その②

文字数 2,610文字

「行ってきます」

 伊集院は部活などには所属しておらず、朝は遅い。ホームルームに間に合えばいいという考えだ。そして彼と同じ魂胆の人物は、大勢いる。だから正門前は人が群がっているのだ。
 その中の一人が、伊集院とぶつかった。

「いて!」

 男子生徒だ。スマートフォンをいじりながら歩いており、これについては、ちゃんと前を向いていた伊集院は何も悪くない。だが、

「前見て歩けよ。ぶつかって謝らないとか、最低だなお前」

 と男子生徒は、まるで自分には何の落ち度もないように言うのだ。

「……」

 対する伊集院は、静かだった。
 それもそのはず。既に神通力を使ったのだ。六人の間では、私的に神通力を使わないことと決めているが、実はしょっちゅうその約束を破っているのが伊集院である。何か不愉快なことがあると、後先考えず衝動的な行動をしてしまうのだ。
 神通力を使った結果、ぶつかってきた男子生徒はホームルームが始まる前に救急車に搬送されて病院に運び込まれた。だが最悪の結果は免れず、両足を切断することになってしまった。

 その日の夜は、伊集院の番である。今日犁祢たちはビルの上ではなく、寝場打市の端の方にある一軒家の屋根の上。

「へえ、今話題の特権階級様はこの家に住んでいるんだ? 顔が見てみたいねえ」

 今宵のターゲットは、犯罪者に間違いない。しかし逮捕されておらず、何事もなかったかのように普通に生活している。元官僚が起こした、強姦殺人。遺族の訴えは何故か聞き入れられず、犯人はニュースでも容疑者と呼ばれていない。

「女子大生を殺したんでしょ。私も狙われると思うと……ゾッとする!」
「酷いおじい様だね。伊集院、速くやっちゃいなさいよ」

 今日は隆康と愛倫がいない。家に籠っているターゲットが相手なので、見張りはいなくていいという判断。

「もうやってる」
「それじゃあ……ゴクリ!」

 そう。既にこの家は地獄絵図になっているだろう。伊集院の神通力は、ものを腐らせること。生き物だろうが物体だろうが関係なく、使われたが最後、腐り果てる。まるでバクテリアに食われたかのように。この神通力は器用でもあり、うまくコントロールすれば発酵させることもできる。

「今は、その必要はないが…」

 加減は伊集院の思うがまま。この一軒家に住んでいる人、中に飾られている家具など…。その全てが腐り果てる、まさに腐の世界。
 一時間ぐらい経っただろうか。もう十分と判断した犁祢たちは、解散した。
 そして次の朝、一家が丸ごと腐敗するというセンセーショナルなニュースが報道されるのだった。


 愛倫の番が来る。この夜は彼女が独自に追っていた、殺人事件の犯人の目撃情報を基に、十分な下見を繰り返して確信。その海沿いの倉庫で間違いない。

「じゃあ、行ってきますよ。心配はいりません、でも明日の宿題は難しそうです」

 殺人犯と聞くと、かなり凶悪なイメージがある。だが所詮は普通の人。神通力者に敵うわけがないのだ。

「ドキドキワクワク…」

 町中ではないので、今日も見張りはなしだ。犁祢と隆康が、犯人が逃げられないように見学してはいる。
 愛倫が扉を開けると、殺人犯がソファーの上にいた。

「夜遅くにすみません。でも朝は早いと困るんです」
「うっわ! 何だお前!」

 犯人は愛倫の存在に気付くと、隠し持っていた拳銃を取り出し、その銃口を彼女に向けた。

「すごいですね、それ。日本では許可されていないと思いますが、アメリカでは合法ですし。でも私は武器にするなら日本刀の方がかっこいいと思います。あ、でもハムスターの方が可愛いですね」
「何言ってんだ、お前! 撃つぞ!」

 一歩、また一歩と距離を詰めてくる愛倫に相手は恐怖を感じ始めている。現に、拳銃を握る手が震えだしているのだ。

「誰だお前は! 答えろ!」
「できません。でも、あなたを殺すことなら可能です。どうしますか?」
「うるせえ!」

 我慢の限界か、それとも愛倫への恐怖心を吹き飛ばすためか、殺人犯はトリガーを引いた。バン、という大きな爆発音に似た銃声が倉庫内に響いた。

「この、アホが! 俺のところに来るからだ!」

 しかし、いつまで経っても愛倫の体は崩れない。

「…おい、どうなってるんだ? 速く死ねよ! 何で死なない?」

 実は、放たれた弾丸は愛倫に向かって飛ばなかった。全然違う方向の壁に命中したのだ。
 それが愛倫の神通力。物が落ちる方向……すなわち重力の向きを自在に決められるのだ。引力はすさまじく、例え勢いよく発射された銃弾であっても絶対に抗えない。

「クソ! が!」

 もう一発を撃った。しかしそれはしない方がよかった。銃口から飛び出した弾丸は、百八十度向きを変え、引き金を引いた殺人犯本人に命中し、胸を撃ち抜いたのである。弾丸が従う重力の方向は、犯人の真後ろに愛倫が設定したのだ。

「げげげげぇ!」

 胸を押さえて辺りを転げる犯人。まだ生きているのは運がいいからか? だがすぐに、即死していれば楽だったと思い知ることになる。

「私は持ってないので、借りますね。大丈夫、私の父は借りパクの常習犯ですが、母はちゃんと返却できる人です」

 犯人が落とした拳銃を拾うと、銃口を彼に向ける。

「最後に言い残したいこと、ありますか? 私は今、とてもゲームがしたいですけど」
「た、助…け、て……」
「そうですか。では、さようならです」

 まずは一発。腕に撃ち込む。

「うぎゃああ!」

 愛倫は倉庫に一つだけある、窓の方を向いた。犁祢が満足気な顔をしているのが見えたので、さらに一発を足に撃つ。

「あああ、ああああああ!」
「あまり楽しくないですね。でもこの前見た映画は面白くありませんでした」

 もう面倒くさいので、弾倉が空になるまで顔に撃ち込んだ。
 倉庫から出てくると犁祢が、

「愛倫! 今日のはすごく良かった! 花丸あげちゃうよ!」
「そうです? 今日はあまり面白くありませんでしたが、明日は多分面白くないですよね」

 隆康は、倉庫内を覗いて犯人の死体に目をやった。

「ああいう醜い顔にはなりたくないね。俺、イケメンだし。顔は命よりも大事だな」

 髪を整えながらそう言い捨て、三人は帰ることにした。
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