その④
文字数 3,656文字
「それは面倒なことになったな、笑えるぜ」
写真部の状況を聞くと、伊集院 琢磨 は笑った。
「黙ってろよ、伊集院。それより今日の準備はできてるんだろうな?」
犁祢が聞くと、
「完璧さ。と言うより、俺たちが過ごすにはこの町ほど適した場所はないだろう? 毎日、悪人が犯罪行為をしてくれる。そして俺たちは、何の迷いもなく人を傷つけられる…」
彼らは、同類なのだ。
人には、逃れられない性というものがある。例えば丙や縁。彼らは悪を正さなくてはいけない性を持っていると言えるのだ。また、ボランティア精神が旺盛な気前の良い人には、他人に世話を焼かずにはいられない性があるのだろう。
では、犁祢や伊集院の持つ性とは? その答えを見てみよう。
伊集院はかかってきた電話の受け答えをする。
「愛倫か? 何々、北第三公園付近? わかった。向かうまで待て! どうやってもいいからあのナルシストを止めておけ! いいな!」
五月雨 愛倫 からの電話は繋いだままに、二人は移動を開始する。今、ビルの屋上にいる。隣のビルの屋上までジャンプする。普通の人間なら、まずできないことを平然とやってのける彼ら。
間違いない。彼らは神通力者なのだ。通常の人とは明確に異なるので、そんなことができるのだ。
「伊集院、今日の獲物は何をしたって?」
犁祢が聞いた。
「銀行強盗だってよ。ちょうどひったくりもしたらしい。今、逃げてるところだ」
「それは美味しそうだな…。僕がやりたかったよ」
「我慢しろ。俺だって涎を抑えているんだ」
ものの数分で、その公園に到着した。正確には、公園を見渡せる近くのビルの上に。
「愛倫、止めとけって言っただろう?」
すると彼女は、
「私はやめとくように言ったけど、隆康は大丈夫と言いました。でも今日の宿題は難しくて、昨日先生が…」
「言い訳はいいから! で、状況は?」
愛倫が指さす先には、問題の人物である日下部 隆康 がいる。彼はみんなで決めたルールを破り、勝手に行動したのだ。銀行強盗犯は、公園の空中に浮いていた。これは隆康の神通力であり、触った物を軽くできるのだ。空気よりも軽くしてしまえば、例え人でも浮き上がる。
「隆康め! 自分は特別とか大丈夫とか言いやがって…! 脳みそクソマミレが!」
彼の行為を監視するのは、犁祢や伊集院、愛倫だけではない。違うビルには、心がスタンバイしている。また別のビルに目を向けると、菜穂子がいる。
この六人。彼らは細部こそ違うが、同じ性を持った人間だ。
「ははは、どうです? これから大気圏まで飛ばしてやりましょうか?」
「このクソガキ、死にてえのか! 降ろせ!」
隆康は抵抗のできない強盗犯と喋っている。
「じゃあ、降ろしてあげましょう」
言葉通りに、隆康は神通力を解いた。だがこの強盗犯は、高さで言うと十二階建てビルと同じくらいまで浮かせられていた。そこから、頭から地面に落ちたとなると…。
鈍い音が、夜の公園に響いた。
「全く、冷や冷やさせやがって! だから俺は隆康には任せたくなかったんだ!」
「でも順番だから、仕方ない。でもこれで今夜は満足だよ。まあ欲を言えば、もっと悲鳴が聞きたかったけどね」
彼らの持つ性。それは、人を傷つけずにはいられないというものだ。幼い頃から、物を壊すことに始まり、小動物を平然と殺めることすら躊躇わない。次第に興味はより大きな動物に移る。そして最終的に、そのターゲットは人に。
けれども彼らも、腐っても人間である。同胞を手にかければ、確実に罪に問われる。おまけに、殺していい人間などいないのだ。だから我慢して生きてきた。
そこで六人は出会う。同じ性を持つ者同士、心が通じ合うのだろうか? それぞれがそれぞれの悩みに共感でき、相談もできた。
「ならさ、犯罪者ぐらい殺しても誰も悲しまないだろ?」
そう言ったのは、伊集院であった。
「え、いいの?」
犁祢が聞くと、隆康が、
「それいいね。やってみようぜ」
そこからはもう、誰も止めない。六人全員、
「人を傷つけてみたい。何なら殺してみたい」
という衝動を抑え切れなくなった瞬間だった。
奇跡的にも全員、神通力者なのだ。だからことはとてもスムーズに運ぶ。神通力者だから、他の人が出てきそうにないところにもすぐに飛んで行けるし、神通力を使えば絶対に犯行は明るみにならない。彼らの悪行は、月の光しか知らないのだ。
そして、賢さも彼らに味方した。六人であることを利点に、実行犯は代わりばんこで一人、他の五人は見張り役である。見張りはターゲットが逃げないように、大勢の人が来ないように注意を払う。今日の犁祢や伊集院がそうだ。そして実行犯は実際に、自身の神通力で犯罪者を手にかける。一番おいしいところを持って行くのだ。他の五人はそれを見て満足する。他人が傷つけている様でも彼らは十分なのだ。
ターゲットは必ず殺すが、話しかける場合のルールや、目撃者のルール、服装のルール、一晩の実行件数のルールも色々と決めている。だから、未だに彼らに疑いの目が向いたことはない。決められた制限の中で、犯罪者を裁く集団と彼らは化していた。そして次の日は平然と、他人と会話する。それがどんなにムカつくことであっても、相手が犯罪者でない限りは神通力は使わない。そういうルールもあるのだ。流石に毎日殺めていては怪しいので、彼らは月夜にしか動かないと決めている。
言わば、月夜だけが彼らの本能を明るみにする舞台。その光の下で彼らは他人を傷つける踊りを舞う。そしてそのことは、彼ら以外は知る由もない。
「今日の反省を行う。だから一度、集まるぞ」
伊集院はまるで目の前の人に語り掛けるような普通のボリュームで言った。その声は近くにいる犁祢と愛倫にしか届いていないだろう。だが、公園にいる隆康が伊集院の方を向き、首を振って合図する。心や菜穂子もハンドシグナルを送る。神通力ゆえに、聴力も跳ね上がっているのだ。だから伊集院の声が、離れていても聞き取れるのだ。
予め決めてあるビルの屋上に集合すると、隆康が開幕から一言、
「俺なら少しくらいルール破っても大丈夫だろ? どうせバレねえんだしさ。それとも何だ、俺の華麗なる神通力に嫉妬しているのか~い?」
髪をとかしながらそう言う。
「黙ってろ。お前はいっつもそうだ。自分は特別って発想が捨てきれてねえ。だから俺らが困ってんだ!」
「またまた~? 俺が迷惑かけてる? かけてないよね?」
「かけてるよ。待てって言っても待たないじゃん。それでどれだけ焦ったか。ああ、もう嫌…。誰かに追われたらどうするの? それで何かが私たちを捕まえに動いたら…ああああ!」
心配事のスケールが一々大きい心の発言を、隆康は聞き流した。
「今日は隆康で、明日は晴れれば菜穂子の番ですね。でも私の誕生日はもう過ぎましたし、一昨日のご飯はカレーでした」
愛倫が滅茶苦茶言っている。それも隆康は聞こえないフリをした。
「明日、晴れたら。いいな!」
「オーケー! また見れるんだね、人が悲鳴を上げながら傷ついていくところが!」
犁祢はその光景が楽しみで仕方がないのだ。
そして少し雑談してから帰るのが日課。中には隆康のように、自分が話したいことだけ話してさっさと帰る輩もいるが、犁祢は菜穂子と言葉を交わした。
「えええ! 縁君が、写真部に!」
「そうなんだよ。美優志が助っ人って呼んじゃってさ。面倒なこと、増やして欲しくないよね?」
犁祢は同意を得ようとしたのだが、菜穂子は、
「それじゃあ、明日からは部活に参加しないと! 彼に迷惑だわ! ああ、彼と一緒に写真を撮って、そして飾って……夢みたいだわ! これ、絶対に神様が施してくれたのよ!」
見方を変えれば恋する乙女のようだが、犁祢は中々そうは思えない。彼女はちょっと自己中心的なのだ。だから今日も誰とも合流せずに、一人で見張っていた。
「心は、どう?」
犁祢は心に問いかけると、
「ちょっと、私を無視する気なの?」
と、菜穂子は一々突っかかってくるのだ。だから仕方なく会話に混ぜる。
「私は……縁君が私のことを狙ってこないか心配…」
「そんなことないだろうに…。彼は部の存続のために呼ばれてるんだよ? 心に手を出すなんてあまり考えられないなぁ」
「そうよ! 縁君は私に夢中なの! 心なんかに用事はないわ!」
「何それ? 私に魅力がないって意味?」
これ以上は放っておけず、犁祢は、
「はいはい、そこまで! 後は明日にしよう」
と割って入って終わらせた。
そしてこの日は、解散。明日以降に新たな獲物を手にかけるのだ。
写真部の状況を聞くと、
「黙ってろよ、伊集院。それより今日の準備はできてるんだろうな?」
犁祢が聞くと、
「完璧さ。と言うより、俺たちが過ごすにはこの町ほど適した場所はないだろう? 毎日、悪人が犯罪行為をしてくれる。そして俺たちは、何の迷いもなく人を傷つけられる…」
彼らは、同類なのだ。
人には、逃れられない性というものがある。例えば丙や縁。彼らは悪を正さなくてはいけない性を持っていると言えるのだ。また、ボランティア精神が旺盛な気前の良い人には、他人に世話を焼かずにはいられない性があるのだろう。
では、犁祢や伊集院の持つ性とは? その答えを見てみよう。
伊集院はかかってきた電話の受け答えをする。
「愛倫か? 何々、北第三公園付近? わかった。向かうまで待て! どうやってもいいからあのナルシストを止めておけ! いいな!」
間違いない。彼らは神通力者なのだ。通常の人とは明確に異なるので、そんなことができるのだ。
「伊集院、今日の獲物は何をしたって?」
犁祢が聞いた。
「銀行強盗だってよ。ちょうどひったくりもしたらしい。今、逃げてるところだ」
「それは美味しそうだな…。僕がやりたかったよ」
「我慢しろ。俺だって涎を抑えているんだ」
ものの数分で、その公園に到着した。正確には、公園を見渡せる近くのビルの上に。
「愛倫、止めとけって言っただろう?」
すると彼女は、
「私はやめとくように言ったけど、隆康は大丈夫と言いました。でも今日の宿題は難しくて、昨日先生が…」
「言い訳はいいから! で、状況は?」
愛倫が指さす先には、問題の人物である
「隆康め! 自分は特別とか大丈夫とか言いやがって…! 脳みそクソマミレが!」
彼の行為を監視するのは、犁祢や伊集院、愛倫だけではない。違うビルには、心がスタンバイしている。また別のビルに目を向けると、菜穂子がいる。
この六人。彼らは細部こそ違うが、同じ性を持った人間だ。
「ははは、どうです? これから大気圏まで飛ばしてやりましょうか?」
「このクソガキ、死にてえのか! 降ろせ!」
隆康は抵抗のできない強盗犯と喋っている。
「じゃあ、降ろしてあげましょう」
言葉通りに、隆康は神通力を解いた。だがこの強盗犯は、高さで言うと十二階建てビルと同じくらいまで浮かせられていた。そこから、頭から地面に落ちたとなると…。
鈍い音が、夜の公園に響いた。
「全く、冷や冷やさせやがって! だから俺は隆康には任せたくなかったんだ!」
「でも順番だから、仕方ない。でもこれで今夜は満足だよ。まあ欲を言えば、もっと悲鳴が聞きたかったけどね」
彼らの持つ性。それは、人を傷つけずにはいられないというものだ。幼い頃から、物を壊すことに始まり、小動物を平然と殺めることすら躊躇わない。次第に興味はより大きな動物に移る。そして最終的に、そのターゲットは人に。
けれども彼らも、腐っても人間である。同胞を手にかければ、確実に罪に問われる。おまけに、殺していい人間などいないのだ。だから我慢して生きてきた。
そこで六人は出会う。同じ性を持つ者同士、心が通じ合うのだろうか? それぞれがそれぞれの悩みに共感でき、相談もできた。
「ならさ、犯罪者ぐらい殺しても誰も悲しまないだろ?」
そう言ったのは、伊集院であった。
「え、いいの?」
犁祢が聞くと、隆康が、
「それいいね。やってみようぜ」
そこからはもう、誰も止めない。六人全員、
「人を傷つけてみたい。何なら殺してみたい」
という衝動を抑え切れなくなった瞬間だった。
奇跡的にも全員、神通力者なのだ。だからことはとてもスムーズに運ぶ。神通力者だから、他の人が出てきそうにないところにもすぐに飛んで行けるし、神通力を使えば絶対に犯行は明るみにならない。彼らの悪行は、月の光しか知らないのだ。
そして、賢さも彼らに味方した。六人であることを利点に、実行犯は代わりばんこで一人、他の五人は見張り役である。見張りはターゲットが逃げないように、大勢の人が来ないように注意を払う。今日の犁祢や伊集院がそうだ。そして実行犯は実際に、自身の神通力で犯罪者を手にかける。一番おいしいところを持って行くのだ。他の五人はそれを見て満足する。他人が傷つけている様でも彼らは十分なのだ。
ターゲットは必ず殺すが、話しかける場合のルールや、目撃者のルール、服装のルール、一晩の実行件数のルールも色々と決めている。だから、未だに彼らに疑いの目が向いたことはない。決められた制限の中で、犯罪者を裁く集団と彼らは化していた。そして次の日は平然と、他人と会話する。それがどんなにムカつくことであっても、相手が犯罪者でない限りは神通力は使わない。そういうルールもあるのだ。流石に毎日殺めていては怪しいので、彼らは月夜にしか動かないと決めている。
言わば、月夜だけが彼らの本能を明るみにする舞台。その光の下で彼らは他人を傷つける踊りを舞う。そしてそのことは、彼ら以外は知る由もない。
「今日の反省を行う。だから一度、集まるぞ」
伊集院はまるで目の前の人に語り掛けるような普通のボリュームで言った。その声は近くにいる犁祢と愛倫にしか届いていないだろう。だが、公園にいる隆康が伊集院の方を向き、首を振って合図する。心や菜穂子もハンドシグナルを送る。神通力ゆえに、聴力も跳ね上がっているのだ。だから伊集院の声が、離れていても聞き取れるのだ。
予め決めてあるビルの屋上に集合すると、隆康が開幕から一言、
「俺なら少しくらいルール破っても大丈夫だろ? どうせバレねえんだしさ。それとも何だ、俺の華麗なる神通力に嫉妬しているのか~い?」
髪をとかしながらそう言う。
「黙ってろ。お前はいっつもそうだ。自分は特別って発想が捨てきれてねえ。だから俺らが困ってんだ!」
「またまた~? 俺が迷惑かけてる? かけてないよね?」
「かけてるよ。待てって言っても待たないじゃん。それでどれだけ焦ったか。ああ、もう嫌…。誰かに追われたらどうするの? それで何かが私たちを捕まえに動いたら…ああああ!」
心配事のスケールが一々大きい心の発言を、隆康は聞き流した。
「今日は隆康で、明日は晴れれば菜穂子の番ですね。でも私の誕生日はもう過ぎましたし、一昨日のご飯はカレーでした」
愛倫が滅茶苦茶言っている。それも隆康は聞こえないフリをした。
「明日、晴れたら。いいな!」
「オーケー! また見れるんだね、人が悲鳴を上げながら傷ついていくところが!」
犁祢はその光景が楽しみで仕方がないのだ。
そして少し雑談してから帰るのが日課。中には隆康のように、自分が話したいことだけ話してさっさと帰る輩もいるが、犁祢は菜穂子と言葉を交わした。
「えええ! 縁君が、写真部に!」
「そうなんだよ。美優志が助っ人って呼んじゃってさ。面倒なこと、増やして欲しくないよね?」
犁祢は同意を得ようとしたのだが、菜穂子は、
「それじゃあ、明日からは部活に参加しないと! 彼に迷惑だわ! ああ、彼と一緒に写真を撮って、そして飾って……夢みたいだわ! これ、絶対に神様が施してくれたのよ!」
見方を変えれば恋する乙女のようだが、犁祢は中々そうは思えない。彼女はちょっと自己中心的なのだ。だから今日も誰とも合流せずに、一人で見張っていた。
「心は、どう?」
犁祢は心に問いかけると、
「ちょっと、私を無視する気なの?」
と、菜穂子は一々突っかかってくるのだ。だから仕方なく会話に混ぜる。
「私は……縁君が私のことを狙ってこないか心配…」
「そんなことないだろうに…。彼は部の存続のために呼ばれてるんだよ? 心に手を出すなんてあまり考えられないなぁ」
「そうよ! 縁君は私に夢中なの! 心なんかに用事はないわ!」
「何それ? 私に魅力がないって意味?」
これ以上は放っておけず、犁祢は、
「はいはい、そこまで! 後は明日にしよう」
と割って入って終わらせた。
そしてこの日は、解散。明日以降に新たな獲物を手にかけるのだ。