第49話 転-19

文字数 931文字

 ハルカはこのアトリエの近くに通う高校生だ。入学して最初のうちは友達も居たし、美術部にも入って無難な学生生活を送っていた。しかし、2年生に上がった頃、学校一のイケメンといわれている人から告白された。彼女は絵を描くことしか興味なかったし、何よりも、恋人を作るよりも友達といることが一番楽だと思っていた。だから、彼女はその告白を断った。その情報は校内に漏れ、先ずはその彼を好きだった女子たちが、彼女に対して陰湿ないじめをし始めた。次第にいじめの内容もエスカレートし、いじめが怖くなった彼女の友達も彼女から離れていった。彼女は学校に居場所がなくなって、家に引きこもりがちになった。そんな彼女を心配した両親は家の近くにあるこのアトリエを紹介した。最初は絵を描く場所さえあったらいいと思っていたから、彼女は何の気なしにこのアトリエに通うことにした。
 しかし、次第に彼女はいじめた奴らを見返したいと思うようになった。そして彼女は泣きながらユウタに世界で通用する技術を叩き込んでほしいと懇願した。彼も、仕事で彼女を利用することができるようになると都合がよく、互いの利点が合致して、彼の仕事のパートナーでもある先生が彼女に一から絵のノウハウを叩き込んだ。彼女は死に物狂いで、イラストに特化した技術を一年で手に入れた。それから、今に至るまで彼女は、世界中でイラストを提供しながら、某有名雑誌で漫画も連載しているのである。
 「アタシが、この前イケメンのお兄ちゃんに忠告したのは、半端な気持ちでここに通おうとしたのならば二度と更生できなくなるくらい精神的にやられるからなんだよ。それくらい、アタシ達は追い込みながら芸術に向き合っているんだよ」
 「大丈夫。僕は心の底からそれをやりたいと思っている。やっと見つけたやりたい事なんだ。それに最近、仕事も増えてきて実力もついてきた」
 アキオはまだ気づいていなかった。彼女の言葉の意味を。今後、彼の鈍感さが彼を蝕んでいくことを、彼は何も知らないのだった。
 「その元気、いつまで続くか分かんないけど、あいつ思っている10倍はえげつないから覚悟しときなさいよ」
 「はい」
 彼はまだ暗闇に片足を突っ込み始めていたことを知らないのだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み