第1話   Phase1

文字数 1,331文字

 毎日が息苦しい。(あい)()(しゅん)は自分しかいない教室を見渡した。周りの人間は、部活だの遊びだの好きに過ごしているというのに。
 「なんでかな……」
 俊のつぶやきは空気に吸い込まれてなくなる。
 生まれた時から、将来は決まっていたようなものだ。医師の家系に生まれたからには、医師を目指すしか道はなかった。
 勉強は特別得意ではなかったものの、幼い頃から塾などに通っていたため、小学校や中学校では常に成績は一番だった。それを取ったところで、当然だとされるのにも慣れてしまっていた。そんな自分が、嫌いだった。
 下校時刻が迫ってきて、俊は学校を出ようとする。突然、ギターの音が響いた。どこかの部活でやっているのだろう。自分には、関係のないことだと思った。

 「おっ、俊じゃん!」
 帰り道に、聞き覚えのある声に絡まれる。
 「陸斗(りくと)くん……」
 陸斗は俊の叔父だ。兄である俊の父親とは年が離れていて、まだ若い。
 「高校生にくん付けで呼ばれると、若返った気分だわ」
 「……父さんと母さんは、叔父さんって呼べって言うけど」
 「だめだめ! 俺はまだまだ若いからな!」
 陸斗は人目もはばからずに笑う。
 「家、寄ってくか?」
 「うん」
 俊は陸斗とともに歩いて、彼の家にあがる。
 「はい、ギター。いやー、身近にこういうのわかる人いて嬉しいわ。親父もお袋も兄さんも、そういうのからきしだからな」
 そう言って、陸斗は目を細める。俊のたった一つの秘密。ギターを弾くのが好きなこと。
 初めてギターに出会ったのは、小学生の頃。陸斗の家に遊びに行った俊は、ギターを弾く陸斗をキラキラした目で見ていた。
 弾いてみるか、と差し出されたが全く弾けなかった。そんな俊に、陸斗は全てを一から教えてくれた。
 「お前、上手くなったね」
 「こっそりここに来て、結構経つから。それに、陸斗くんの教え方も上手いし」
 「おだてても、何もねぇぞ」
 陸斗はむず痒そうに笑う。なんだか俊も恥ずかしくなって、一層ギターを弾くのに集中する。
 束の間の安息。ギターを弾いているときは、何も考えずに素の自分でいられる。俊は、この時間に救われていた。しかし、その時間に水を差すように携帯が鳴った。
 「……帰ってこいだって」
 「いつも、なんて言い訳してんの?」
 「勉強してたら時間を忘れてたって。だいたい、それで終わる」
 「まあ、あながち嘘じゃないよな。ギターだって、真剣にやってたら勉強だし」
 冗談めかして片目をつぶる陸斗を見て、俊は苦笑した。

 「おかえりなさい。遅かったですね」
 「勉強してたら、時間を忘れてしまって」
 俊はいつも通りの答えを、感情を無くして使う。母もそれに慣れているようで、何も言わない。
 部屋に入り、ベッドに身を投げ出す。どんなに深く息をついても、家で心が休まるときなどない。
 「俊さん。ご飯できましたよ」
 母は俊に敬語を使う。俊の名前にもさん付けする。俊もつられて敬語を使ってしまう。俊の家で敬語を使わないのは、父だけだ。それも、家で心が休まらない理由の一つなのだろう。
 俊は勢いをつけて体を起こして、部屋を出た。
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