第36話 Phase35

文字数 1,038文字

 「蒼くん、いい子だったわね」
 璃子は満足そうにそう言った。
「それにしても意外ね。あんたにあんな友達がいるなんて思わなかったわ」
「どういう意味だよ」
「あんた、友達少ないでしょ」
 ずばりと言われ、俊は言葉に詰まる。事実なだけに、言い返せない。
「正直、つるむ友達もガリ勉みたいな子だと思ってたわ」
 ちゃんと友達いるってわかって安心したけどね、と璃子は付け加えた。
「……それで、俊と蒼くんは私に何を隠してたのかしら?」
「は? 別に、何も隠してなんか……」
 突然のことに動揺する俊を、璃子はばっさりと遮った。
「ちょっと、なめないでよね。何年あんたの姉ちゃんやってると思うの? 俊が隠し事してるのなんて態度でわかるわ。それに、蒼くんと何度かアイコンタクト取ってたから、蒼くんとは秘密を共有してるっていうのもわかった」
 俊は舌を巻いた。璃子はもともとの観察力の高さも相まって探偵のようになっていた。
「ギター……」
「は?」
「実は、俺、蒼とギターやってるんだ……」
 璃子はぽかんと俊を見た後、吹き出すように笑った。
「なんだ、そういうことだったのね。あまりにも必死な感じで隠してたから、もっとやばいことかと思ってた」
 まだ笑い続けている璃子を見て、今度は俊があっけにとられた。
「……姉ちゃんは、怒らないのか?」
「何で?」
「だって、医者になれって、みんな言うから……」
 声が尻すぼみになっていく俊の言葉を、璃子は鼻で笑った。
「そんなこと気にしてんの?」
「そ、そんなことって……!」
「あんたが生きてるのは、あんたの人生だよ。なんで人に決められなきゃいけないのよ。自分の行きたい道に進めばいいでしょ」
 俊は璃子から目が離せなかった。
「それはそうかもしれないけど……でも、姉ちゃんだって医者になろうとしてるじゃないか」
「私は、ちゃんと自分で決めたわよ。父さんとか関係なく、自分の意志で医師になるって決めたの」
「でも、なんで……」
「俊もわかってるでしょ。父さん、私には医師になれなんて言わなかった。でも、俊にはことあるごとに医師になれって。そのとき思ったのよ。父さんは女である私には期待していないんだって。そう思ったら悔しくてね。姉弟(きょうだい)差別でしょ、これって。だから、俊にその道を強いるんだったら、私だって同じ道を歩いてやろうって思ったの」
 璃子は笑って言った。璃子の目は強くて、まっすぐに未来を見ているようだった。
「私は望んで今の人生を歩いてる。俊も、やりたいことやりなよ。自分の人生、生きるのは自分だよ」
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