その③
文字数 3,358文字
その夜は月夜だった。
「いいか、東邦大会と言うのは…」
伊集院が犁祢たちに説明する。敵と戦うなら、相手を知ることも重要。この日、東邦大会の大きな事務所を襲う前に勉強会を開いていた。
「まあ、ありふれた暴力団ですよね。それ以外の意見が出てきません」
愛倫はろくな下調べもしていない。だが、調べたところで神通力者に関する情報が獲得できるわけでもない。
「言ってしまえばそうなる。ただの腐ったチンピラの集団だ。そして今日襲う予定のあの事務所は、三番目に大きなところ。昨日の小さいあれとは違い、夜でも結構な人がいる」
六人は、全員で同時に襲撃することを考えるほど馬鹿ではない。今までと同じように見張りを決めておく。
「実行犯は、俺、犁祢、心の三人だ。隆康、菜穂子、愛倫は敵の増援が来ないかどうかを見張っていろ!」
「仕方ねえな、わかったよ!」
役割分担を決めると、いよいよ襲撃の時。
「では、行くぞ…!」
犁祢たちは一斉に事務所の扉を突き破った。
「侵入者だ!」
すぐにバレるが、お構いなし。神通力を使って雑魚を蹴散らす。犁祢が指を振るだけで、大勢の一般構成員が倒れる。伊集院は睨んだだけで、人の全身を生きたまま壊死させた。心は殴り掛かってくる相手よりも速く動き、逆に首をひねってやった。
「何事だ?」
この事務所には、栗原がいた。騒ぎを聞きつけて仲間に事情を聞くと、
「お、おそらく! 神通力者の襲撃です!」
「神通力者が? すると話に聞いていた縁か? こんな夜中にここを襲うとはな、命知らずな…。返り討ちにしろ!」
「はい!」
だが、一般人がいくら束になっても、神通力者である犁祢たちには歯が立たない。逆に命を奪われる。
時間にして、わずか数分。そんな短い時間で、この事務所の一般構成員は全滅。犁祢たちは縁らとは異なり、命を奪うことについて一切の躊躇いがないので、神通力を全く加減しないで使うのだ。だから制圧も速い。
「おいおいおい、もう終わりかよ。全く、神通力者じゃないと使い物にならねえな…!」
溜息を吐きながら、栗原は言った。目の前に三人の若者が立っている。犁祢たちだ。
「で、俺を倒そうというのか?」
「そうなるな。東邦大会には滅んでもらう!」
伊集院が力強く言ったのだが、栗原はそれを聞くと笑い出した。
「ははは、冗談はやめろ、笑えないだろう? たかがガキ三人で、何ができる? 犬死だけじゃないか? それとも本気で俺に敵うとでも? それこそお笑いだな!」
「やってみないとわかんないよ?」
「ほう。ならやったらどうだ?」
許可が出たので、遠慮なく犁祢は神通力を使った。
しかし、栗原には何も異常が生じない。
「お? どうした? 何かしたか?」
既に栗原の周りの酸素はなくなっている。だが彼は普通に呼吸をしているのだ。
「どうして…?」
「はは、残念だな? 俺の神通力を考えに入れていないお前らが間抜けなんだよ」
余裕で話す栗原だが、本当に負けないと思っている。
「俺の神通力はな、バリアを張ることだ。それは俺を包んで、あらゆる状態異常から身を守れる。お前たちが何をしているのかは知らないが、俺には通じないぜ…!」
そのバリアは、目では見えない。だから伊集院は、
「そんな出鱈目を信じると思うか?」
と言い、栗原に近づいた。その瞬間、何かに弾かれた。
「ま、まさか…!」
確信する。本当にバリアがそこにある。それは栗原を包んでおり、どんな神通力もシャットアウトしているのだ。
「じゃあ、お前らを殺させてもらおうか。どんな死に方がお望みかな?」
しかし、栗原の神通力は防御専門。攻撃には使えない。だから彼は、内心では少し焦っている。
(このガキどもも神通力者なのなら、おそらく拳銃もものともしないだろうな。となると、厄介だぜ…。どうやって殺すか………。もうこの事務所に他の構成員はいないみてえだしな、困ったぞ?)
自分で手が下せないのなら、味方を呼んで不意打ちする。栗原は三人に気づかれないように、緊急用のリモコンのスイッチを押した。これで、近くの構成員がすぐに駆け付けてくれる。
(あとは、時間でも潰すか。ちょっとちょっかいでも出してやろう!)
栗原は一歩前に踏み出した。
「ぶわ!」
犁祢がバリアに弾かれ、のけ反った。
「おやおや? その手があったかな?」
ここで栗原は、閃く。バリアで三人を弾き、壁に押し付ける。そしてバリアと壁で押し潰す。
(それだ! そうすればいい!)
栗原は動き出した。
「マズい! 避けろ、犁祢、心!」
伊集院は反応が早かった。だが、二人は遅れた。
「うぎゃああああ!」
「いやあああ……!」
二人は、バリアと壁に挟まれた。神通力者なら、こんな壁を壊すのは簡単だ。しかし、今は身動きが取れないのでできない。
「くそ! やめろ!」
伊集院の神通力は、バリアの向こうには届かない。
「ならば!」
建物を腐らせる。犁祢と心の後ろの壁を、腐敗させた。そうすると耐久力が下がり、簡単に崩せる。功を奏し、二人は脱出できた。
「危なかった…。助かったよ伊集院!」
「礼は後だ。今はアイツを殺すことだけを考えろ! それができなければ窮地を脱出したとは言えない!」
その通りである。状況はちょっと好転しただけで、悪いことに変わりはないのだ。
「でも、どうするの? あのバリアは厄介よ…?」
「待て! 心、バリアと同じスペックは得られないのかい?」
「無理よ、それは……。だって目で見えないんだもん…」
「じゃあ、見ることができれば……!」
犁祢は迷わなかった。自分の腕を自ら傷つけ、血を噴き出させた。
「何をしている? 血迷ったのか?」
「違うね…! こうするんだ!」
その血を、栗原に向ける。
「馬鹿だなお前? このバリアが、血で突破できると思っているのか? お前は間抜けのチャンピオンだぜ!」
腹を抱えて笑う栗原。
しかし、効果はあった。目では見えないバリアが、徐々に赤く染まっていく。
「見える…!」
心は呟いた。そして栗原のバリアに向かって突撃する。
「お前も馬鹿だ! どんなことがあろうと、俺のバリアは突破できない!」
しかし、今度は栗原の顔が真っ青になる番だった。
バリンと、ガラスが割れるような音がした。
「馬鹿な…?」
バリアだった。心の拳の一撃に耐え切れず、割れたのだ。犁祢の血で染まった赤いバリアの破片が、床に散乱する。
「お、お前! 何をした?」
「バリアを突破しただけよ……?」
「できるはずがないんだ! 俺のバリアは無敵! お前みたいなガキに割ることができるわけがない!」
「でしょうね…? でも、そのバリアと全く同じ力を得たら? そして私の方がわずかに上だったら? きっとバリアは耐え切れないでしょう?」
「な、何を言っている?」
栗原には、心の言うことが一つも理解できない。もし丁寧に解説されたとしても、バリアを割られた時点で完全に栗原は焦っているので、多分頭にも入らない。
「じゃあ、これで遠慮なく殺せるな…!」
伊集院が構えた。
「ま、待て! ここにはすぐに援軍が来るんだぞ? お前ら、俺を傷つけてみろ? 絶対にタダじゃおかねえ! 援軍に殺されるのがおちだ!」
「その援軍とやらには、神通力者もいるのかな?」
「当たり前だ! お前らは死ぬ! それは動かないんだ!」
「だが、仮にそうだとしてもだ…。お前の死ももう決定してようなものだぞ?」
そう言いながら伊集院が犁祢にアイコンタクトを送る。
「オッケー! アレをやるんだね?」
それを聞いて心は、後ろに下がった。
「出たよ…。地獄よりも地獄なこと…」
犁祢と伊集院の神通力が同時に使用されると、無酸素状態での腐敗が起きる。それは地獄絵図に変わりないのだ。
「えげええええええええ………!」
栗原は言い表せないような苦痛を味わい、そして力尽きた。同時に体は、腐って朽ち果てた。
「いいか、東邦大会と言うのは…」
伊集院が犁祢たちに説明する。敵と戦うなら、相手を知ることも重要。この日、東邦大会の大きな事務所を襲う前に勉強会を開いていた。
「まあ、ありふれた暴力団ですよね。それ以外の意見が出てきません」
愛倫はろくな下調べもしていない。だが、調べたところで神通力者に関する情報が獲得できるわけでもない。
「言ってしまえばそうなる。ただの腐ったチンピラの集団だ。そして今日襲う予定のあの事務所は、三番目に大きなところ。昨日の小さいあれとは違い、夜でも結構な人がいる」
六人は、全員で同時に襲撃することを考えるほど馬鹿ではない。今までと同じように見張りを決めておく。
「実行犯は、俺、犁祢、心の三人だ。隆康、菜穂子、愛倫は敵の増援が来ないかどうかを見張っていろ!」
「仕方ねえな、わかったよ!」
役割分担を決めると、いよいよ襲撃の時。
「では、行くぞ…!」
犁祢たちは一斉に事務所の扉を突き破った。
「侵入者だ!」
すぐにバレるが、お構いなし。神通力を使って雑魚を蹴散らす。犁祢が指を振るだけで、大勢の一般構成員が倒れる。伊集院は睨んだだけで、人の全身を生きたまま壊死させた。心は殴り掛かってくる相手よりも速く動き、逆に首をひねってやった。
「何事だ?」
この事務所には、栗原がいた。騒ぎを聞きつけて仲間に事情を聞くと、
「お、おそらく! 神通力者の襲撃です!」
「神通力者が? すると話に聞いていた縁か? こんな夜中にここを襲うとはな、命知らずな…。返り討ちにしろ!」
「はい!」
だが、一般人がいくら束になっても、神通力者である犁祢たちには歯が立たない。逆に命を奪われる。
時間にして、わずか数分。そんな短い時間で、この事務所の一般構成員は全滅。犁祢たちは縁らとは異なり、命を奪うことについて一切の躊躇いがないので、神通力を全く加減しないで使うのだ。だから制圧も速い。
「おいおいおい、もう終わりかよ。全く、神通力者じゃないと使い物にならねえな…!」
溜息を吐きながら、栗原は言った。目の前に三人の若者が立っている。犁祢たちだ。
「で、俺を倒そうというのか?」
「そうなるな。東邦大会には滅んでもらう!」
伊集院が力強く言ったのだが、栗原はそれを聞くと笑い出した。
「ははは、冗談はやめろ、笑えないだろう? たかがガキ三人で、何ができる? 犬死だけじゃないか? それとも本気で俺に敵うとでも? それこそお笑いだな!」
「やってみないとわかんないよ?」
「ほう。ならやったらどうだ?」
許可が出たので、遠慮なく犁祢は神通力を使った。
しかし、栗原には何も異常が生じない。
「お? どうした? 何かしたか?」
既に栗原の周りの酸素はなくなっている。だが彼は普通に呼吸をしているのだ。
「どうして…?」
「はは、残念だな? 俺の神通力を考えに入れていないお前らが間抜けなんだよ」
余裕で話す栗原だが、本当に負けないと思っている。
「俺の神通力はな、バリアを張ることだ。それは俺を包んで、あらゆる状態異常から身を守れる。お前たちが何をしているのかは知らないが、俺には通じないぜ…!」
そのバリアは、目では見えない。だから伊集院は、
「そんな出鱈目を信じると思うか?」
と言い、栗原に近づいた。その瞬間、何かに弾かれた。
「ま、まさか…!」
確信する。本当にバリアがそこにある。それは栗原を包んでおり、どんな神通力もシャットアウトしているのだ。
「じゃあ、お前らを殺させてもらおうか。どんな死に方がお望みかな?」
しかし、栗原の神通力は防御専門。攻撃には使えない。だから彼は、内心では少し焦っている。
(このガキどもも神通力者なのなら、おそらく拳銃もものともしないだろうな。となると、厄介だぜ…。どうやって殺すか………。もうこの事務所に他の構成員はいないみてえだしな、困ったぞ?)
自分で手が下せないのなら、味方を呼んで不意打ちする。栗原は三人に気づかれないように、緊急用のリモコンのスイッチを押した。これで、近くの構成員がすぐに駆け付けてくれる。
(あとは、時間でも潰すか。ちょっとちょっかいでも出してやろう!)
栗原は一歩前に踏み出した。
「ぶわ!」
犁祢がバリアに弾かれ、のけ反った。
「おやおや? その手があったかな?」
ここで栗原は、閃く。バリアで三人を弾き、壁に押し付ける。そしてバリアと壁で押し潰す。
(それだ! そうすればいい!)
栗原は動き出した。
「マズい! 避けろ、犁祢、心!」
伊集院は反応が早かった。だが、二人は遅れた。
「うぎゃああああ!」
「いやあああ……!」
二人は、バリアと壁に挟まれた。神通力者なら、こんな壁を壊すのは簡単だ。しかし、今は身動きが取れないのでできない。
「くそ! やめろ!」
伊集院の神通力は、バリアの向こうには届かない。
「ならば!」
建物を腐らせる。犁祢と心の後ろの壁を、腐敗させた。そうすると耐久力が下がり、簡単に崩せる。功を奏し、二人は脱出できた。
「危なかった…。助かったよ伊集院!」
「礼は後だ。今はアイツを殺すことだけを考えろ! それができなければ窮地を脱出したとは言えない!」
その通りである。状況はちょっと好転しただけで、悪いことに変わりはないのだ。
「でも、どうするの? あのバリアは厄介よ…?」
「待て! 心、バリアと同じスペックは得られないのかい?」
「無理よ、それは……。だって目で見えないんだもん…」
「じゃあ、見ることができれば……!」
犁祢は迷わなかった。自分の腕を自ら傷つけ、血を噴き出させた。
「何をしている? 血迷ったのか?」
「違うね…! こうするんだ!」
その血を、栗原に向ける。
「馬鹿だなお前? このバリアが、血で突破できると思っているのか? お前は間抜けのチャンピオンだぜ!」
腹を抱えて笑う栗原。
しかし、効果はあった。目では見えないバリアが、徐々に赤く染まっていく。
「見える…!」
心は呟いた。そして栗原のバリアに向かって突撃する。
「お前も馬鹿だ! どんなことがあろうと、俺のバリアは突破できない!」
しかし、今度は栗原の顔が真っ青になる番だった。
バリンと、ガラスが割れるような音がした。
「馬鹿な…?」
バリアだった。心の拳の一撃に耐え切れず、割れたのだ。犁祢の血で染まった赤いバリアの破片が、床に散乱する。
「お、お前! 何をした?」
「バリアを突破しただけよ……?」
「できるはずがないんだ! 俺のバリアは無敵! お前みたいなガキに割ることができるわけがない!」
「でしょうね…? でも、そのバリアと全く同じ力を得たら? そして私の方がわずかに上だったら? きっとバリアは耐え切れないでしょう?」
「な、何を言っている?」
栗原には、心の言うことが一つも理解できない。もし丁寧に解説されたとしても、バリアを割られた時点で完全に栗原は焦っているので、多分頭にも入らない。
「じゃあ、これで遠慮なく殺せるな…!」
伊集院が構えた。
「ま、待て! ここにはすぐに援軍が来るんだぞ? お前ら、俺を傷つけてみろ? 絶対にタダじゃおかねえ! 援軍に殺されるのがおちだ!」
「その援軍とやらには、神通力者もいるのかな?」
「当たり前だ! お前らは死ぬ! それは動かないんだ!」
「だが、仮にそうだとしてもだ…。お前の死ももう決定してようなものだぞ?」
そう言いながら伊集院が犁祢にアイコンタクトを送る。
「オッケー! アレをやるんだね?」
それを聞いて心は、後ろに下がった。
「出たよ…。地獄よりも地獄なこと…」
犁祢と伊集院の神通力が同時に使用されると、無酸素状態での腐敗が起きる。それは地獄絵図に変わりないのだ。
「えげええええええええ………!」
栗原は言い表せないような苦痛を味わい、そして力尽きた。同時に体は、腐って朽ち果てた。