまた戦うことを選んだことは知らない。だから彼の潔白を証明するために、そして自分の責任のために東邦大会と戦うのだ。
二人の神通力者は、同じ相手と戦う。片方は表から。もう片方は裏から。交わることのない光と闇が、東邦大会という大きな組織に牙をむくのだ。