その①
文字数 3,524文字
栗原が死んだ知らせは、すぐに清水の元に届いた。
「馬鹿な? 栗原が、だと?」
だが、予定は変更できない。仕方なく残りの大川、牧野、橘高に全てを託す。
「待て、清水」
それを藍野が止めた。
「何です?」
「予定通り四人で行かせろ。欠員を補充する」
その白羽の矢が立てられたのは、東邦大会の中でも実力者である横塚 。
「了解しました。では、この四人に、縁を攻撃させます。それでいいのですね?」
「ああ。確実にトドメを刺してくれるだろう」
「しかし、もし作戦に失敗した場合は…?」
こう言うと、怒鳴られる気がしなくもない。けれども清水は確認しておきたいのだ。万が一の場合は、どうするべきかどうかを。
「確かに。そういうケースも十分に考えられるな」
怒声は飛んでこなかった。失敗は許されないと言いながらも、藍野もありとあらゆる可能性を考えているのだ。
「大会が把握している犯罪者の中に、神通力者がいる。大金を積めば腐った警察はすぐに保釈するだろう。いざという場合は、これで神通力者を追加する」
それは、海崎と谷野だ。二人の情報はもちろん東邦大会が把握しており、その気になればいつでも釈放させることが可能だ。
「予防線は貼ってあるのだ。だから四人には自由に戦わせろ」
その指示を、清水は四人に伝える。代表して大川から返事があった。
「すぐに向かってくれるそうです」
大川たちは、他人の目を気にした。だからまず縁に果たし状を送り、人気のない河川敷に彼らをおびき寄せるのだ。
「大丈夫でしょうか? 相手は暴力団……。どんな罠を仕掛けているのかわかりませんよ?」
鍍金がそう忠告した。彼は、相手が待っていることを逆手に取り、こちらが奇襲するべきと進言もした。しかし、
「そういう卑怯な戦法は、好きじゃないんだ」
と、縁に断られてしまった。
「は、はあ…。でも仕方ないですね。そういうところもまた、縁君の良いとことですから…」
一方で、烽の方は随分とやる気だ。
「暴れ足りねえぜ……。ドカンと一発、ぶっ飛ばしてやらあ!」
そして菫も落ち着いている。
「ねえ烽? これが終わったらホテル行かない?」
「駄目だな。後輩の勉強会を見ないといけねえ。俺はそんなに暇じゃないんだぜ…」
「偉いな烽は。僕は同級生の面倒を見ることで精いっぱいなのに、後輩のことも心配しているなんて…!」
緊張感のない会話だ。これから、東邦大会と一戦交えるという雰囲気がまるで感じられない。
だが、それがいい。嫌に緊張していないために、全力で戦えるのだ。
「あれじゃないですか?」
鍍金の指差す方向には、男が一人立っている。その男は縁たちの存在に気がつくと、口を開いた。
「よく来たな」
本来なら、聞こえるはずのない距離とボリューム。しかし神通力者共通の身体能力の向上によって、何を喋っているかがハッキリとわかる。
「ここまで来い。まずは挨拶といこうじゃないか?」
法律に違反する割には、そういうところはマメなのだろうか? 何の疑いもなく縁たちはその男…大川との距離を詰める。そして十メートル範囲に入った。
「馬鹿め!」
その瞬間、土の下から紫色の液体が湧きだた。
「何だこれは!」
それは大川の神通力だ。彼は毒物を生成し、操ることができるのだ。その毒を予め、河川敷の土の中に隠していた。しかもこの毒は都合の良いことに、人間にしか毒性がないので、河川敷の生物たちは平気だ。だから異変もなく、発見できなかった。
「マズい! 突破しなければ!」
縁が指を振る。すると炎が生まれ、毒液を一瞬で蒸発させた。
「それも想定内だぜ?」
しかし大川は、縁の神通力を知っている。だから致死量以上の毒を準備してあるのだ。毒液は四人を包み込んだ。
「終わったな、あっけなく」
大川はそう言うと背中を向け、帰ろうとした。しかし、
「待って大川! 様子が変よ!」
橋の上から女性が一人、河川敷に飛び降りて来た。彼女は牧野。この戦いに備え、橋の上で待機していたのだ。
「見なさい! 苦しんでいる様子がまるでないわ!」
「嘘を言うなよ。俺の毒を舐めてらっしゃるのか? あれだけくらえば確実に…」
死ぬ。そう続くはずだった。だが振り向いて見ると、四人は平然としている。特に縁は大川に飛びかかろうとしているぐらいだ。
「んなアホな…?」
「馬鹿か、お前? 俺の神通力を忘れてもらっちゃ困るぜ…?」
烽が神通力を使ったのだ。味方にも使えるその力で、四人の免疫を活性化した。そして未知の毒すらも一瞬で無毒化させたのだ。このことは流石に、大川も知らない。
「あれは、そういう神通力だったのか!」
だが既に戦いは始まっている。
「おらあ!」
突然、鍍金が殴られた。
「うう! どこから…?」
四人の中から、新たな男…橘高が現れたのだ。それも毒と同様に、地面から湧き出るように。
「コイツ! 体が液体のようになっていやがる! そういう神通力か!」
それもそのはず、橘高は自分の体を液状にし、毒よりも下の層に潜んでいたのだ。そしてタイミングを見計らって、攻撃してきたのだ。
「コイツの相手は、僕がします!」
鍍金は橘高に掴みかかった。そして実際に首を捉えたのだが、そこすらも液化して、鍍金の手からすり抜けていく。
「自在のようですね…ですが!」
放電。一気に電気を解き放った。
「ぶばばばばばばっ!」
これにはたまらず、橘高も怯んだ。
「そこだああ!」
その隙を、鍍金は突く。鋭いキックを放った。しかし橘高は体をさらに液化して、その衝撃を和らげた。液体になった橘高の体が、周囲に飛び散る。
(このまま、体をバラバラに出来ますかね…?)
その思いを打ち砕く出来事が起きる。どうやら地面に吸収されるかどうかは橘高の裁量であるらしく、水溜りができるのだ。そこに踏み入れると自分の体を回収し、彼は元の大きさに戻る。
「さあて? どうやって料理してやろうかな?」
鍍金が橘高と戦っている間、菫は牧野と対峙した。
「あなたを殺すわ。でも悪く思わないでね?」
「そうね、私もあなたに対していけないことをするかも。そうしたらお互い様よね?」
女同士の醜い戦いが始まろうとしている。
「せいっはあっ!」
牧野はシンプルに、手刀で突いてきた。捉えられない動きではない。菫は一撃一撃を丁寧にかわす。
(余裕ね。こんな攻撃は私には届かないわ!)
その時、無意識のうちに菫はニヤリと笑った。それを牧野は見逃さない。
(じゃ、始めるわよ!)
そして神通力を使用する。だが牧野の神通力は、目では見えない。だから菫も、まだ何も始まっていないと勘違いしているのだ。
(この女、絶対に倒して見せる! 縁君のためにも! でも、もし倒せなかったら私はどうなってしまうの? ………死ぬの?)
唐突にそんな疑念が心の中で生まれた。それはすぐに表情に反映され、さっきまでのにやけ顔は消えてしまった。
(効いてるわね、私の神通力! 相手の感情を惑わせる…! あなたがたとえ自信に満ち溢れていても、少し揺らせばすぐにこっちのものよ!)
菫が戦う横で、大川は縁と烽の二人と対面していた。
「おいおっさん! 俺らと互角に勝負できると思ってんのか? 無理だぜ? あんたの毒は俺らには効かねえ。俺の神通力の方が上だからな」
「どうもそうらしい。となるとまず、お前を始末する。そしてその後ゆっくりと、縁をなぶり殺しにすればいいんだよ」
「できると思うのかい? 僕がそうさせない!」
しかし、叫んだ瞬間縁は何かにぶつかって飛ばされた。
「うわっ!」
地面に倒れこみ、すぐに体勢を起こして周囲を確認するが、何にぶつかったのかはわからない。
「何だ? 何にもないじゃないか? 一体何が…」
今度は、縁の頬に攻撃が行く。また地面に倒れこむ。
(今の感覚は、間違いない! 人だ。人に殴られた感覚だ! となると誰かがいるんだ! もしや、透明人間? そういう神通力なのか!)
その読みは当たっている。姿を見せない最後の刺客、横塚。彼は透明になれる神通力を持ち、そして見えないことをいいことに縁を攻撃したのだ。
「烽! どうやらもう一人いるらしい! こうなったら二人で協力して突破しよう!」
「わかったぜ!」
二人の戦いも始まる。
「馬鹿な? 栗原が、だと?」
だが、予定は変更できない。仕方なく残りの大川、牧野、橘高に全てを託す。
「待て、清水」
それを藍野が止めた。
「何です?」
「予定通り四人で行かせろ。欠員を補充する」
その白羽の矢が立てられたのは、東邦大会の中でも実力者である
「了解しました。では、この四人に、縁を攻撃させます。それでいいのですね?」
「ああ。確実にトドメを刺してくれるだろう」
「しかし、もし作戦に失敗した場合は…?」
こう言うと、怒鳴られる気がしなくもない。けれども清水は確認しておきたいのだ。万が一の場合は、どうするべきかどうかを。
「確かに。そういうケースも十分に考えられるな」
怒声は飛んでこなかった。失敗は許されないと言いながらも、藍野もありとあらゆる可能性を考えているのだ。
「大会が把握している犯罪者の中に、神通力者がいる。大金を積めば腐った警察はすぐに保釈するだろう。いざという場合は、これで神通力者を追加する」
それは、海崎と谷野だ。二人の情報はもちろん東邦大会が把握しており、その気になればいつでも釈放させることが可能だ。
「予防線は貼ってあるのだ。だから四人には自由に戦わせろ」
その指示を、清水は四人に伝える。代表して大川から返事があった。
「すぐに向かってくれるそうです」
大川たちは、他人の目を気にした。だからまず縁に果たし状を送り、人気のない河川敷に彼らをおびき寄せるのだ。
「大丈夫でしょうか? 相手は暴力団……。どんな罠を仕掛けているのかわかりませんよ?」
鍍金がそう忠告した。彼は、相手が待っていることを逆手に取り、こちらが奇襲するべきと進言もした。しかし、
「そういう卑怯な戦法は、好きじゃないんだ」
と、縁に断られてしまった。
「は、はあ…。でも仕方ないですね。そういうところもまた、縁君の良いとことですから…」
一方で、烽の方は随分とやる気だ。
「暴れ足りねえぜ……。ドカンと一発、ぶっ飛ばしてやらあ!」
そして菫も落ち着いている。
「ねえ烽? これが終わったらホテル行かない?」
「駄目だな。後輩の勉強会を見ないといけねえ。俺はそんなに暇じゃないんだぜ…」
「偉いな烽は。僕は同級生の面倒を見ることで精いっぱいなのに、後輩のことも心配しているなんて…!」
緊張感のない会話だ。これから、東邦大会と一戦交えるという雰囲気がまるで感じられない。
だが、それがいい。嫌に緊張していないために、全力で戦えるのだ。
「あれじゃないですか?」
鍍金の指差す方向には、男が一人立っている。その男は縁たちの存在に気がつくと、口を開いた。
「よく来たな」
本来なら、聞こえるはずのない距離とボリューム。しかし神通力者共通の身体能力の向上によって、何を喋っているかがハッキリとわかる。
「ここまで来い。まずは挨拶といこうじゃないか?」
法律に違反する割には、そういうところはマメなのだろうか? 何の疑いもなく縁たちはその男…大川との距離を詰める。そして十メートル範囲に入った。
「馬鹿め!」
その瞬間、土の下から紫色の液体が湧きだた。
「何だこれは!」
それは大川の神通力だ。彼は毒物を生成し、操ることができるのだ。その毒を予め、河川敷の土の中に隠していた。しかもこの毒は都合の良いことに、人間にしか毒性がないので、河川敷の生物たちは平気だ。だから異変もなく、発見できなかった。
「マズい! 突破しなければ!」
縁が指を振る。すると炎が生まれ、毒液を一瞬で蒸発させた。
「それも想定内だぜ?」
しかし大川は、縁の神通力を知っている。だから致死量以上の毒を準備してあるのだ。毒液は四人を包み込んだ。
「終わったな、あっけなく」
大川はそう言うと背中を向け、帰ろうとした。しかし、
「待って大川! 様子が変よ!」
橋の上から女性が一人、河川敷に飛び降りて来た。彼女は牧野。この戦いに備え、橋の上で待機していたのだ。
「見なさい! 苦しんでいる様子がまるでないわ!」
「嘘を言うなよ。俺の毒を舐めてらっしゃるのか? あれだけくらえば確実に…」
死ぬ。そう続くはずだった。だが振り向いて見ると、四人は平然としている。特に縁は大川に飛びかかろうとしているぐらいだ。
「んなアホな…?」
「馬鹿か、お前? 俺の神通力を忘れてもらっちゃ困るぜ…?」
烽が神通力を使ったのだ。味方にも使えるその力で、四人の免疫を活性化した。そして未知の毒すらも一瞬で無毒化させたのだ。このことは流石に、大川も知らない。
「あれは、そういう神通力だったのか!」
だが既に戦いは始まっている。
「おらあ!」
突然、鍍金が殴られた。
「うう! どこから…?」
四人の中から、新たな男…橘高が現れたのだ。それも毒と同様に、地面から湧き出るように。
「コイツ! 体が液体のようになっていやがる! そういう神通力か!」
それもそのはず、橘高は自分の体を液状にし、毒よりも下の層に潜んでいたのだ。そしてタイミングを見計らって、攻撃してきたのだ。
「コイツの相手は、僕がします!」
鍍金は橘高に掴みかかった。そして実際に首を捉えたのだが、そこすらも液化して、鍍金の手からすり抜けていく。
「自在のようですね…ですが!」
放電。一気に電気を解き放った。
「ぶばばばばばばっ!」
これにはたまらず、橘高も怯んだ。
「そこだああ!」
その隙を、鍍金は突く。鋭いキックを放った。しかし橘高は体をさらに液化して、その衝撃を和らげた。液体になった橘高の体が、周囲に飛び散る。
(このまま、体をバラバラに出来ますかね…?)
その思いを打ち砕く出来事が起きる。どうやら地面に吸収されるかどうかは橘高の裁量であるらしく、水溜りができるのだ。そこに踏み入れると自分の体を回収し、彼は元の大きさに戻る。
「さあて? どうやって料理してやろうかな?」
鍍金が橘高と戦っている間、菫は牧野と対峙した。
「あなたを殺すわ。でも悪く思わないでね?」
「そうね、私もあなたに対していけないことをするかも。そうしたらお互い様よね?」
女同士の醜い戦いが始まろうとしている。
「せいっはあっ!」
牧野はシンプルに、手刀で突いてきた。捉えられない動きではない。菫は一撃一撃を丁寧にかわす。
(余裕ね。こんな攻撃は私には届かないわ!)
その時、無意識のうちに菫はニヤリと笑った。それを牧野は見逃さない。
(じゃ、始めるわよ!)
そして神通力を使用する。だが牧野の神通力は、目では見えない。だから菫も、まだ何も始まっていないと勘違いしているのだ。
(この女、絶対に倒して見せる! 縁君のためにも! でも、もし倒せなかったら私はどうなってしまうの? ………死ぬの?)
唐突にそんな疑念が心の中で生まれた。それはすぐに表情に反映され、さっきまでのにやけ顔は消えてしまった。
(効いてるわね、私の神通力! 相手の感情を惑わせる…! あなたがたとえ自信に満ち溢れていても、少し揺らせばすぐにこっちのものよ!)
菫が戦う横で、大川は縁と烽の二人と対面していた。
「おいおっさん! 俺らと互角に勝負できると思ってんのか? 無理だぜ? あんたの毒は俺らには効かねえ。俺の神通力の方が上だからな」
「どうもそうらしい。となるとまず、お前を始末する。そしてその後ゆっくりと、縁をなぶり殺しにすればいいんだよ」
「できると思うのかい? 僕がそうさせない!」
しかし、叫んだ瞬間縁は何かにぶつかって飛ばされた。
「うわっ!」
地面に倒れこみ、すぐに体勢を起こして周囲を確認するが、何にぶつかったのかはわからない。
「何だ? 何にもないじゃないか? 一体何が…」
今度は、縁の頬に攻撃が行く。また地面に倒れこむ。
(今の感覚は、間違いない! 人だ。人に殴られた感覚だ! となると誰かがいるんだ! もしや、透明人間? そういう神通力なのか!)
その読みは当たっている。姿を見せない最後の刺客、横塚。彼は透明になれる神通力を持ち、そして見えないことをいいことに縁を攻撃したのだ。
「烽! どうやらもう一人いるらしい! こうなったら二人で協力して突破しよう!」
「わかったぜ!」
二人の戦いも始まる。