第14話 承-8

文字数 859文字

 翌日。アキオと文は近所の小さな神社に初詣に行った。彼は彼女の雰囲気が昨晩からおかしいことに気づいていた。彼自身の存在がやはり彼女にとって邪魔なのではないかと心配になっていた。彼の勘は鋭いものだったが、彼女はやはりこの日も、彼の敬語の堅苦しさにイライラしていた。
 彼は、彼女の珍しい早起きに違和感を抱いていた。何かやらかしてしまったのではないかと、彼の不安は彼女の不機嫌さが増していくにつれ大きくなっていた。彼のその萎縮するたびに更にひどくなる気遣いが原因だとは気づいていない。
 それでも、彼は彼女と離れることは嫌だったから、これまでしてくることのなかった、彼女に歩み寄る努力をした。その日の初詣の帰りに小さなカフェに寄った。彼はそこでさり気なく彼女の不機嫌な理由を探ることにした。
 「僕が来て数ヶ月ですが、文さんはしんどくなったりしてないですか?」
 「まぁまぁかな」
 彼女は相も変わらず不機嫌そうだった。それもそうだ。彼女が今朝早起きして考えた二つ目のプランも座礁したからである。彼女は最大限に妥協して、彼の「ありがとうございます」を「ありがとう」に変えるために、お賽銭のお金やおみくじ代をわざとらしく奢っていたのだ。普段の彼女の性に合わないことをしていることに加えて、妥協策すら上手くいかなかったから、彼女はかなり不機嫌になってしまった。
 「何か僕に不満があったら何でも言って下さい。できる限りのことはしますから」
 彼の言質もとれたことだし、それに我慢もできなくなってきたので彼女ははっきり言ってやった。
 「じゃあ、私への敬語止めて。敬語、聞いてるとイライラするの」
 彼女の告白に彼は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。それもそうだ。彼は、彼女に完全に嫌われていると思っていたのだ。
 「はー、スッキリした。じゃ、これからタメで宜しくね」
 彼女は笑顔で残りのティラミスを頬張り、素早く会計をして家路についた。彼はあっけにとられていたが、彼女の足どりは、彼と一緒に過ごす中で一番軽やかに見えた。
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