その②

文字数 2,090文字

 写真部が音楽室でシャッターを切っている頃、犁祢は自分の家を出た。遊ぶための用具は全部カバンに入れた。カードゲームである。
 というのも、本日の遊び相手の渡辺(わたなべ)錬耶(れんや)は貧乏な生徒だ。犁祢と同じ私立に通えないほどに。自宅もアパートの一室で、バイトがない日にしか遊べない。聞けば借金も抱えているらしい。

 そのボロいアパートに犁祢はやって来た。インターフォンもないアパートで、ドアをノックする。すると、情けない音を立ててドアが開く。

「やあ!」
「おう、久しぶり!」

 錬耶は元気そうである。今日はバイトを休めたので、犁祢を誘ったのだ。

「デッキ持って来た?」
「もちろん!」

 ちなみにカードは全て犁祢の物だ。貧乏神にでも取り憑かれているような錬耶に自前で用意しろとは言えないので、当然だ。
 近況を話し合った後、早速ゲームに興じる。デッキの強さは同じ程度なので、一戦一戦が緊張感のある接戦だ。

「最近さ、写真部に助っ人が現れたんだよね」
「ああ、さっき言ってた人望の塊みたいな人だっけ?」
「その人、結構吸い込みが良くて。最初はカメラに興味ないだろうって思ったんだけど、教えれば教えただけ成長するんだ。ビックリしちゃうよね」

 犁祢は縁のことを悪く思ってはいない。寧ろ頼れる仲間ができたと思っている。

「錬耶の方はどう? 学校は楽しい?」
「まあまあだな。面白くないワケじゃないけど、特別なことが起きてるわけでもないから…」

 そう言った時だ。
 ドンドンドン、と激しい音で錬耶の自宅のドアが叩かれた。

「な、何だ一体?」
「ちょっと待ってな」

 錬耶は玄関に向かう。

「………ヤバい! 借金取だ!」

 小さめの声で、でも犁祢に聞こえるように言った。

「渡辺さ~ん? 期日はとっくに過ぎてるんですよ? 早く返しましょうよ?」

 近所にも聞こえる声で借金取りは叫ぶ。

「困ったな…。今、金は家にないぞ……。居留守を使うか?」
「そ、そうだね…」

 怯えた声で犁祢は返事をした。

「渡辺さ~ん! 入りますよ?」

 だがこの借金取り、執念深い。合いカギを大家に借りたのか、かけたはずの鍵を開錠して土足で家に上がり込む。ガラの悪い男が二人だ。

「あ、あの! 今両親がいなくて…」
「そんなの関係ないよ? こっちは忙しいんだからさあ! さあ早く、金!」
「ですから! 今、払えるお金は一銭も…」

 ないんです、と最後まで言わせない。借金取りは錬耶のことを引っ叩いた。

「ひえ!」

 音で何が起きたのかを知った犁祢は、声を出してしまった。

「おやおや? 誰かな?」
「と、友達です……」

 借金取りは犁祢にすら、

「あのさ、友達が借金あるって嫌じゃない? 君が良かったら払ってもいいんだよ?」

 と言うのだ。

「す、すみません……。そんなお金は…」
「だよねー。じゃ、ちょっと出てってくれない? おじさん、君の友達と大事な話があるんだよ」

 言われるがまま、犁祢は外に出された。家の中では酷い暴力が炸裂しているのだろう、錬耶の悲鳴や打撲の音が外にも響いている。無情なことにこのアパートに住む住民は、誰も助けようとはしない。いや、自分がターゲットにされかねないので手が出せないのだ。

 一時間ほど経っただろうか。借金取りが部屋から出て来た。

「ったく、カードゲームしてる暇あったら金作れよ、馬鹿が!」
「全部没収だ。金に換えるからな!」
「あ、あの…」

 その借金取りに犁祢は話しかける。

「あ? 何だ?」
「何をしたんですか?」
「知らない」
「お金は、あったんですか?」
「知らない」

 何を聞いても借金取りは知らないとしか言わない。
 その二人が車に乗って去っていったのを確認すると犁祢は部屋に戻った。

「だ、大丈夫?」

 そこには、顔中を殴られて腫れ上がった錬耶がいた。

「あ、ああ…」

 結構な負傷だが、水をつければ大丈夫と彼は言う。でも犁祢は最低限の医薬品で治療してあげた。

「すまねえ…。犁祢のカードだって言ったのに、アイツら聞く耳持たなくて、全部持ってかれちまった…」

 結構な量のカードが、全てテーブルから姿を消している。

「いいよ、そんなこと。カードなんてまた集めればいいからさ。それよりも錬耶が無事だったことの方が重要だよ! それと今度遊ぶときは、僕の家に集合しよう!」

 錬耶は、カッコ悪いところを見せてしまったと思っている。だが犁祢は優しく、そのことについてはそれ以上触れない。

 そして……錬耶は自分の怪我が痛かったために、犁祢の口が不気味にニヤリと動いたのを見逃してしまうのだった。

 この日に犁祢が楽しみにしていたゲームは、これ以上はできなかった。なので犁祢は、錬耶の怪我が悪くないことを見極めると、これ以上長居するのは錬耶に申し訳ないと言って、帰ることにした。

「でも、今の借金取りは犯罪を犯しちゃったよね…?」

 その言葉も、錬耶の耳には届かない。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み