第42話 Phase41

文字数 1,015文字

 「これ……蒼が一人で作ったのか?」
 蒼が見せてきた紙を、俊は信じられないと言いたげに見た。
「一から作ったわけじゃないよ。ギターのところは前のやつとほとんど変わってないから。それに、妹にもちょっと手伝ってもらったし」
「そういえば、前から練習してたギターの楽譜も蒼が持ってきたやつだったよな。あれも作ってたのか?」
「そうだけど」
 今さら何を言うのだろうと言いたげに蒼は首を傾げた。
「すごいじゃん、蒼。俺にはできない。尊敬する」
「大げさだよ。俊くんも練習すればできるようになるよ、多分」
 蒼は紙の端を意味もなくひらひらとさせる。俊がまっすぐに褒めてくるのがくすぐったくてたまらなかった。
「じゃあ、一回歌うから聴いてて」
 蒼は息を吸った。俊もつられて息を吸う。
 蒼の口から歌が流れる。心地よい音に、止まっていた息がほぐされるように流れていく。
「……こんな感じ。どう?」
 圧倒されていた俊は、とっさに言葉を出すことができない。
「……すごい」
 必死で絞り出した答えはそれだった。
 魂が震えるとはこのことだ。人を惹きつける声。心を打つ声。初めて蒼の歌を聴いた日を思い出す。
(そうだ、俺は……あの日感動したんだ。こんなに人の心を打つように歌える人がいるんだって)
「やっぱり、蒼はすごい。天才だと思う」
「天才?」
「人を惹きつける才能。同じ曲を歌っても、俺は蒼みたいには歌えない」
「えっと……褒められてる、のかな」
 蒼は珍しく目を輝かせている俊を見ながら、少し首を傾げた。
「僕に才能があるかはわからないけど……俊くんも、練習すれば大丈夫だよ。僕、俊くんの声好きだし」
 そう言って優しく笑う蒼に、俊は励まされる思いがした。歌が上手いとは言えないと思うが、やる以上は頑張ろうと誓う。
「蒼、もう一回歌ってくれるか?」
「僕一人でってこと?」
「家で聴く。早く覚えたいんだ」
 俊の真剣な顔に、吹き出すように笑った。
「俊くんは真面目だなー。わかった、もう一回歌うね」
 蒼は再び歌ってくれる。二回目だとしても、心に響くような声は変わらない。
(ぜいたくだな……)
 今だけは、蒼の歌声を独り占めしている。けれども、このままでいいとは思わない。みんなに蒼の歌声を知ってほしい。
(本当の自分でいるためにか……)
 俊は蒼の声に勇気をもらっていた。蒼と一緒なら、本当の自分になれるような気がした。本当の自分を見つけられるような気がした。決意を固めるように、俊は手を握りしめた。
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