その④

文字数 2,897文字

 縁が周りを見回すと、鍍金は橘高を、菫は牧野を下していた。そして息を大きく吸い込み、

「姿が見えないヤツ! お前に言う! 大人しく姿を現せ! そうすれば戦意喪失として僕たちはもう追撃をしない! だが! まだ続けると言うのなら、相手になってやる!」

 四人は一か所に集まり、菫の神通力で受けた傷を治した。

「どうでしょうかね…? 応じると思いますか、縁君?」
「わからない。姿の見えない相手はまだ、無傷のはずだ。でもこれで僕らの怪我も癒せた。問題なのは相手が、透明であるアドバンテージが僕らを上回っていると思っているかもしれないこと。もしそう判断されたら、まだ戦いは続く…」

 縁としては、橘高、牧野、大川の目が覚める前に勝負を決めたいところ。だから、

「一分だけ時間をやる! その一分でよく考えて行動しろ!」

 時計で時間を測る。ちょうど秒針が、十二時を回った。
 この時、横塚は三人とは全く異なることを考えていた。

(白旗揚げろって? できるか馬鹿ども! ここまでやられたのなら、徹底的にやり返すだけだ! それに、俺たち東邦大会がガキとドンパチして負けたって聞いたら、清水が何を思うか……。大会の顔に泥を塗っちまう! ここは俺だけでも戦って、アイツらを殺せばいい…!)

 引けない。仲間の仇とプライドのためにも。姿が見えないことは逃げることにも有効だが、そういう発想は一ミリも生まれない。

(一分間やる、だあ? 完全に勝った気でいるな…。だがよ、俺の姿を暴く方法すらないんじゃ、勝負にもならねえよな?)

 与えられた時間は短い。その間に横塚は、どうやって四人を倒すか考えていた。狙うは四人同時に攻撃し、一気に殺害すること。菫の神通力があってはいくら怪我を負わせても、無駄骨だ。それに縁たちが人数有利を活かし、囮役を作るかもしれない。そうなった場合、極端に勝ち目は薄くなる。

(やはり、四人同時しかない! 普通じゃ無理だが、姿の見えない俺にならできる!)

 流石に足音までは誤魔化せないので、ひっそりと四人の後ろに回ろうとした。だが、

「この間に、後ろを取るかもしれませんよ?」
「あり得るぜ。縁、お前は前だ! 俺は右、菫は左! そして鍍金が後ろを見張れ!」

 まるで横塚の思考を読み取ったかのように、四人は四方が見渡せるように立った。

(ち、畜生めが! これじゃあ後ろが……だが! この菫っていう女を先に殺せば、もう怪我を治せるガキはいねえ。そうすれば透明である俺が、じわじわと攻めるだけ!)

 五十七、五十八、五十九……。時が迫る。

「六十!」

 鍍金が叫んだ。

(今だ!)

 横塚は菫の前におり、攻撃しようとした。だが、縁、烽、鍍金の三人が菫の方を向いたのだ。

(んな、何? 何で俺の位置がわかる!)

 あり得ない出来事に、横塚の足が本能的に止まる。

「そうりゃ!」

 鍍金がその方向に放電した。すると宙を走る稲妻が、一か所だけ不自然な動きを見せた。

「そこだ!」

 縁の蹴りがピンポイントで横塚を襲う。

「どわああああ!」

 手応えがあった。

「コイツも馬鹿だな? ワザと菫が神通力を使うところを見せたことがわからなかったのか? 見れば絶対に最初に狙おうとすると思ったぜ?」

 烽のその発言で、横塚は思い知る。自分の行動が全て、読まれていたことを。だが、まだ諦めない。

(ここは、身を低くしてガキどもをやり過ごす! 菫が一人になったら、すぐに首を掻っ切ってやる!)

 しかし、その作戦もすぐに水泡に帰すことになる。

「鍍金! もう一度放電だ。この状況で攻撃して来ようとしたんだ、多分相手は逃げない。だけどジッとして、やり過ごそうと思っているはずだ。ここで叩く!」
「わかりました! では!」

 弱い電流を地面に、網目状に流した。すると人の形を描いてカーブする場所がある。

「そこです!」
「オーケー!」

 縁が飛んだ。痺れて動けない横塚に、弱い炎を数秒浴びせる。

「あぢいいいじいいいいいい!」

 だがそれは一瞬だけだ。悲鳴に反して、ほとんど火傷を負っていないはず。

「でもこれで、見分けがつく!」

 縁の目的は、別にあるのだ。
 横塚は立ち上がると、自分の服が一部焦げていることがわかった。そこから煙が発生しているのだ。

「丸見えだぜ、透明人間!」

 今度は烽のパンチ。見事に腹に決まった。

「うがあ、あ…」

 この一撃で、横塚は気絶。バタリと倒れると、その姿が透明ではなくなり、確認できるようになった。


「ここまでだな!」

 縁たちは、気絶している大川たちの体を引っ張って一か所に集めると、警察に通報した。

「怪我はしてるけれど、誰も致命的な負傷はないわ。これなら私の神通力使わなくてもいいわね」

 菫は四人の体をチェックしたが、心配なことはなさそうである。

「では、勝ったんですね僕たち?」
「そうみてえだな。まさか暴力団に勝てるとは…考えられるか、普通?」

 だがこれが現実。鍍金も烽も、勝利を受け入れる。
 一番心配すべきは、この一件でさらに目をつけられるかもしれないということ。今までは縁のおまけだから、鍍金たちのことは何とか誤魔化すことは可能だった。しかし直接対決で打ち負かしたとなると、要注意人物と認定されてもおかしくはないのだ。

「でもよ、俺たちならどんなことをされても大丈夫だな? だって今みたいに勝つことが十分にできるんだからよ!」

 けれども反社会的勢力にマークされることを、誰も心配していない。寧ろ、差し向けられた刺客に勝利したために、自信がついたのだ。
 警察が駆け付ける前に四人は移動した。そしてこの大勝を祝った。


 東邦大会にも情報は流れる。

「負けた……だと?」

 清水は、信じられないという感じの貌だ。部下の報告が嘘であって欲しかった。

「ですが、先ほど警察に身柄を確保されたとのことです………」

 この部下、篠原は藍野の存在を知らない。だからトップに嫌な報告をしなければならないと思っていた。罵声を浴びせられても仕方がない役回りだ。

(………藍野の提案通りに動くしかない…)

 清水は、

「そうか。報告ご苦労だった。それとお前に頼みたいことがあるのだが、いいか? 先に断っておくが、ただの雑用だ」
「わかりました。はて、何でしょう?」
「金を集めろ。保釈金だ」

 それを聞いた篠原は、逮捕された仲間を救出すると思った。このタイミングで保釈金のことを言われては、普通なら誰でもそう考える。
 しかし、そうではない。

「海崎と谷野という神通力者がいる。その二人の分だ」
「何故ですか?」

 実は清水もその二人を仮釈放させて仲間を助けない理由を理解していない。
 だが、藍野は知っている。復讐心の強さを。大会の神通力者でも敵わないとなると、相手に怨みを持った人物に期待するのも選択肢の一つ。
 命令通りに篠原は動くのだった。
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