第1話 起-1

文字数 832文字

 今年の就職活動は厳しいものになるだろうと新聞や学校から何度もきいてきた。アキオはそれでもどこかの中小企業には就けるだろうと軽く考えていた。しかし、前代未聞の新型ウイルスが驚異の感染力をもっており、日本の経済活動が限界までストップしてしまったせいで、どこの企業も採用自体の枠を狭めていた。もともとやりたいことも目標も持っていなかった彼は、ただただ社会からつまみ出されるかのように、どこの企業からもお祈りメールという名の不採用というレッテルを貼られ続け、終いにはもっと自己分析をした方がよいとアドバイスを受けるまででもあった。何様だよ、僕の何をわかっているんだと最初のころは思っていた。だが、今では何も思わなくなってしまった。すべてがどうでもよかった。深海の底にいるような感覚だった。何も見えないし、何も聞こえない。感覚がないのだ。ただ、無の中で呼吸をして過ごす毎日だった。
 十月中旬に差し掛かり冷たい風が吹きさらしていた。木々の紅葉も本番だという時期で、例年では人々はこれを見るために出かけたりするが、今年は閑散としていた。パンデミックが流行しているおかげで、店が閉まっていたり時短営業したりするせいで人々の活動領域も縮小されている。このご時世、人々は憔悴してきているということが度々報道されているが、彼はすでに憔悴しきっていた。この日もどうせ受かりもしないであろう就職活動で、企業に面接を受けに行き、その帰り道だった。身も心も擦り減っていた。遂に体が限界を迎え、居酒屋のゴミ捨て場に突っ伏してしまった。視界に隅には、変な動物の入れ墨をした頭の悪そうな若い男の人や、腹の出たオジサンがちらほら陽気に歩いているのがあった。彼は、それすら気にも留めずにいた。
 「いっそのこと僕もこのゴミになれたらなぁ」
 彼は震えた声だったがもう涙は乾いて出てくることもなかった。惨めな自分が馬鹿らしかった。腐卵臭の立ち込めた空間すら気にも留めなくなった彼は逝くように気を失った。
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