第50話 転-20

文字数 709文字

 アキオは、アトリエに通い始めてから数年たったことにふと気づいた。ここ最近は格段に仕事の依頼が増え、彼の描く絵に価値がついてきた。そのため、彼は文のバーでアルバイトをすることもままならなくなっていた。そして、彼は仕事の忙しさを理由に彼女のアパートにあまり帰らなくなっていた。だから、彼は彼女にアルバイトを辞めることを伝えることにした。
 作品を制作するために、彼は連日アトリエに住み込んでいたせいか、彼女に会う時、少しよそよそしくなってしまった。彼女はそんな彼を見て背中を強くたたいた。
 「今日は私に用があってきたんだろう?」
 「あ、そうなんで……そうなんだ。今日限りでアルバイトを辞めさせてほしい」
 「了解。忙しくなってきたんだね。いいじゃないか、売れっ子なんだろ。今日バイト頑張ったら、思いっきりやりたいようにやりな。私は、アキオのファン1号として応援してる」
 「文さん、ありがとう」
 そして彼は最後のアルバイトの準備をした。また、彼は自分の荷物を少しずつまとめていた。アトリエに持っていくものと、捨てるものとを整理した。
 恙なく、いつも通り彼のアルバイトの時間は過ぎ去った。彼は文と一緒に働ける最後の心地良い時間を心に刻みながら過ごした。この幸せな時間が終わってしまうのが彼にとって名残惜しいが、これは彼のステップアップを意味することでもあった。だから彼は仕事終わりにまとめた荷物を持ち、前を向いて彼女に行ってきますと告げた。彼女は優しく、疲れたら戻っておいでとだけ告げて、彼を見送った。
 彼女は遠くなる彼の背に向けていってらっしゃいと小さく呟いた。
 清々しいほどきれいな朝焼けが彼の目に染みた。
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