その④

文字数 2,954文字

 文化祭当日、凄い賑わいを見せる。校庭は来場者で埋まり、校舎内も繁盛している。その廊下の一角に写真部の部屋は存在した。

「あ、錬耶!」

 犁祢の友人が来てくれた。

「犁祢、遅くなったな。でもすごい人だな?」

 驚くのも、無理はない。ほとんどの生徒が知らない、他の部の活動。それらが網羅されている写真部の展示。そして即席で写真撮影も可能。これでお客が集まらないわけがないのだ。そしてアンケートにも答えてもらっているが、概ね好評だ。

「やはり、真面目さに敵うものなし、だな!」

 美優志は感動している。その横に生徒会の役員がいるが、

「これなら、今年は免れそうですね」

 と言った。

 盛り上がったのは、初日だけではない。二日目も相当の賑わいを見せた。写真部に来るのはほとんどが学校の生徒で、あと他校の生徒もちらほらと目に入る。保護者だろうか、大人も来てくれている。

「きっと、息子の活躍が記事になっているから喜んでいるよ、あのおばさんは」

 撮影コーナーは、女装した猟治が大人気だった。美優志は彼に、一言も発しないように言っておいた。そうすることで、事情を知らない人たちは喜んで撮影していってくれるのだ。

(写っているのが男子ですなんて知ったら、どんな顔するかな…? 知らぬが仏、言わないでおこう!)

 猟治も猟治で、女子顔負けの笑顔を作ってお客さんに接する。仕草も完璧に女子生徒のそれを真似ており、多分男だと言われても信じてくれないだろう。

「中々の活動成果だな!」

 先生たちも写真部のことを褒めてくれた。

「どうです先生? 良かったら今度、先生の記事でもお書きしましょうか?」
「本当かね、美優志君?」
「はい! 先生の教育論には、興味津々でして!」

 ここまで繁盛しておいて、ゴールデンコックローチ賞はないだろう。誰もが思った。

 最後に、生徒会長が写真部の展示に訪れたのだ。みんなが唾をゴクリと飲む。

「ふむふむ……」

 部員に緊張が走る中、会長は自分のペースで展示を見て回る。

「ちょっと、いいかな?」
「は、はい?」

 質問が飛んできた。

「ここの、テニス部の練習についてだが……」

 この質問は、ワザとだ。意地悪な問いを投げかけ、答えられない恥ずかしい姿を見せようという魂胆。しかし、美優志の前に犁祢が割り込んだ。

「それはですね、部員のみなさんにもうかがったのですが………」

 自然な流れで、その悪質な発問に対応する。犁祢はまるで自分が本当にテニス部員のように答える。

(ナイスだ、犁祢!)

 美優志が心の中で、親指を立てた。
 犁祢の返答に満足したのか、会長はそれ以上は深く聞こうとしなかった。他の展示にも隅々まで目を通し、女装した猟治とツーショットも撮って、いよいよ帰ると思ったのだが、中々部屋から出て行こうとしない。

(もしかして……)

 その、もしかしてである。会長は縁が来るのを待っているのだ。

「もし縁君と会長が出会ったら、絶対に口喧嘩に発展するよ…」

 犁祢の忠告を美優志は聞き入れ、縁には二日続けてビラ配りと宣伝をお願いしてある。だから二人が出会わないように万全の策を取ったはずなのだが、この会長は性格が悪い。

「もう帰って来ちゃうよ…」

 心配そうに雲雀が美優志に耳打ちした。

「わかっている。けど、連絡を入れようにも…」

 会長の目が怖くてできない。それに展示室の中で、写真部の自分たちが携帯をいじるのは、印象が悪い。
 そして十数分後、縁は帰って来てしまった。

(ヤバいじゃんこれ…!)

 流石の犁祢も鳥肌が立った。

「おや、縁君じゃないか? そう言えば写真部の手伝いをしていたんだったね? ここで出会うなんて偶然だなあ!」

 縁は会長の目を真っ直ぐ見ている。おかげで美優志や雲雀のアイコンタクトは届かない。

「どうですか? 学校のみんなの活躍のショットは? お望みならプリントアウトしてもいいですよ」
「ほう。この私から金を巻き上げる気とは?」
「何言ってるんです? サービスですよ。タダで差し上げましょう。ですよね、部長?」
「あ、ああ。本当は個人情報を守るためにそういう要望には応じないんですが、会長さんが言うなら差し上げますけど…?」

 すると、

「いらんよ。君たちアマチュアの写真なんて。飾るスペースがもったいない」

 その一言に、写真部一同は凍りつく。

(これ、絶対にこの後滅茶苦茶批判する流れじゃん……)

 誰もがそう思ったが、

「しかしだ。ここまで真面目に活動しているなら、まっとうな評価を受けなければいけないな。残念なことにゴールデンコックローチ賞はお預けだ……」

 その言葉に、写真部は歓喜。美優志なんて雲雀と抱き合って喜んでいる。
 会長が小声で、

「個人的な理由でゴールデンコックローチ賞は与えられないし……」

 と呟いたのを縁は拾った。それは縁と会長の戦いで、会長の方が白旗を揚げたことを意味する。引かなかったから、全力で取り組んだから、当然の勝利を得たのだ。

「だが! 日ごろから真面目に活動するように! 少しでも手を抜いたら、その時は後悔させてやろう!」

 まるで負け犬の遠吠えのように言い捨てると、会長は部屋から出て行った。
 そしてこの年、ゴールデンコックローチ賞はどこの部も受賞しなかった。平和に一年間を終えることができたのだ。

 その日の内に写真部は打ち上げをする。近くのファミリーレストランでジュースを飲みながら、

「ありがとう、縁君!」

 美優志はそれ以外の言葉が見つからないらしく、それしか言わない。

「あなたのおかげで、写真部は存続できたよ! 本当にありがとうね!」

 雲雀もだ。

「やっぱり縁君なら、やってくれると思っていたわよ! 当然の結果よね?」

 馴れ馴れしく菜穂子は縁の腕に抱き着く。

「正直、生徒会長に認められるとは思っていなかった。そこは完全に君の勝ちだよ、縁君!」

 猟治は縁と握手をした。

「縁君、僕は最初、足手まといになるんじゃないかって思ってた。でも、訂正するよ。縁君は立派だ!」

 犁祢も褒める。

「ありがとうね。私も少し、自信が持てたわ…。三年生になってもやって行けそう!」

 心も。これではまるで、縁の送別会を行っている感じだ。だからなのか縁は、

「いいや。僕だけの成果ではないさ。みんなが本当に頑張ってくれたからこそ、写真部は存続っていう未来を勝ち取れたんだ。褒められるべきはみんなの方だよ! 美優志君は僕の素人考えを聞き入れてくれたし、雲雀さんはそれに従って動いてくれた。猟治君は文化祭当日、ずっと女装して接客してくれたし菜穂子さんはビラ配りを手伝ってくれた。犁祢君はカメラのいろはを僕に教えてくれたし、心さんはいつでも僕に手を差し伸べてくれたじゃないか! 僕だって礼を言いたいんだ。短い間の助っ人だったけど、みんなと一緒に過ごせて面白かったよ!」

 打ち上げは、かなり盛り上がった。この時犁祢も縁も、自分たちが神通力者であることを忘れて楽しむことができた。
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