その①
文字数 3,479文字
「それでね……」
文化祭の翌日は休日。その週の学校は火曜日から。この日縁は朝から美樹と話していた。一緒に登校するのだから当たり前だ。そして会話の内容は、もちろん文化祭について。美樹は引退した先輩に、後輩を代表して色紙を渡したらしい。そうしたら先輩が泣き出してしまったとか。
「私も来年は、ああなるのかもね。だとしたら今のうちに、部活頑張らないと!」
「美樹はいつでも頑張っているよ。僕がその証人だ」
会話は途切れないが、
「待て…!」
縁が切った。
「どうしたの?」
「焦げ臭い…」
すると縁は走り出し、美樹は彼の後を追った。そんなに離れていない場所で、火事が起きているのだ。
「し、し、消防に、連絡しないと!」
美樹の行為は正しい。火事を見かけたら消防車を呼ぶべきだ。だが縁は違う。
「…火は、あの辺りか!」
火元を把握できればいい。縁の神通力は、自分で生み出していない炎にも有効。少し力を込めるだけで、一瞬で鎮火できる。
「一応、消防に通報しておいてくれ。僕は逃げ遅れた人がいないか見てくる!」
縁は、焦げた民家に入った。そしてこの火事が大事になる前に鎮火できたことと、逃げ遅れた人がいないことを確認すると出て来た。
「大丈夫だ。ん……」
気になる光景だ。美樹が知らない人物に話しかけられている。だがその相手は、不審者という雰囲気ではない。野次馬の一人だろうか。近づく、
「…あなたが小戸縁様ですね?」
と、縁に話しかけて来た。
「そうですが、あなたは?」
「これは失礼。私は柳田と申します。実は縁様にお話がございまして…」
「すみません、今、登校中なんです」
美樹がそう言って縁の腕を掴み、走ろうとした。しかし柳田と名乗る人物が先回りして、
「長い話ではありません」
と言うので、二人は足を止めて聞く耳を持った。
「縁様…。出る杭は打たれるのです」
「何のことだ?」
「我々は、東邦大会の者です」
「東邦大会って、指定暴力団のあの…?」
美樹が恐る恐る言うと、柳田は黙って頷く。
「縁様。あなたは手を出してはいけない領域に踏み込んでしまったのですよ。そうなれば我々も黙っていられません。これから先、その身の保証はできませんので…」
話はそれだけだ。
要するに、縁が反社会的勢力に目をつけられたということ。
学校に到着するまで、美樹は縁に何をしたのかを聞いた。しかし縁は、
「思い当たるようなことは何も……」
と、首を傾げた。だが実際には縁は、
(もしかして、僕が警察に突き出した犯罪者の中に、東邦大会の組員が混ざっていたのだろうか?)
そう考えていた。そうでなければ、自分が目を付けられるはずがないのだ。
教室に着いても美樹は心配そうな顔だ。縁は気にするなと言ったが、友人が反社会的勢力に狙われているのに落ち着ける人物はいないだろう。
警察官を父に、弁護士を母に持つ縁は、両親を介して東邦大会を説得することも考えた。しかし、自分の行いで睨まれたのなら、自分で解決しなければいけないと感じる。
(東邦大会が僕のことを敵と認識しようと言うのなら、僕も黙っているわけにはいかない! 向こうが牙をむくと言うのなら、僕だって!)
縁は決意した。戦うのだ。それがどれだけ危険なことかは十分わかっている。だから一人ではいかない。仲間を探すのだ。
隣の教室に入り、ある一人の男子生徒の机の目の前で止まる。
「磐井 鍍金 …。ちょっと話があるんだけど、いいかい?」
「いいですけど…。一体どうしたんです? そんなにかしこまって?」
縁が白羽の矢を建てた鍍金という人物は、どのような人か。それは縁がよく知っている。廊下に彼を連れ出し事情を打ち明けた。
「それは、個人で対応できる範疇を越えてませんか? 素直に謝って済む話でもないですし…」
「だから、鍍金! 君の力が必要なんだ」
鍍金は、縁がよく知る神通力者である。
「でも、僕にできることは限られてますよ? 僕は君ほど正義感が強いわけではないですし…」
「いいんだ。鍍金、君の神通力を信頼して言う! もし僕が暴走してしまったら、止められるのは君だけなんだ。だから協力して欲しい! 無理強いするつもりはないから、危険だと判断するなら……」
縁の話の途中で鍍金は、
「断りませんよ、別に。君が困っているのなら、友達として助ける義務があるでしょう? 僕は正義感は感じられなくても、義務感なら動けますからね…」
彼は協力すると言ってくれた。縁は感謝し、何度も頭を下げた。
「でも、僕だけですか?」
「これから烽と菫にも声をかけようと思ってるんだ」
その二人も、縁が把握している神通力者。仲間は多い方がいい。だから縁は他のクラスを鍍金と共に回る。
「だから、そこはこっちの公式を使うんだ! そうするとスラスラとこの問題は解ける!」
そのクラスでは、黒板を使って麻倉 烽 が数学の解説をしていた。彼は成績もよく面倒見がいい。縁ほどではないが、慕われている生徒だ。
解説が一通り終わると烽は、縁たちの存在に気付いた。
「縁じゃねえか? どうしたんだ、俺のクラスに何か用か?」
一々説明するのも面倒なことなのだが、その工程は省けない。
「実は……」
「何だって! 本当なのかそれは!」
無言で頷く縁。
「そりゃあ、面白い! 反社に俺の力を見せつけるいいチャンスだぜ。連中とやり合うってんなら、力を貸すぜ!」
気前の良い返事を聞かせてくれた。
「後は、菫だけだ」
そう言っていると、ちょうど渦巻 菫 が教室に現れた。制服を改造し、肌の露出を無駄に増やしているので一目でわかる。
「おい菫、縁が話があるってよ!」
「あらなあに? ベッドのお誘いなら喜んで受けるわよ。縁君とはまだ寝てないから」
「相変わらず処女を中学で捨てて来たような口ぶりですね……。でも、そういう下品な話じゃないんですよ! 結構な一大事なんですからね!」
もちろん菫にも、鍍金たちにしたのと同じ話を聞かせる。
「あら、いいわよ? ちょうど暇で退屈していたところなの」
秒で加わってくれた。
「これで四人…か。少ないけど、まあいいだろう」
縁が知っている神通力者は、鍍金、烽、菫の三人。量よりも質を優先するスタイルだ。
「じゃあ、今日の放課後に僕の教室に来てくれ。具体的な対策を練ろう」
放課後、ほとんどの生徒は部活に行く、自習室にこもる、家に帰るの三パターンに分かれる。一方の縁たちは教室に残った。
「では、現状を改めて説明するよ」
わかっていることを縁は板書した。
「僕は……夜な夜なパトロールしていて何人か犯罪者を捕まえた。犯罪を未然に防ぐこともできたけど、遅かった時もある。多分このパトロールで、東邦大会の組員を捕まえてしまったんだと思う。だから組に睨まれたってわけだ…」
「じゃあ、何かしらの報復が待っている可能性が高えってわけか…。ソイツは見過ごせねえな」
烽が指をポキポキと鳴らしながら言った。
「でもさあ? いつ仕掛けてくるかなんてわからないじゃない? そこはどうするの?」
菫が言った。
「確かに、事前に襲撃しますって言う犯人はいませんよね…。菫の言うことももっともだと思いますが、縁君、そこはどう考えてます?」
すると縁は一呼吸おいて、
「僕は……東邦大会を壊滅させるしかないと思う」
と言った。その言葉で三人に衝撃が走り、一斉に立ち上がった。
「だってそうだろう? そもそもそういう暴力団自体が、僕は許せない。それに報復だって、いつ来るかわからない。退けても、大会の方は諦めないと思うんだ。だとしたら、徹底的に! それ以外にはないと考えてるよ。無謀だけど、他にできそうなこともないんだ……」
反社会的勢力の撲滅。高校生が考えて行おうとする発想ではない。
しかし、彼らは神通力者。故にできると考える。
「じゃあ、やるしかねえな!」
まずは烽が。
「そうね。縁君の考えに乗ってみようかしら?」
続いて菫。そして、
「わかりましたよ。では最後の一人になるまで、徹底的に! これは僕たちに課された義務! 果たさなければいけない義務です!」
鍍金も頷く。
文化祭の翌日は休日。その週の学校は火曜日から。この日縁は朝から美樹と話していた。一緒に登校するのだから当たり前だ。そして会話の内容は、もちろん文化祭について。美樹は引退した先輩に、後輩を代表して色紙を渡したらしい。そうしたら先輩が泣き出してしまったとか。
「私も来年は、ああなるのかもね。だとしたら今のうちに、部活頑張らないと!」
「美樹はいつでも頑張っているよ。僕がその証人だ」
会話は途切れないが、
「待て…!」
縁が切った。
「どうしたの?」
「焦げ臭い…」
すると縁は走り出し、美樹は彼の後を追った。そんなに離れていない場所で、火事が起きているのだ。
「し、し、消防に、連絡しないと!」
美樹の行為は正しい。火事を見かけたら消防車を呼ぶべきだ。だが縁は違う。
「…火は、あの辺りか!」
火元を把握できればいい。縁の神通力は、自分で生み出していない炎にも有効。少し力を込めるだけで、一瞬で鎮火できる。
「一応、消防に通報しておいてくれ。僕は逃げ遅れた人がいないか見てくる!」
縁は、焦げた民家に入った。そしてこの火事が大事になる前に鎮火できたことと、逃げ遅れた人がいないことを確認すると出て来た。
「大丈夫だ。ん……」
気になる光景だ。美樹が知らない人物に話しかけられている。だがその相手は、不審者という雰囲気ではない。野次馬の一人だろうか。近づく、
「…あなたが小戸縁様ですね?」
と、縁に話しかけて来た。
「そうですが、あなたは?」
「これは失礼。私は柳田と申します。実は縁様にお話がございまして…」
「すみません、今、登校中なんです」
美樹がそう言って縁の腕を掴み、走ろうとした。しかし柳田と名乗る人物が先回りして、
「長い話ではありません」
と言うので、二人は足を止めて聞く耳を持った。
「縁様…。出る杭は打たれるのです」
「何のことだ?」
「我々は、東邦大会の者です」
「東邦大会って、指定暴力団のあの…?」
美樹が恐る恐る言うと、柳田は黙って頷く。
「縁様。あなたは手を出してはいけない領域に踏み込んでしまったのですよ。そうなれば我々も黙っていられません。これから先、その身の保証はできませんので…」
話はそれだけだ。
要するに、縁が反社会的勢力に目をつけられたということ。
学校に到着するまで、美樹は縁に何をしたのかを聞いた。しかし縁は、
「思い当たるようなことは何も……」
と、首を傾げた。だが実際には縁は、
(もしかして、僕が警察に突き出した犯罪者の中に、東邦大会の組員が混ざっていたのだろうか?)
そう考えていた。そうでなければ、自分が目を付けられるはずがないのだ。
教室に着いても美樹は心配そうな顔だ。縁は気にするなと言ったが、友人が反社会的勢力に狙われているのに落ち着ける人物はいないだろう。
警察官を父に、弁護士を母に持つ縁は、両親を介して東邦大会を説得することも考えた。しかし、自分の行いで睨まれたのなら、自分で解決しなければいけないと感じる。
(東邦大会が僕のことを敵と認識しようと言うのなら、僕も黙っているわけにはいかない! 向こうが牙をむくと言うのなら、僕だって!)
縁は決意した。戦うのだ。それがどれだけ危険なことかは十分わかっている。だから一人ではいかない。仲間を探すのだ。
隣の教室に入り、ある一人の男子生徒の机の目の前で止まる。
「
「いいですけど…。一体どうしたんです? そんなにかしこまって?」
縁が白羽の矢を建てた鍍金という人物は、どのような人か。それは縁がよく知っている。廊下に彼を連れ出し事情を打ち明けた。
「それは、個人で対応できる範疇を越えてませんか? 素直に謝って済む話でもないですし…」
「だから、鍍金! 君の力が必要なんだ」
鍍金は、縁がよく知る神通力者である。
「でも、僕にできることは限られてますよ? 僕は君ほど正義感が強いわけではないですし…」
「いいんだ。鍍金、君の神通力を信頼して言う! もし僕が暴走してしまったら、止められるのは君だけなんだ。だから協力して欲しい! 無理強いするつもりはないから、危険だと判断するなら……」
縁の話の途中で鍍金は、
「断りませんよ、別に。君が困っているのなら、友達として助ける義務があるでしょう? 僕は正義感は感じられなくても、義務感なら動けますからね…」
彼は協力すると言ってくれた。縁は感謝し、何度も頭を下げた。
「でも、僕だけですか?」
「これから烽と菫にも声をかけようと思ってるんだ」
その二人も、縁が把握している神通力者。仲間は多い方がいい。だから縁は他のクラスを鍍金と共に回る。
「だから、そこはこっちの公式を使うんだ! そうするとスラスラとこの問題は解ける!」
そのクラスでは、黒板を使って
解説が一通り終わると烽は、縁たちの存在に気付いた。
「縁じゃねえか? どうしたんだ、俺のクラスに何か用か?」
一々説明するのも面倒なことなのだが、その工程は省けない。
「実は……」
「何だって! 本当なのかそれは!」
無言で頷く縁。
「そりゃあ、面白い! 反社に俺の力を見せつけるいいチャンスだぜ。連中とやり合うってんなら、力を貸すぜ!」
気前の良い返事を聞かせてくれた。
「後は、菫だけだ」
そう言っていると、ちょうど
「おい菫、縁が話があるってよ!」
「あらなあに? ベッドのお誘いなら喜んで受けるわよ。縁君とはまだ寝てないから」
「相変わらず処女を中学で捨てて来たような口ぶりですね……。でも、そういう下品な話じゃないんですよ! 結構な一大事なんですからね!」
もちろん菫にも、鍍金たちにしたのと同じ話を聞かせる。
「あら、いいわよ? ちょうど暇で退屈していたところなの」
秒で加わってくれた。
「これで四人…か。少ないけど、まあいいだろう」
縁が知っている神通力者は、鍍金、烽、菫の三人。量よりも質を優先するスタイルだ。
「じゃあ、今日の放課後に僕の教室に来てくれ。具体的な対策を練ろう」
放課後、ほとんどの生徒は部活に行く、自習室にこもる、家に帰るの三パターンに分かれる。一方の縁たちは教室に残った。
「では、現状を改めて説明するよ」
わかっていることを縁は板書した。
「僕は……夜な夜なパトロールしていて何人か犯罪者を捕まえた。犯罪を未然に防ぐこともできたけど、遅かった時もある。多分このパトロールで、東邦大会の組員を捕まえてしまったんだと思う。だから組に睨まれたってわけだ…」
「じゃあ、何かしらの報復が待っている可能性が高えってわけか…。ソイツは見過ごせねえな」
烽が指をポキポキと鳴らしながら言った。
「でもさあ? いつ仕掛けてくるかなんてわからないじゃない? そこはどうするの?」
菫が言った。
「確かに、事前に襲撃しますって言う犯人はいませんよね…。菫の言うことももっともだと思いますが、縁君、そこはどう考えてます?」
すると縁は一呼吸おいて、
「僕は……東邦大会を壊滅させるしかないと思う」
と言った。その言葉で三人に衝撃が走り、一斉に立ち上がった。
「だってそうだろう? そもそもそういう暴力団自体が、僕は許せない。それに報復だって、いつ来るかわからない。退けても、大会の方は諦めないと思うんだ。だとしたら、徹底的に! それ以外にはないと考えてるよ。無謀だけど、他にできそうなこともないんだ……」
反社会的勢力の撲滅。高校生が考えて行おうとする発想ではない。
しかし、彼らは神通力者。故にできると考える。
「じゃあ、やるしかねえな!」
まずは烽が。
「そうね。縁君の考えに乗ってみようかしら?」
続いて菫。そして、
「わかりましたよ。では最後の一人になるまで、徹底的に! これは僕たちに課された義務! 果たさなければいけない義務です!」
鍍金も頷く。