その③

文字数 3,020文字

 寝場打第二高等学校という高校がある。偏差値は悪くはないのだが、市内の治安の悪さが致命的な学校だ。その校舎の写真部の部室で、重要な会議が開かれていた。

「では、諸君。改めて写真部の現状を確かめよう」

 部長の(よい)美優志(みゅうし)がそう言うと、

「はい!」

 と、元気のある返事を一人だけする。日田(ひだ)雲雀(ひばり)だ。彼女は副部長であるが、美優志の腰巾着でもある。

「いいよ、適当で…」

 (くさり)猟治(りょうじ)がそう言った。

「適当とはなんだ! お前、現状がわかっていないのか!」

 美優志が怒鳴るぐらいには、写真部の状況は悪い。

「そもそもの原因は、俺たちがちゃんとした活動を行わなかった結果……というより先輩たちの悪ふざけを止めなかったことにある」

 語り出した。


 それは去年のことだ。この時美優志たちはまだ一年生で、写真部での発言権などないに等しい。

「文化祭で、注目を集めよう。生徒会を見返せば、部費だって多めに出してもらえるはずだ」

 その発想自体は悪くなかった。だが先輩たちはあろうことか、自分たちの写真に賭けようとしなかったのだ。
 そして、その年の文化祭で心霊写真特集を開催することになった。先輩たちにとっては本物と見間違うほどの自信作だったのだろう。だが、全部コラ画像。手抜きと言われても否定できない一品が大量に、本物と銘打って貼り付けられてしまった。

「写真部はまともな活動をしていないのか!」

 これに生徒会は激怒。よって、ゴールデンコックローチ賞を受賞してしまう。


「みんなの知る通り、ゴールデンコックローチ賞は最悪の評価を意味している。部の清浄化をうたって、一番下の後輩以外全員、強制退部! これで先輩たちとは涙のお別れとなった…」

 さらにまずいことに、この賞を三年以内に二度受賞した場合、その部活は問答無用で廃部となる。現に美優志たちが入学する前には、ハンドボール部が存在したのだが、何の功績も残せず悪事ばかり働いたために二年連続で受賞、文句なく廃部になったのだ。

「でも、こんな部活なくなっても誰も困らないんじゃ…」

 部員の祇園寺(ぎおんじ)犁祢(りゅうね)がそう言った。

「大馬鹿! 困るだろ、受賞者は高校生活中、新たに部活に入れなくなるんだぞ! 俺たちも去年受賞の場に居合わせちまったんだから、この写真部がなくなったら行き場所がない! ここは何としても再建しなければ!」

 熱い魂を燃やしてはいるが、部員は雲雀を除いて冷めている。現に犁祢の横の席に座る漆谷(うるしたに)(こころ)は、堂々と居眠りしているのだ。美優志は力任せにその机を蹴っ飛ばし、

「大馬鹿しかいないのかこの部活はァ!」

 と怒鳴った。

「大体、お前らにはちゃんとやる気ってのがあるのか!」

 さらに怒号を飛ばしたが、その発言の向かった先は空席だ。

「菜穂子また欠席か!」

 山根(やまね)菜穂子(なほこ)という生徒は、顔すら部活に出していないのだ。

「俺だってさ、不登校の生徒に無理矢理学校に来いとは言わねえよ? 来れないなりの事情ってのがあるだろう? でも菜穂子は違うじゃん? 毎朝早くに学校に来て席着いて、予習までしてるじゃん? んで放課後は自習室に残って復習…。あはははは、よくできた生徒じゃねえか、部活に顔出せ大馬鹿野郎!」

 美優志、雲雀、真面目さを感じさせない猟治、部がなくなってもいいと言い切る犁祢、そもそも存続に関心がない心、幽霊部員の菜穂子。この五人でなんとか今日まで切り盛りしてきた。

「だが! 俺も限界ってのはあると思う。後輩たちは入って来ないし、顧問も無関心だ。そして九月の文化祭まで、もう三か月程度しかない。だから今回は助っ人を用意した!」
「助っ人?」

 部室の扉が開いた。

「紹介しよう……小戸(おおべ)(えにし)君だ!」
「みんな、よろしく」

 顔を合わせた時、部内がざわついた。

「縁だって! もしかして、あの…!」
「そう、あの、だ!」
「どの…?」

 縁は、学校ではちょっとした有名人だ。何故なら持ち前の正義感で、不良たちに単独で戦いを挑んでは、必ず勝って帰ってくる。そして行いも模範的で、全校生徒が一目置いている。教師陣からの信頼も厚い。この写真部の腐った人たちとは、生きている世界がまるで違うのだ。

「縁君はカメラや撮影については素人同然だが、これから彼と一緒に頑張っていく。今年は真面目一筋で生徒会を見返すんだ!」
「おおお!」

 雲雀だけが美優志に合わせて拳を上げ、威勢のいいかけ声を出した。

「大丈夫なのか? 余計に足を引っ張ったりしない?」

 無駄に先輩風を吹かそうとする猟治だったが、

「お前よりはマシだぞ猟治! 縁君はこの学校で一番信頼できる生徒だ」

 相手にされなかった。

「さっそく作戦会議をしよう。というのも、今年は何をするか、まだ決まってなくて…」
「い、言っておくけど、僕はまた女装……なんて嫌だよ?」

 犁祢、が言った。

「そうか? 俺は別にいいけどな、またやってもね」

 猟治がそう返す。犁祢は中性的な見た目をしているし、猟治に至っては遠くから見ると女子生徒と間違える。二人は女装させるにはもってこいであり、去年の冬の活動報告会は二人の女装写真集で何とか乗り切った。犁祢は終始嫌そうな顔をしていたが、猟治の方は何かに目覚めてしまったらしい。

「それ、また私のスカート履く気? 嫌よ……? また私の服が狙われてる、狙われてる…」

 心も露骨に不機嫌そうな顔だ。

「それも、打つ手がなくなったら考えよう。だが、今回は縁君がいるんだぞ? スカート履きたくないなら、履かせたくないならアイディアと努力で何とかしてみせろ!」

 発破をかけたが、それで動く部員ではないことは美優志も百も承知だ。

「まず、縁君には写真のいろはを学んでもらう。それから題材を決めよう」
「僕から提案があるのだけれど、いいかい、美優志君?」

 急に、縁が手を挙げた。

「お、おう。何だ?」

 発言を許可すると、縁は言うのだ。

「この学校の良いところをフィルムに収めてみてはどうだろうか? 僕たちがここで、変な写真を撮っても、多分また不正を疑われるだけだと思うんだ。だとしたら、勉強に勤しむ生徒や部活で頑張る生徒、教鞭に立っている先生を被写体にして、この学校の良さを伝えるんだ。大会で頑張っている生徒の写真もいい。そうすれば、学校のことをみんなに知ってもらうキッカケになるし、その機会を提供できるのは写真部だけで、廃部というわけにはいかなくなると生徒会も考えるはずだ。どうだろう、美優志君?」

 美優志は縁の肩に手を置き、

「縁君……! いいことを言ってくれるぜ! それに賭けてみよう!」
「本当に? 私たちが狙われない? 変な生徒や先生だって多いんだよ? どうしよう、ストーカーされて襲われたら…」

 心は謎の心配をするが、

「大丈夫だって、心ちゃん。学校の中なら犯罪だって起きないわ」

 雲雀がなだめる。

「よし! そうと決まれば早速各部に取材の依頼を!」

 美優志は迅速に対応した。雲雀は積極的で、その流れに飲まれて心も。猟治と犁祢は渋々動く。
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