第52話 Phase51

文字数 1,076文字

 「……蒼?」
 社長の言葉で高鳴っていた蒼の胸は、女性の声で急速に冷えた。
「お母さん……」
 強張った蒼の声に、俊はなるほどと納得した。本当の自分を出すのは怖い。その気持ちは、俊にだってよくわかる。
「蒼さんのお母様ですか?」
「え、ええ、そうですが。うちの子が何か……?」
 知らない男性に話しかけられ、蒼の母は警戒した顔つきになる。
「私、こういう者です」
 そう言って、社長は蒼の母に名刺を差し出した。
「音楽会社の社長さんですか……それで、どうして蒼と一緒にいるんですか?」
「私は、この二人のパフォーマンスに感動したんです。そこで、我が社に所属してみないかと声をかけさせてもらいました」
 蒼の母はまだ眉根を寄せている。たしかに、すぐには信じられないような状況だろう。
「俊! 最高だったぞ! って、あ、すみません」
「陸斗くん、来てくれたんだ。でも、お店は?」
「たまには臨時休業もいいだろ。で、この方は?」
 陸斗もこの状況がわからないようで、蒼の母を見る。
「蒼のお母さん」
「こんにちは、店長」
「ああ、どうも。俊たちを見に来られたんですか」
「約束だったのでね」
 社長に声をかけられると、陸斗はすぐに気づいた。蒼の母はますます混乱してしまう。
「どなたですか?」
「ああ、すみません、申し遅れました。俊の叔父です。この近くでカフェを経営しています」
「蒼のこともご存じで?」
「ええ。俊と一緒によく来ていましたから」
「そうですか……」
 それきり、蒼の母は黙ってしまった。
「君の親は来ていないのかな」
 社長は俊に向かって言う。俊は首を振った。
「俺の親は来ていないです。俺がこういうことするのにも、すごく反対しているので」
「そうか……一応、未成年だから保護者の許可が必要なんだけど、後日に改めてになるかな」
「すみません……」
 唸る社長に、俊は申し訳なくなる。
「いやいや、謝ることはないよ。不安定な世界なのは、僕もわかっているからね。親御さんが不安になる気持ちもわかるんだよ」
 その言葉は、俊と蒼に向けた言葉でもあり、その場にいる蒼の母にも向けた言葉だったのだろう。
「……蒼。家に帰ったら話し合いましょう」
 母の言葉に、蒼はうなずく。話し合う内容が、音楽会社に所属することだけではないことはわかっている。
「蒼、大丈夫か?」
 俊はこっそり蒼に聞く。蒼の目は、決意の色に染まっていた。
「大丈夫。こうなるってわかってた。今が頑張る時なんだよ」
 蒼は不安を隠したような笑みを浮かべる。
「俺も。俺も頑張る。簡単じゃないけど、一緒に戦おう」
 俊と蒼の握った拳が、互いを励ますようにぶつかった。
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