第12話   Phase11

文字数 1,154文字

 放課後の空き教室には、二人分の姿が見えるようになった。
「そこ、そんなに急がなくてもいい。落ち着いてやった方がきれいに音出るよ」
「……難しい」
「だから練習してるんでしょ」
 蒼は楽しそうに言う。俊が他人から教えてもらうことなど普段はないので、優越感もあるのかもしれない。
「どうしたの? 私の顔、何かついてる?」
 蒼の不思議そうな声に、俊は慌てて首を振った。
「違う違う。蒼、ちゃんと笑うようになったなって思って」
「私?」
 自覚がないのか、蒼は首をかしげる。少し考えてから、ちょっと不満そうに俊に言い返す。
「私よりも、俊くんがそうじゃないの?」
「俺?」
 俊は思い出すように宙を見つめる。
「……たしかに、最近、学校行くの楽しいからな」
 俊の表情が無意識のうちに緩む。蒼はあえて何も言わず耳を傾けた。
「今までは、義務感で行ってたんだ。今は、こういう時間があるから、自主的に行きたいって思えるんだよ」
 蒼は思わず口に手を当てた。
「どうした?」
「いや、俊くんがそんな風に思ってたなんて。なんか感動しちゃった」
「大げさな……」
 俊はあきれるが、蒼は至って真面目だった。
「大げさじゃないよ。だって、俊くんの気持ちが変わったってことでしょ? すごいことじゃん」
「……そうかな」
 嬉しそうな蒼につられて、俊も微笑んだ。
「そういえば、俊くんって、歌わないよね」
「歌?」
 意表を突かれたように、俊は目を瞬かせた。たしかに、俊は蒼の前で歌ったことはない。
「私はほら、学校祭の時に歌ってたから。ちょっと歌ってみて?」
「ええ……恥ずかしいんだけど」
「大丈夫だって。知らないの? この時間、二年生で教室に残ってるのって、私か俊くんしかいないんだよ。みんな部活行くか、遊びに行くかしてるから」
 逃れさせる気のない蒼の笑顔に、俊は諦めざるを得なかった。
「……わかった。一回しか歌わないからな」
 渋々そう言って、俊は今弾いていた曲を歌い出した。
(これは……!)
 俊の歌を聴いている蒼は、次第に目を大きくしていく。
(結構恥ずかしいな……)
 俊は曲の一番の歌詞を歌い終わると、気まずそうに口を閉じた。蒼は大きくした目で俊を見つめる。
(なんか言ってくれ。俺の歌が下手くそすぎて、声も出せないのか?)
「す」
「……す?」
「すごいじゃん、俊くん」
「え?」
 思いもよらない蒼の言葉に、俊は呆けた声を出してしまう。
「いい声! 歌も上手いし。俊くんもみんなの前で歌えるよ」
「……まさか! お世辞なんか言わなくていいよ。俺、歌うのはあまり好きじゃないし」
「……そうなの? もったいないと思うけど」
 不満げな蒼に、俊はあいまいに微笑んだ。なぜか何も言ってはいけないような空気を感じて、蒼は口をつぐんだ。
「……まあ、いいや。気が変わったら教えてね」
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