第43話 Phase42

文字数 1,088文字

 「俊くん、今のところもう一回」
「音、外れてた?」
「ちょっと低かったかな」
 俊と蒼は週に二回、歌の練習をしていた。
(やっぱり、聴いているだけじゃ上手くはならないな)
 俊は少し顔をしかめた。
「俊くん、大丈夫だよ」
 俊の様子を素早く見た蒼は、すかさず声をかける。
「ちょっとずつ上手くなってるから。それに家で聴いたりして、今だって練習してるでしょ。努力してるんだから、きっと大丈夫だよ」
 俊は蒼にハッとさせられた。蒼の言葉は、俊の胸に染み込んでくる。
(頑張るって決めたのは自分だ。蒼も、俺のことを信じてくれている。だから俺も、蒼と自分を信じなきゃな)
 俊は自分の頬を両手でパンッと叩いた。
「……俊くん?」
「気合入れた。自分は自分を信じなきゃな」
「何、急にかっこいいこと言うじゃん」
 蒼はなぜか照れくさそうに笑う。それを見て、俊は何を言っているのかと恥ずかしくなる。
「ごめん、今のなし……!」
「なんでー? いいじゃん、かっこよかったよ、決め台詞」
「やめろ、恥ずかしい。なんか暑くなってきた……」
 そう言って不意にドアの方に視線を向けた俊はぎょっとした。
「あっ」
 俊と目が合った少女が、飛び跳ねるようにドアから離れた。
「俊くん? どうかした?」
「……誰かいる」
「誰かって……あっ」
 蒼は部屋のドアを開けた。そこには、制服姿の女の子が立ち尽くしていた。
(ゆう)()……のぞき見は感心しないぞ」
「ち、違う! 蒼の部屋から話し声が聞こえたから気になって」
「それをのぞき見って言うんだよ」
 蒼はドアから体をよけて、俊と侑里が互いに見えるようにした。
「俊くん。これ妹の侑里。侑里、あっちは友達の俊くん。同じ学年なんだ」
「へえー」
 侑里はじろじろと俊を見る。あまりにも侑里が見てくるので、俊は気まずそうに目をそらした。
「こら侑里。そんなに見るんじゃない」
 蒼に注意されて、侑里は不満げに俊から目を離した。
「蒼が誰かを連れてくるとか珍しいんだもん。もしかして、あの人が一緒にギター弾いてるって人?」
「そうだけど。今練習中だから、そろそろ自分の部屋に戻ってくれる?」
 蒼に言われても、侑里は動かない。
「ちょっと侑里」
「私、喉乾いちゃった。ほら、蒼たちも飲み物ないし持ってきた方がいいんじゃないの?」
 侑里にそう言われ、蒼は「都合よく使って……」などとつぶやきながら部屋を出ていく。
「さて……蒼いなくなったし」
 侑里の目が俊を捕らえた。俊は逃げられないやつだと悟る。
「俊さん、でしたっけ。ちょっとお話してもいいですか?」
 断る理由もなく、俊はうなずく。侑里はずばり本題を口にした。
「蒼のこと、知ってるんですか」
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