その①

文字数 3,993文字

「海崎、お前の話を聞いていると……その神通力者は確実に縁だ」

 東邦大会の構成員にして神通力者の浜井(はまい)がそう言った。そして独自に調べた資料を渡すと、

「ああ、そう言えばこんな顔だったな…」

 それに掲載された写真を見ると彼は嫌な思いを掘り起こしてしまった。

「復讐したいと思わないか…?」
「したいさ。できるならな」
「やってもいいと言ったら?」

 その言葉に反応する海崎。

「どういうつもりだ?」
「もうわかっているだろう、大会がお前を保釈させた意味が。俺たち東邦大会は、この男を始末したい。しかし、ことごとく失敗した………」

 大会にとって、それは許しがたい汚点。さらに致命的な人員の消耗。もう大会には、裏のトップの藍野、表向きの清水、浜井とあと三人の計六人しか神通力者は残っていないのだ。そして大会の性質上、神通力者が全滅したら維持できそうにないのである。

「代わりに、お前にやってもらいたい。もし成功すれば、東邦大会に入れるように手を回そう。今まで通りに女性を食い漁れる。どうだ、ここは我々大会と組まないか?」
「そりゃあ美味しい話だぜ。でも…」
「でも、何だ?」

 その先を海崎は話すのを躊躇った。

「俺はコイツに、負けてるんだ…」
「それは知っている。だが、その敗北から何か学べなかったか? 次に会う時は負けないために何かしら。お前は一度、縁の神通力を味わっている。ならば対策を考えつけるはずだ」

 縁の神通力は、既に把握済みである。しかし、わかっていても東邦大会の実行した対策は機能しなかった。数日前に大川たちが戦いの場に河川敷を選んだのも、体に火をつけられても川に入れば消せるからだったが、その決戦で縁はあまり神通力を使わなかった。彼の仲間が邪魔だったのだ。
 だから今回は、ピンポイントで縁を叩く。その刺客として海崎を放つ。他の仲間はその後でいい。まずは一番重要な縁を狙う。

「わかったぜ。でもちょっと考えさせてくれ」
「いいぞ。まあまずはゆっくり休め」

 海崎をソファーに寝かせると、浜井はその部屋を出た。そして向かったのは、表向きの最高責任者の部屋。

「清水さん、篠原の件はどう考えてますか?」
「うむ……。爆発で谷野共々やられたわけではないらしい。仕入れた情報によると篠原の死因は心臓を体外に取り出されたこと」
「それは…惨いですね…」
「違う、そうではない。縁たちはたとえ相手が殺意を持っていたとしても、その相手を殺めてはいない。だが篠原の一件は、明確な殺意を感じるんだ。思えば栗原、いや榎本から殺しは始まっている。それは決まって夜だ。篠原はその調査も担当する手筈だった。もしかしたら、東邦大会に牙をむく神通力者たちは、縁のグループ以外にも存在するのかもしれない…」
「本当にそんなことが?」

 にわかには、信じがたい話である。だが、襲われた事務所や殺された仲間がそれを物語っているのだ。信じるしかない。

「では、私がその調査の後を引き継ぎましょう」
「頼まれてくれるか、浜井?」
「ええ。期待に応えてみせましょう。清水さんのだけではなく、藍野様のも!」
 浜井は、清水の次の位置にいる。だから藍野の存在も知っている。数少ない裏のトップの顔を知る人物。その顔は、今はとても不機嫌だ。
「任せたぞ、浜井!」

 この日、気分を変えて縁は写真部に出席した。

「久しぶりだね、美優志君。最近はどうだい?」
「どうもクソもないよ! 菜穂子は幽霊に逆戻りだし、犁祢も一時間だけしか活動しない。前よりもたるんでいる気がする…」

 縁が部室を見てみると美優志の他には、雲雀、猟治、心の三人のみ。しかも猟治と心の二人は、目に活気がない。

「縁君、今日は近くの中学校にアポイントを取ったから、そこに取材に行くよ。ついて来てね?」

 雲雀の目は、何かを訴えかける目だ。これは断れない。

「いいよ! 僕も久しぶりにカメラに触りたくなったんだ」
「じゃあ、俺のを貸すよ」

 いつもは犁祢から借りていたのだが、今日彼はいない。なので猟治が二台ある内の片方、最新型のを貸した。
 そして部員たちは出かける。まるでピクニックに行く雰囲気で、不真面目なことに心はお菓子まで持参している。だが戦いに少し疲弊を感じ、リフレッシュしたいと思っていた縁にとっては、もってこいだった。


 ことが起きたのは、その夜。

「ただいま」

 縁は今日、一人だ。父は仕事で帰って来られず、母は出張のためにいない。でも防犯上から、帰宅の挨拶はすることになっている。
 自室に荷物を置くと縁はリビングでテレビの電源を入れた。

「先日起きました爆発事故につきましては……」

 どの局にチャンネルを変えても、隣の市で起きた爆発事故のニュースばかりだ。

「治安の悪さが、隣にまで移ってしまったのか…?」

 自分ではどうすることもできないことをわかっていながら、縁は悔しい思いを抱いた。彼の正義感は大きすぎ、町で起きる犯罪によって少なからず心を痛めている。

 夕飯の支度をしようとした時だ。
 ガチャン、と玄関の方で物音がした。

「変だな? 鍵は閉めてチェーンもしたはずだが…?」

 幽霊かもしれないが、でも縁はそこまで怖がりではない。すぐに確かめに行く。
 そこには、人がいた。

「お、お前は…!」
「久しぶりだな、縁!」

 それは海崎。縁の手で警察に連行されたはずの、神通力を持つ犯罪者。彼がどうしてここにいるのか。縁は一瞬で理解する。

「留置場だか刑事施設だかから、神通力を使って逃げ出したか!」
「違うぜ。脱走なんてリスクを背負うと思うか、犯罪者が? 俺は保釈金を積んで出してもらったんだよ」

 保釈自体は合法で、海崎がその選択をすることは何も問題ではない。だが、ここは小戸家。他人の敷地に、勝手に踏み込んでいる時点で、不法侵入なのだ。それは紛れもない犯罪行為である。

「なら、どこかに逃げてしまえば良かったのに…」
「どうして俺がここに来たのか、理由を知らないみたいだな?」

 察しはつく。

「復讐…と言ったところだろう? 犯罪者がしそうなことだ。逮捕された腹いせに、報復しようだなんて発想が幼稚極まりない」
「うるせえ! とにかく俺はお前が憎い! 理由はそれだけで十分だ!」

 海崎は拳を構えた。もう殴り掛かろうとしているのだ。

(コイツも馬鹿じゃないようだな……。僕の神通力を知っていて、それでここに来たのか…)

 縁の神通力は、炎を操ること。家の中でも使用可能だが、加減を少しでもミスれば火事になりかねない。流石に縁ならそうはならないと思うが、家具や壁が燃えるリスクを考えるとあまり大きな炎は使えないのだ。対する海崎は、自由自在。家の中なら壁や床に、任意のタイミングで潜り込める。
 言い換えるなら、縁にとってここは完全なホーム戦のはずが、悪い条件が揃ってしまっているのだ。

「いいだろう……。僕の手でもう一度檻に押し込んでやる!」
「始めるぜ!」

 海崎がジャンプした。彼は玄関の天井に潜り込んだ。

「そう来るか!」

 それをただ、縁は見ていた。いいや、天井を焦がすことはできないので、手が出せなかった。

「どこから飛び出す…?」

 すぐに周りを確認する。天井から壁やドア、床にも行くことができるだろう。
 だが、海崎は特に移動はしない。シンプルに天井から上半身をこっそり出すと、縁の頭を殴った。

「うぐ! う、上か!」

 見上げたが、既に海崎が逃げた後。今度は足元をすくわれ、縁は転んでしまった。

(まずいな。外に出て、おびき出すか?)

 それはできない。

(駄目だ。多分海崎は、外には出ようとしない。家の中なら神通力を使えないと思っているから。僕が本領を発揮できないアドバンテージを失ってまで追って来るとは思えない。家の中で戦うしかないんだ!)

 そしてその決意は、縁に起死回生の一手を与える。
 海崎は追撃をしようと、一度壁から出て来た。目の前には、縁の後ろ姿。

(逃げようとしないんなら、簡単だぜ!)

 ここで彼は、そういう発想を抱いた。しかしそれは致命的なミス。

(何で逃げようとしない?)

 そう考えるべきだったのだ。そしてそういう発想が生まれなかったために、この追撃で縁の策にはまってしまう。

「そこか!」

 海崎の拳が届く前に、縁は振り向いた。屋内のほんのわずかな空気の流れが、縁に海崎の居場所を教えたのだ。

「な、何だお前? 正気か?」

 海崎、仰天。それもそのはず、縁の体の表面が燃えているのだ。

「僕は自分で生み出した炎で火傷はしない…。でもお前は違うだろう!」

 驚いて一瞬だけ止まった海崎の手を、摑まえる。

「ぎょえおおおおおおおおおおおお!」

 手のひらも燃えている。その指で腕を掴まれた海崎は、悶絶。握りしめたはずの拳が、一人でに開いていく。そして指が勝手に動く。

「おりゃあああ!」

 そのまま腕を掴んで、背負い投げ。海崎は神通力を使って床の中に逃れることもできたのだが、尋常ではない熱をくらっている彼にはそれが思いつけない。床に叩きつけられた。

「うぐ、クソぉ…!」

 しかも縁は、腕を掴んで離さない。流石に炎は消したが、新しい直径三十センチほどの火球を目の前で生み出され、それを近づけられたら降参せざるを得ない。

「相手の神通力を知ることは大切なことだとは思うよ。そして一度対面した相手なら、対策を考えるのは簡単だろう。でも、考えが足りなかったな……僕もお前と対峙したんだぞ? お前の神通力の攻略法ぐらい、思いつける!」
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