その③

文字数 2,048文字

 次の夜は、曇りだった。だから六人は誰も動かない。しかし、ここは寝場打市であるので、犯罪が起こらないわけではない。

「ううぅ…」

 今起きたのは、通り魔だ。凶器は被害女性の頸動脈を一撃で切り裂き、絶命させた。

「ひひ。ひひひひ!」

 犯人は若い女性。きっとストレスで心が痛んでしまい、道を踏み外したのだろう。そして人間は一度転ぶと、もうどうでもよくなるのだ。だからこの女性は落ちるところまで落ちるに違いない。
 待ちに待った月夜。心の番である。しかし実は彼女、あまり自信がある方ではない。

「もし逆襲されたら、どうしよう……」

 いつもそんな心配と隣り合わせ。

「大丈夫だろ。心だって腐っても神通力者なんだから、その辺の人に負けるとは思えないが?」

 伊集院が励ますのだが、それでも心はスッキリしない。

 それは彼女の神通力に問題があるのだ。
 隆康は触った物を軽くできる。菜穂子は氷を自在に生み出せる。伊集院は物を自由に腐らせる。愛倫は重力をいじれる。

 では、心の神通力では何ができるのか?
 答えは非情なのだ。

「だって、何もできないんだもん……」

 彼女の神通力は、視界に入る何かと全く同じスペックを得ること。それはそれで便利であり、テストの度にこの神通力を使ってクラスの上位の人と同じ解答を得ることができるのだ。まるで鏡に映りこむものを完璧に映すように。
 だがそれが、心の不安点でもある。犯罪者と同じ身体能力・頭脳を得ても、あまり意味はない。神通力者である自分たちの方があからさまに上なのだから。一応、自分の基本能力に相手の能力値を上乗せすることはできるのだが、普通の人が相手だと、微々たる伸び。やはり意味はない。

 こういう能力を聞くと、コピーできるんじゃないかと思いがちになるが、そもそも心の神通力は相手が神通力者であったとしても、その神通力まで真似ることは不可能なのだ。だからその瞳にたとえ伊集院が映っていても、伊集院の身体能力が彼女のそれに上乗せされるだけで、彼の神通力を再現することはできない。
 だから心の番の夜は、神通力者故の身体能力の高さを活かして、ほぼ強引に相手を殺める。

「それはそれで、面白いじゃん!」

 犁祢はそう言うが、見ている方は楽しくてもやっている方は必死なのだ。万が一力が推し負けたら、打開することはできない。相手を殺めるような圧倒的な力を持っていない故の心配。犁祢たちには共感できない。

「こういう発想はどう?」
「何?」

 見かねた犁祢は心の耳元で囁いた。

「それ、できない?」
「やってみるけど……。もし駄目だったら、その時は犁祢が助けてくれる? 私、襲われたくないから」
「わかってるよ。今までもそうやって来たじゃないか。何も心配いらないさ」

 アドバイスを聞き入れた心は、通り魔の前に躍り出た。

「ひ? こんなところに女の子…? じゃあ、殺すしかな~い!」

 相手の凶器は果物ナイフだ。

(大丈夫、落ち着いて…。全てを映す鏡のように、真似るだけ…)

 通り魔は俊敏な動きを見せた。すぐに心の側に来ると、

「ひっひっひ! 死ね!」

 ナイフを振り下ろす。だが心はその動きを見切っており、左手でナイフを握る手を掴む。

「ひ?」

 一瞬、通り魔が思考を停止させた。その一瞬がチャンス。

「死ぬのは、あなたの方です!」

 右手で手刀を作ると、それで通り魔の首を切り裂いた。

「え…? ひ…」

 スパッと切れた。同時に通り魔の体は力を失って、崩れ落ちた。

「ふう。何とか犁祢の言う通りできた…」

 その悪魔的なアドバイスは、簡単だ。
 神通力でスペックを得る対象を、人でなく凶器にすればいい。そう言われ、そしてそれを実践した。だから心の右手は、ナイフと同じ切れ味を得たのだ。

 ビルの上に戻ると、犁祢たちは心に向けて拍手をする。

「やっぱり! できるじゃないか、心!」

 やってみせた心の決意と勇気は、賞賛に値する。だから犁祢は褒めちぎった。

「発想の転換か。まあ、俺はそうするべきって最初から気づいていたけどね? でもあえて言わなかったんだよ。心のためにならないと思ってね! ………聞いてる?」

 一方で、隆康は悔しそうにそう言うのだ。彼からすれば、他人の発想が上手くいくのは耐えがたい苦痛であるらしい。

 この日が終わると、明日は犁祢の番である。これが彼らの日常。毎日繰り返される、人を傷つける日々。
 だが、彼らは飽きない。それが一番面白いということをわかっているから。一度味わった快感を、忘れることができないのである。
 そして、この町であることもデカい。毎日犯罪は起きる寝場打市であるからこそ、毎日ターゲットを決めることができるのだ。

 もはや彼らにとって、犯罪者殺しは一日の流れに組み込まれている。何か、大きなことが起きない限りは、この流れは変わらないだろう。
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