第32話 転-2

文字数 899文字

 「アキオって誕生日いつなの?」
 彼女はいつものように自然に話しかけた。彼女は彼と出会ってから一度も彼のプロフィールを聞いてこなかった。あまりにも彼との共同生活が自然すぎて、彼について聞くことをすっかり忘れていたのだ。
 「あれ、そういえばお互いの誕生日知らないね。僕は1月23日だよ。文さんは?」
 「レディーに、誕生日を聞くっていうのは野暮だな。教えないさ」
 彼女は誕生日祝いされるのが苦手なのだ。だから敢えて教えることはなかった。
 「えー。そういえば、僕たち、お互いの過去のことはなんとなく知っているのに、血液型とか基本的なことは知らないね。なんか変な感じ」
 彼はそう言ってこたつでのんびりとみかんを食べていた。そんな彼に彼女は1度だけ年齢を教えたことがあるのになぁと思っていた。
 彼女は彼の誕生日を聞いてタイミングが良いと思った。何せ明後日は彼の誕生日だったからだ。だから彼女は、この日の仕事は早めに家を出た。そんな彼女を彼は何も怪しまず、今日は仕事が忙しいのだろうなくらいに考えて、素直に見送っていた。彼は、何から手を付けていいか分からないことにかこつけて、あの熱意をすっかり忘れてさえいた。
 彼女は、アパートの少し離れた通りにある商店街の文具屋に立ち寄って、スケッチブックと鉛筆、色鉛筆を彼の誕生日プレゼントに買っていた。閉店間際だったから、学校帰りの学生が沢山いた。彼女はそれを見て懐かしさを感じていた。あぁ、私にもこんな頃があったな、なんて感傷的になっていた。
 彼女はちょうど学生の頃に、おじいちゃんから誕生日プレゼントを貰ったことを思い出していた。おじいちゃんは流行に疎すぎて、高級なおはぎとかを彼女の誕生日にプレゼントしては、彼女とよく言い合いになった。誕生日プレゼントは彼女にとってそれが最後になった。あの頃は若かったなと彼女は懐かしんだ。いまだに彼女は、おじいちゃんから貰ったプレゼントに付随していた誕生日メッセージを箪笥の奥にしまっている。
 彼女は少しでもおじいちゃんに近づきたくて、仕事場について、小さなメモ帳に彼にお祝メッセージを少し照れながら書いた。
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