第12話 承-6

文字数 639文字

 この日は年末だった。今年はよく雪が降っており寒い年越しになりそうだった。アキオはそのまま続けている飲食店のホールのアルバイトを終え、夕方に彼女の家に帰ってきた。
 「ただいま帰りましたー。今日は雪がすごかったですよ」
 「おかえりー、お疲れさん。そっか、そっか。今日は鍋にするしこたつに入って温まりなー」
 「あ、ありがとうございます。お先に失礼します」
 彼女の背中はゾワゾワしていた。寒さのせいではない。彼の敬語のせいだ。彼はアルバイトから帰ったばっかりでクタクタなはずなのにガチガチの敬語を使ってくる。彼女はこのどうしようもない気持ち悪さをこれまで必死にこらえていた。だが今日は、この気持ち悪さを耐えることができた。なぜなら、今朝考えに考え抜いたプランがあるからだ。
 年末になればバラエティー番組の特番がある。彼女はそこに目を付けた。面白さを共有することができたなら、気が緩んで敬語を止めてくれると彼女は考えた。彼女はそのために、彼が帰ってくる少し前にテレビをつけ、チャンネルを合わせていた。彼に怪しまれないようさりげなくしておくことがミソなのだ。彼女にしては珍しい、手の込んだ下準備である。
 「お腹空いた。さぁ、鍋食べよう」
 彼女は、ぐつぐつと煮えた鍋をこたつまで運んだ。彼はスッと箸や取り皿、飲み物を用意する。彼の気遣いはスマートすぎて彼女にとってどこか息苦しさもある。彼の育ちが良いとすぐ分かる。その所々に垣間見える彼のお行儀の良さは彼女を少し悲しくさせる。
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