第57話 結-4

文字数 681文字

 展覧会は恙なく進行した。当日はアキオの想像以上の来客数に、彼は驚いていた。勿論、彼が事前に招待していた文も駆けつけてくれた。アトリエのメンバーの絵は早い段階で売約が済んでいた。彼は彼女に絵を届けたかったから頑なに誰にも売ることはなかった。彼女は彼の絵を見て感動していた。その姿を観れただけで彼は嬉しかった。彼だけが、今日で彼女に会うことはないということを知っていた。それだからこそ彼女の一つ一つの言葉が彼の中で響き渡った。
 彼は展覧会が終わると自分の作品を段ボールに包んで、郵便局に持って行った。彼はこの日に死のうと思っていたから、急いでそこへ向かった。今日を逃してしまうとまた怖くなってしまうかもしれないから彼はこの日にこだわっていた。そして彼の思いはギリギリ間に合った。彼はこの絵を彼女の誕生日に届けるようにしたかったが、彼女が日にちを教えてくれはしなかったので、彼女と出会った日に届くよう指定した。その絵に彼は以前したためておいた遺書を添えた。離れ離れになってしまう前に、彼は全てを終わらせておきたかった。
 その日の夜、彼はアトリエに小さな書置きだけを残して、誰も見つけることのできない崖まで彼の身一つでやってきた。彼の眼には一番星が輝いて見えた。彼は彼女との日々を思い出しては一筋の涙をこぼした。彼の中で、彼女との日々はあの一番星よりも輝いていた。
 「今までありがとう。愛しています」
 彼はこれまでの日々に、そして彼女に届かぬ想いを告白して、彼という物語に幕を閉じた。そして、彼は新たなその先への未来と旅立った。
 誰も知らないその先の未来へ。
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