第41話 転-11

文字数 910文字

 あれからそれほど時間は経っていないが、例の7日になった。この日はアキオがアトリエに向かわなければならない日だった。雪が激しく降り、凍てつく寒さの中、彼は文のアパートから出かけた。
 外が激しく寒かった分、アトリエの中の電気ストーブの温かさは彼を歓迎しているような気がした。
 「いらっしゃい。君がアキオ君だね。ユウタからは話を聞いているよ」
 優しそうな顔をした小柄でふっくらしたおじいちゃんが、そこにいた。彼が先生らしい。ユウタは、この日もアトリエに来ていなかった。
 「今日はよろしくお願いします」
 「はいはい。今は何を制作しているんだい?」
 「今は、知人の店の看板を作っているんです。デザインはある程度固まったんですが、どうしても制作方法が分からなくて……」
 「そうかそうか。ちょっと、デザイン画を見せてもらえるかい?」
 「これです。はい」
 彼は、先生にデザイン画を数パターン渡した。先生はそれらを受け取って、奥の物置部屋へ姿をくらませた。
 先生は彼のデザイン画をコピー機で印刷し、険しい顔でそれらを眺めた。そして、コピー機付近にある棚から一冊の真っ新なノートを取り出して、メモを施していた。そして最後に、そのノートの表紙に黒のマジックペンでNo.4:アキオと記した。それから彼は何事もなかったかのように、また優しい笑顔を作りアキオの所へ戻っていった。
 「そうだね、君のコンセプトは大体伝わったよ。特にこの二つ目の案なんていいんじゃないかな。これを基軸にして、実際看板を作っていこうか」
 「はい。ところで、僕、木工をしたことがなくて基本から教えてもらえないでしょうか」
 「勿論だよ。この看板は電ノコを使うから、それを教えようか」
 先生は的確な指示とアドバイスを、アキオに実践しながら与えた。
 帰り道、実際先生に指導をしてもらったアキオは、以前ハルカが彼に放った、「逃げるなら今のうち」という言葉は嘘のように思えた。先生が悪い人には、到底思えなかった。彼の作品を一緒になって真摯に創ろうとしてくれるし、何よりも瞬時に丁寧なアドバイスをくれるのだ。彼は、このアトリエを選んで正解だと思い込んだ。
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